14

目の前のテーブルに行儀良く座る黒い毛並みの子犬から手を離した。

頭部には綺麗な刺繍が施されたグレーのフードが被せられている。

「似合ってるな、ラズ。」

「かわいいー!ラズ君、こっち向いてくれる?」

その声に応えて、テーブルの向かいに立つサーシャの方にラズが振り向いた。


サーシャは少し身を屈めながら彼が被るフードを観察する。

「うん。デフォルトはこの大きさで大丈夫そうだね。リゼさん、身体の大きさ変える時にちゃんと連動するか確認してもいいかな?」

「あぁ。ラズ、降りて試してくれるか?」

すると、ラズはテーブルから店内の床に降り立ち星屑の様な魔力に身を包む。

魔力が晴れると、その場には漆黒の狼が佇んでいた。サーシャが姿を変えたラズの元に駆け寄り、再度観察する。

「うん、問題なし!」

「流石だな。ありがとう、サーシャ。」

「えへへ、どういたしまして!あ、技術料は残りの糸束ってことで良いかな?」

「それで良いなら、どうぞ。」

礼を言いつつ残りの糸束を大事そうにしまうサーシャを眺める。


再び子犬になったラズが机に跳び乗ったのを横目に、ふと気づいて彼女に問う。

「そういえば、装備素材としてはそこまで良いものでもないんだったな…構わないのか?」

「うん!確かに、本来の老白樹の糸みたいな素材じゃないけど、これはこれで色にムラがなくて綺麗だし、丈夫で再生力もあるから汎用性は高いよ?」

「そうか。」

「でも不思議だよね。老白樹の糸なのに白じゃないなんて。」

そう言いながら、しまいかけていたグレーの糸束をテーブルに置き、近くの棚から白の糸束を取り出してきて横に並べた。それを手に取って眺める。


「…質感は同じ気がするがな。」

「一緒だよ?器としては間違いなく老白樹だったんだと思う。」

「…器?…なら、中身が違うってことか?」

中身というと考えられるのは魔力に関係することだと思うが、老白樹として発現した以上は魔力の必要量を満たしていたはずだ。

サーシャが難しい顔をしながらグレーの糸束を撫でる。

「なんて言えばいいのかなぁ…こう…魔力の含み方が雑というか、途中で千切られた感じというか…あ、もしかして、元々一体の老白樹を無理矢理バラバラにしたんじゃない?」

「なるほど…」

かなり突拍子もない予測が飛び出したが、一理ある気がした。

対峙した時に小さいと感じたのは事実だ。


加えて、そういえばと思い口にする。

「一体だけ、切り株みたいな見た目の個体がいたな。」

「切り株?老白樹がちょん切られてたの?」

「あぁ。こう…真ん中くらいから横にスパンと…」

そう言いながら、手のひらを真っ直ぐ横に振ってみせる。

サーシャの仮説を正しいとするならば、あれはバラバラにしたうちの余りみたいなものだったのかもしれない。

あの個体はまさに違和感しかなかった。


「ふーん…変なことする人がいるんだね。まぁ、私は見たことない素材が扱えたから満足だけど、もっと酷い被害が出てたらこんなに呑気にしてられないか。やっぱりリゼさんは凄いよね!」

サーシャがどこか満足気に言う。

褒めてくれるのは嬉しいが、結論はそれで良いのか。

そこに、カラン…と店の扉が開いた音が聞こえてきた。どうやら、客が来たようだ。それを合図に腰を上げる。

「じゃあ、帰るよ。」

「うん。また近々納品依頼入れると思うから、よろしくね!」

「分かった。」

応対を始めたサーシャの声を耳にしつつ、店の扉に手をかける。


「………」

外に出て扉を閉めたところで、静かに溜息を吐いた。

「(まだ続くのか…?)」

うんざりとした気持ちで顔を顰めると、ラズが気にするようにこちらを見上げる。

その視線を受けて、首を軽く横に振った。


取り敢えず次の目的地に向かって歩を進めるが、思わず声を溢す。

「流石にちょっとな…」

どうやらこちらの行動を監視することにしたらしく、例のパーティ以降、やたらと視線が付き纏っていた。

興味や好奇、恐怖といった感情からくる一時的なものとは違い、こうも探る様な視線を常に向けられるとどうにも鬱陶しくて仕方がない。

「………」

その場で立ち止まり、若干の苛立ちを持ってある一方向を睨みつける。

今まで放置していたが、対象にバレないように見張ることができないのならば、もういい加減に引いてもらえないだろうか。


軽く息を吐いて視線を戻し、再び歩き出す。

店で賑わう大きな道に出ると、肉の焼ける美味しそうな匂いがした。

そういえばもう昼時だったかとつられるように足を向ける。

「おっ、あの時の嬢ちゃんじゃないか!いらっしゃい!前は世話になったね!」

屋台の奥から、がたいの良い元気な男に声をかけられる。

誰かと思ったが、以前ギルド経由で納品依頼を受けた時の依頼者だった。

「お陰で息子も大喜びだったんだ。」

「それは良かった。」

豪快な笑い声を聞きながら、串に刺された肉が焼かれていくのを覗き込む。


「これも魔物肉か?」

「あぁ!普段は後ろの店で普通に飯屋をやってるが、魔物肉が納品されたらこうして屋台で売ってるんだよ。丁度焼けるぞ?食ってくか?こっちが橙鳥で、こっちが一角牛だ。」

「じゃあ、一本ずつ。」

硬貨を屋台の上に置き、ぶつ切りされた肉がいくつか刺さった串を二本受け取る。

躊躇いなく齧り付くと、口の中に旨味を含んだ油が溶けた。

柔らかい肉を咀嚼してから、思っていたより空腹だったことに気付く。


「毎度あり!また来いよー!」

追加で橙鳥の串をもう一本貰ってから、活気よく送り出してくれる店主の男に軽く手を振って屋台を後にする。

少しだけ寄り道をしたが、目指すのはアルフの屋敷だ。

今日は報酬を受け取りに来いと言われているだけで、別に急ぐこともない。

契約の魔導石に報酬部分が抜けている為、対価に迷っていたようだが、結局、都度の働きに応じた金額を渡すことにしたらしい。


…街を抜けた後、それなりの時間を要して辿り着いた先に、見知った姿が見える。

相手もこちらに気づいたようで、大きく手を振っていた。

「リゼ殿!いらっしゃいませ!」

まだ、いらっしゃいと言われる程の距離に居ないのだが、ぶんぶんと手招きしているキリトを見て少しだけ足を速める。


彼の近くに着くと、振っていた手を下ろして明るく問われる。

「今日は歩きなんですね。」

「まぁ、そこら辺は気分です。寄るところもありましたし。」

そう言って視線をラズの方に向けると、同じように視線を落としたキリトが言う。

「ラズ殿、お似合いですね!…あれ?その色合いはもしかして…」

「例のバラバラにされた老白樹の素材ですよ。」

「えっ⁈ご存じだったんですか?」

「何がですか?」

「あれ?今、バラバラって言いませんでした?」

そういえば、バラバラにされたというのはサーシャと勝手に出した憶測だったと思い出す。だが、キリトの言葉からして間違っていなかったようだ。


「知らなかったですよ。ただ、装備屋に素材的にもしかしたらって言われただけです。」

「…素材だけで分かるものなんですか?その方、凄いですね。」

やはり彼女は優秀なようだ。キリトの言葉に満足気に頷く。

屋敷の玄関口の方向に向かいながら、彼がさらに続ける。

「一応、魔導具を解析したアルフ様の結論も同じだったんです。それで今は報告に出られてて…帰って来るまで待っていただいても大丈夫ですか?」

「分かりました。」

特に何を思う事もなく素直に了承を示すと、キリトがその場で立ち止まる。視線を投げると、どこか思い詰めた様な表情が目に入った。


疑問に思いながら、次の言葉を黙って待ってみる。

「あの…何も聞かないんですか?…今日の報告とか今までの事とか…」

「………」

力なく尋ねるキリトを見て、気にする必要のない事に彼が悩んでいるのを察する。

立ち止まったことで開いた距離を数歩詰め、ライトグリーンの瞳を己の夜空の瞳で捕らえた。


そのまま静かに口を開く。

「キリトさん、私は私の好きなようにしています。」

「………」

「知りたいと思えば、力ずくででも口を割らせます。それをしないのは本当に…要らないから…なんですよ。」

見上げたまま目を細めて嘲るように笑って見せると、キリトが軽く息を呑む音が聞こえた。

ざわざわと周りの空気が騒めき、足元から魔力の残滓が白く溢れる。


「老白樹が一体だろうが十体だろうが同じ…必要であれば排除します。護衛を辞めたいと思えば辞めます。…それを邪魔するなら、この屋敷を焼き払うことも厭いません。そして、私は答えたくないことは聞かれても決して答えません。」

「………」

「この契約もこの会話も、全て私の意思でのみ成立しているんですよ。それ以外の要素は無意味です。……安心しましたか?」

口端を上げたまま小首を傾げて問いかけると、緊張していた空気が一気に霧散する。


キリトが無意識に強張らせていた身体から力を抜くと、深く息を吐いて応える。

「寧ろ、不安しかないんですが…」

「…でしょうね。」

言葉を交わして、お互い無言で顔を合わせる。


…しばらくして、耐えきれないというようにキリトの笑い声が漏れた。

「ふっ、はははっ…!どうやら、私は出過ぎた真似をしていたみたいですね。申し訳ありません。」

ぺこりと頭を下げてから見せたキリトの表情は穏やかだ。それを一瞥して軽く肩をすくめる。


再び歩き出すと、彼もその隣に並んだ。

「あの、リゼ殿…」

「はい。」

今度はなんだと、連れ立って歩くキリトを見上げる。

「ちょっと、お願いしたいことがあるんですが…」

「…?」

遠慮がちな声音とは裏腹に、そこには好奇心で満ちた彼のライトグリーンの瞳があった。

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