13
星屑の様な魔力が風に流れ、見下ろす先では老白樹の群れの中で時折見える白い姿が舞う様に駆けている。
「すごいですね…リゼ殿…魔導士とは思えません。」
半ば強制的に乗せられたラズの背から、段々と遠のいていく姿を見えなくなるまで追っていたキリトが前方に視線を移して呟く。
「…言っただろう?理から外れていると。」
「そう…ですね…」
どこか曖昧さを残した声音で返事を寄越す。
何か言いたいことでもあるのかと、そのまま続きを待った。
「ですが、アルフ様……彼女は優しいです。」
「…そうか?」
「勿論、誰にでもって訳ではないでしょうし、護衛としての役割もあると思いますけど……リゼ殿、一切こちらに踏み入ってこないじゃないですか。」
「………」
複雑そうな表情で言うキリトを一瞥し、手元に視線を落とす。
彼の言う通り、リゼは契約を結ぶ時も結んでからも、護衛の仕事に関すること以外を尋ねてくることはなかった。
招かれた屋敷に違和感を感じた部分もあっただろうに、生い立ちにも過去にも、更には現在の事にさえ自ら触れてこない。
雇い主の情報など要らないと言わんばかりだった。
「今日のパーティのシベル殿のことに関してもそうです。あんなに不自然に遮ったのに、何も言わないし、何も聞かれませんでした。…人に囲まれた時に距離をとっていたのも、きっと面倒とかではなく……」
「…だろうな。」
おそらく、リゼは外部からもたらされる情報でさえ知ることを拒んだのだ。
交わされる挨拶や他愛のない会話の中で偶然耳にすることを避ける為に、距離をとった。
「まぁ、その代わり俺達もリゼのことはほとんど何も聞けてないがな。」
「はい。ただ…それでもと手を伸ばしたのはアルフ様です。」
少し諫める様な口調でキリトが言う。
その言葉に苦笑を浮かべながら、自らの右手を見つめる。
光るのは真っ赤に染まった契約の魔導石。
「リゼ殿はあの時、確かに『生贄』と口にしました。……何かしら勘付いていて、そういう存在を演じてくれているのかも知れませんよ?」
「そうだとしたら確かに優しいな…残酷な程に。」
そういう可能性があることは、なんとなく分かっていた。初めから全て見透かされているような気はしていたのだから。
だが、リゼが護衛としてここに留まっているのは間違いなく彼女の意思だ。
一体何がそうさせているのかは不明ではあるが…
「ラズ、君は主人から何も聞いていないのか?」
自分達を乗せて宙を駆けている漆黒の狼に、戯れるように問いかける。
ラズは軽く頭を持ち上げてこちらを一瞥するとすぐに前を向いた。
その様子がなんとなくリゼに似ていて、少しおかしい。
「…さて、キリト。今ので不満は全部か?」
「まぁ、取り敢えず文句は言いました。…あとは、後悔のないようにしてください。」
「そう願うなら、接し方はキリトの好きにしろ。俺と同じになるな。」
「分かりました。」
キリトが素直に頷いたのを合図に、ラズが再度こちらを振り返る。
終わったかとでも言いたげな視線を投げてから、足元に広がる景色に目を向けた。
キリトと共につられるようにして下に視線を移すと複数の人影が見える。
今回の騒動を引き起こした張本人達だろう。
「まず少し離れた所で降ろしてくれるか?それと捕まえるのは俺とキリトでやるから、ラズには相手の魔法の対処に専念して欲しい。」
そう伝えると、彼は少し進路をずらしながら降下し始めた。
木立の中に静かに降り立つと、子犬に姿を変える。そのまま先頭をきって進む彼の後をキリトと共に黙ってついて行く。
しばらくすると、会話らしき複数の声が聞こえてきた。
「おいおい、大丈夫かー?」
「あぁ、まぁ…それにしてもなんだったんだ、さっきのは?」
「突然、弾かれたなぁ。人数が多すぎたんじゃないか?」
随分と呑気に話し込んでいるが、どうやら想定外の事が起こったようだ。
キリトと視線を交わし、木陰に身を隠しながら耳を澄ます。ラズは近くの枝に静かに跳び乗り木の中に紛れたようで、完全に姿が見えない。
「なかなか魔力を奪えないからどうしたのかと思えば急に魔法が壊れて驚いた…流石に魔導具の許容量を超えてたのかもな。」
「(…あぁ、リゼの事か。)」
彼女はかけられた魔法に当たり前の様に抵抗していた。リゼにとっては魔法を無力化する事もどうやら難しくなかったようだ。
その反動が仕掛けた側に生じ、現場を混乱させていたらしい。
「結局、老白樹はどれだけ作れたんだ?」
「十一と…半分?」
「いや、半分って何?どんな状態?」
「知らねーよ。」
わいわいと言い合う様子を眺め、魔導士の内の一人が発した言葉に興味を持つ。
「(老白樹を作る…か。なかなか面白そうな事をしてたんだな。)」
言葉通りであるならば、先程の老白樹の群れは魔導士達によって作られた魔物ということになる。
その為に魔導士から魔力を奪っていたのだろうか。
「(まぁ、捜査はシベルさん達に任せればいい…)」
取り敢えず、この場にいる魔導士から目的のものを手に入れようと剣を構える。
身を隠していた木陰から駆け出すと、魔導士達を囲む周辺の空間で何かが一斉に弾け飛んだ。
「…!」
チラチラと光の破片が舞うのを視界に捉えながらも、駆ける足を止めない。魔導士達の騒がしい声が届く。
「うわぁっ!なんだ⁈」
「防御壁が消し飛んだ⁈もう、気付かれたのか⁈」
「おい!それ持って早く逃げ…ぐっ…」
一気に慌ただしくなった場所で魔導士の一人が地面に倒れ込んだ。
「…悪いが、それは置いていってもらう。」
口端を上げながら鞘に収まったままの剣を払い、この場から逃げようとする者たちの意識を刈りとる。
「くそ!警備隊か⁈これでもくら…っ…」
魔法を展開しようとした魔導士の言葉が不自然に途切れた。
鳩尾に拳が埋まっている。
「違いますよ。ただの強盗です。」
キリトが溜息を吐きながら、気絶した魔導士を地面に放る。その様子を眺めながら聞く。
「…強盗?」
「彼らにとってアルフ様は強盗でしょう?欲しいものを力づくで奪おうとしてるんですから。」
「人聞きの悪い。」
気負いのない会話をしながら残りの魔導士との距離を詰める。
そこに、炎の矢が降り注ぐ。残りの魔導士全員の頭上に魔法陣が出現していた。数で押し切るつもりだろうか。
だが、それは無数の黒石の刃に瞬く間に霧散させられた。
「なっ⁈他にも誰かいるのか⁈」
「というか、なんだ今のまほ…わっ⁈」
続けて容赦なく頭上の魔法陣が砕かれた。それに合わせて、キリトと共にさらに立っている魔導士の数を減らす。
「今この場で一番恐ろしいのはあの小さな魔石獣だな…流石、あいつの騎士というべきか?」
「ラズ殿も賢くていい子です。防御壁を砕いたのも彼でしょう?魔法の対処に専念してくださってるようですね。威力がえげつないですが…」
実際、魔石獣の能力は主人の魔力に比例する。魔力の塊である魔法陣を壊すには、かなり魔力量の差がなければならない。
膨大な魔力を難なく扱える器量から考えれば、ラズは生前かなり強い獣だったのだろう。
そして、そんな彼を目覚めさせることができたリゼの魔力は本当に底が知れない。
繰り出す魔法が間髪入れず陣ごと全て砕かれていく中、着実に魔導士の数を減らす。
防御に意識を割く必要が無く、キリトが残りの一人を蹴り上げたところでこの場に立っている魔導士は誰も居なくなっていた。
辺りが静かになるとラズが身を潜めていた木から地面に降り立ち、側に歩み寄って来る。
「…まぁ、こうなりますよね。ラズ殿、ありがとうございます。」
「護衛が優秀過ぎるんだ。結局こいつら、最後までラズの姿を見てないからな。」
そう言いながら、一人の魔導士の近くに転がっている魔導具を手に取った。見た目はランプみたいだが、中心には魔石が嵌められている。
「嬉しそうな顔してますね。」
「どういう仕組みか気になって仕方がないからな。分解するのが楽しみだ。」
リゼが老白樹の群れに突っ込んだ場所に戻ろうと振り返ると、複数の人物がこちらに駆けて来ていた。見覚えのある顔を数名見つけ、彼らがシベルの部隊に所属している者である事に気付く。
相手もこちらに気が付くと、顔見知りの一人が声をかけてきた。
「アルフさん、お久しぶりです。すみません、一足遅かったようですね…お手数お掛けしました。」
「いえ、そんなに手間かけてないので。ただ、後処理は任せます。…ところで、シベルさんは?」
「シベル隊長は…あの…老白樹が蹂躙された現場に残っています。」
「「蹂躙……」」
思っていたより物騒な単語が飛び出してきたなと、キリトと二人して繰り返す。
一体、向こうはどんな状態になっていたのだろうか。
地面に転がっている魔導士をテキパキと捕縛していく様子を眺めていると、手に持つ魔導具を見て問われる。
「それは?」
「今日の騒動の要です。これはあげませんよ?」
「要りませんよ。どうせ、こちらで回収してもあなたの元に解析依頼が行くでしょうから。寧ろ、分解なりなんなりしてもらって、早く結果を聞きたいですね。」
それではと離れていく背を見送り、手に入れた魔導具を持って現場を離れる。
視線を落とすと、自身とキリトの間を黒い子犬が歩いている。ちょこちょこと後ろをついて来る様子から姿を変える気はないようだ。
「ラズ殿、抱えても構いませんか?」
キリトが立ち止まってラズに問いかける。ラズはちらりとキリトを見上げ身体の向きを変えると、お座りの体勢をとった。
「フン。」
ラズが軽く返事を寄越す。どうやら、許可がおりたらしい。
「失礼しますね。」
キリトがにこりと笑って言いつつ、ラズを抱き上げる。
「あ、思った以上にもふもふです。」
「相変わらずギャップが激しいんだが…」
キリトに抱えられたラズを見て呟く。
先程まで魔導士達の魔法を悉く破壊していた存在が、このぬいぐるみの様な外見の魔石獣であると誰が思うだろうか。
そのままラズを抱いたキリトと共にパーティ会場のあった建物を目指し歩き続けて、ようやく木立を抜けた。
キリトの腕からラズが地面に跳び下りると、迷うことなく一直線に駆けて行く。
彼の後を追った先に、薄く紫色に光を反射する長い銀髪が揺れているのが見えた。その背に声をかける。
「リゼ。」
「…帰ったか。お疲れ、ラズ。」
駆け寄るラズを抱き上げながら彼女が振り向く。その近くには老白樹の群れだったものが積み上がっており、大部分が糸に姿を変えつつあった。
リゼの隣で老白樹の糸を眺めていたシベルもこちらに気付いて振り向く。
「おかえり、アル君、キリト君。彼らとは会えたかい?」
「シベルさん、お疲れ様です。会いましたよ。後片付けだけお願いしました。」
「なんだ。結局、間に合わなかったのか。」
仕方ないと笑いながらシベルがさらに言葉を続ける。
「その様子だとなかなか面白いものが手に入ったみたいだね。分かったら教えてくれるかい?」
「はい。また連絡します。」
彼の言葉に応えてリゼを手招く。気付いた彼女が抱いたラズと一緒に隣に歩み寄った。
その手には、糸束が複数握られている。
「…任務終了か?」
「あぁ。さっさと帰るぞ。」
「あっ、アルフ様、花は見てから帰りましょう!」
「…そんなに興味があるのか?」
キリトの言葉に返答しつつシベルの方を軽く見遣る。視線を受けた彼は笑みを浮かべながら片手を上げる。
シベルに軽く頭を下げてから帰路に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます