12

自身が纏う白いローブを眺めてからまだ少し距離のある老白樹の群れに視線を移し、首を傾げる。

「小さいな…」

「小さいか?」

「小さいんですか?」

呟いた言葉にアルフとキリトが聞き返す。

サーシャの手によって最上級装備へと変貌を遂げたかつての老白樹はこの距離からでも、もっと大きく見えた。

希少種過ぎて平均的なサイズなど知りようもないのだが。

品質にはあまり期待できないけれども、この老白樹の糸を持って行けば彼女は喜ぶだろうか。


「ラズ。」

隣に話しかけるように名前を呼ぶと、見上げる程大きな漆黒の狼が目の前に降り立った。

その滑らかな毛並みを撫でながら振り返る。

「アルフが欲しいものはあの群れの奥にある木立の中だ。魔導士達もいると思うがラズに側の護衛を任せる。連れて行ってもらえ。」

「ん?リゼはどうするんだ?」

「折角だからな。あの群れに突っ込んでみようと思っている。」

「あ?」

淡々とした調子でやりとりしながら魔法を展開し、目の前に現れた剣と短剣を掴む。

明確な武器は持ち込みを禁止されていた為、予め必要になれば転移させられるように準備していたものだ。

転移させた剣をアルフに押し付け、自分の短剣を腰に差す。


「リゼ、今あれに突っ込むとか言ったか?」

「言ったな。」

「………」

念を押すように確認してきたアルフに応え、キリトに至っては絶句している。

だが、方針を変えるつもりはない。老白樹の討伐が護衛に反するわけでもないのだ。寧ろ倒してしまうのは必要なことだろう。

そしてなにより…

「このローブは老白樹の群れに突っ込む為に作られたからな。」

「なんつーことさせようとしてんだ。」

「一体どなたがそんな恐ろしいことを…」

それは勿論、このローブの製作者である優秀な装備屋の少女である。

彼女が安心して突っ込めると言って贈ってくれたのだから、一度くらいその為に使うべきだ。これを逃せば今後一切、老白樹の群れに突っ込む機会など無い。


「ほら、さっさと乗れ。キリトさんもアルフと行きますよね?」

ぐいぐいと二人の背を押して急かす。既に群れが近い。会敵はもうすぐだ。

「それとキリトさん。本当に武器は無くて良いですね?」

「あ、はい。身一つで大丈夫です。魔物に対しては火力不足ですけど人間に対しては問題ないので、お気遣いなく。」

「分かりました。」

本人が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。何より、例え棒立ちだろうとラズが護衛に付いている限り危険はない。

「アルフ、どうせ生捕りの方がいいんだろう?」

「まぁ、解析するにせよ、さらに研究するにせよ、製作方法とか効果とかは関係者に聞くのが手っ取り早いからな。」

「…だそうだ、ラズ。頼んだぞ。ただ、最優先事項は二人の命だ。必要と判断すれば、逝ってもらえ。私の魔力が引っ張られている方向はもう分かってるな?」

ラズがこくりと頷き、そのまま宙を駆けた。星屑の様な魔力が風に流れながら散って行くのを見送る。


目の前に迫っている老白樹の群れが、ラズの駆けて行った方向を向いていた。

濃密で潤沢な大量の魔力の塊…ラズに惹かれたのだろうが…

「…そっちじゃないだろう?」

口端を上げて呟くと、群れの老白樹が一斉にこちらを向いた。自身の足元がぼんやりと白く染まる。

老白樹にとっての一番のご馳走は会場に集められた魔導士でもなく、この場から離れたラズでもなく…自分だ。


今まで、魔力を奪おうする力に抵抗していたが、もうその必要もないだろう。

絡みついた魔法を巻き込むようにして、真正面に自分の魔法を展開する。

「(こうして見ると、それぞれで顔が違うんだな…)」

土埃を上げて猛然と迫る群れを眺めながら、呑気に構える。

老白樹には幹の部分に三点の空洞が逆三角形に体現されており、それが顔に見えるのだが個体によって差があるらしい。

「ふーん…」

一人で納得しながら群れに向かって魔法を放つと、派手な音が鳴る。

放った先には一つの空洞になった老白樹の顔面が数体、群れの中を直線に突っ切っていた。しかし、難を逃れた別の個体がすぐに迫る。


魔力を引っ張り出される感覚が消え、ようやく自由になったことを確かめるように軽くその場で跳ねる。

そして、とんっと地面を蹴って予定通り老白樹の群れに突っ込んだ。


自身の周りに氷の刃を絶えず展開し、隙間を縫うように駆けながら攻撃し続ける。

老白樹は確かに魔物の中でも強い個体ではあるが、この群れはそもそも連携が取れている訳でも無く、個々で好き勝手しているだけだ。

おまけにそれぞれが大きすぎて上手く動けないらしく、小さなご馳走に狙いが付けられていない。まさしく烏合の衆と化していた。

「(群れにしない方が良かったんじゃないか?)」

なんとなく呆れながら、根っこのような足で踏みつけようとするのを躱し、太い枝のような腕で叩きつけようと迫るのを跳ね返しつつ、老白樹の巨体と攻撃を足場に群れの真上に出た。


空中に高く放られたまま、眼下にある群れの範囲を捉える。

空気がゴロゴロと音を立て、自身の周囲に小さく閃光が走る。

「落ちろ。」

小さな呟きと共に、空間を割く光と轟音が辺り一帯に降り注いだ。


「………」

ついさっきまで老白樹の群れだった所に降り立ち、軽く息を吐く。纏っているローブには勿論、全く損傷が無かった。

被った土埃だけ軽く払えば、すぐに綺麗な白が姿を現す。

老白樹の崩れた外殻がサラサラと風に流されていく中、少しずつ糸が見え始めていた。

「…真っ白ではないな。」

目の前の老白樹の糸を観察していると、どことなく灰色がかった色味で量も少ない気がした。

「(まぁ、使えるかどうかはサーシャに判断してもらおう。)」

そう思いながら、視界の隅に捉えた人影の方を向く。ダスティーブルーの瞳を持つ人物と視線が合った。


「えっと…リゼ君…だね?」

確かめるようにシベルが尋ねてくる。そういえば、彼との対面は終始フードを深く被ったままであった。

今は、薄く紫色に反射する銀髪が風に揺れている。

「アルフならあっちだが?」

シベルの後ろにいる数名の人間を夜空の瞳で一瞥し、木立の方面を指して彼に言う。

この騒動の元凶をどうにかしたいならば、この場所にいても埒が明かない。

「そうか。」

シベルが短く応え、後ろに指示を出す。シベル以外が全て木立の方面へ向かった。

側を通り過ぎる際、漏れなく全員の視線を浴びたが、この状況ならば仕方ないだろう。


一人この場に残ったシベルが、辺りを見回しながらこちらに歩み寄って来る。

「一体何が…?」

「見たままだ。それ以外は後でアルフにでも聞け。」

「見たままが信じられないから、困ってるんだがなぁ…これは、老白樹…しかも群れか…」

苦笑しながらも、ぶつぶつと何か呟きながら情報収集を始めたシベルを眺める。

「(まぁ…あれだけ分かりやすく動いてやったからな。文句は無いと言う事か…)」

パーティー会場にて騒動発生の兆候を感じた際、近くに居たアルフとキリトの手首をわざわざ掴んでみせたのは、行動を見張られていたからだ。おそらく、少しでも早く察知できる可能性のありそうな得体の知れない護衛に目を付けたのだろう。

そもそもこの騒動の対処自体はシベル達の仕事だ。例え文句を言われたとしても、知ったことではないのだが。


そんな中、彼が不思議そうに呟く。

「この老白樹の糸、白くないんだな…」

「やはり、おかしいのか?」

「ん?あぁ…白以外の糸を今まで見たことがないんだ…」

反応があるとは思っていなかったのか、少し驚いた様子でシベルが応えた。

彼にとっても白くない老白樹の糸は覚えがないらしい。個体は確かに老白樹のはずだが何が違うのか。


黙り込んでいると、シベルが補足するように言葉を続けた。

「老白樹はそもそも珍しい魔物だからね。その素材である糸が出回ることも滅多にないけど、何度か目にする機会はあったよ?本当に綺麗な白色で…そうだな、君のそのローブのよう…な……え…⁈」

「………」

一人でこの白いローブに対する結論を導き出したシベルは、ある日のアルフとキリト同様、完全に引いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る