11

手に空のグラスを持って魔法を展開すると、グラスの中に水が溜まる。さらに魔法を展開し、溜まった水の表面に薄く氷を張った。

そのグラスを軽く揺らしながら、こちらに向かって歩いてくる人物に視線を向ける。

「…リゼ殿…ナチュラルに逃げてましたね?」

一足先に人混みから抜け出たキリトだ。

疲れた様子の彼に手に持ったグラスを差し出す。

「あっ、ありがとうございま…あれ?これは飲んでも良いのですか?」

「私の魔法なので問題ないです。まぁ、ただの水しか生成できないのが申し訳ないですが。」

「いえっ!とんでもない!ありがとうございます、リゼ殿。」

にっこりと笑ってキリトがグラスを受け取る。


この会場にある飲み物はどうやら全てに仕掛けがあるようで、アルフとキリトは万一を考えて飲んでいない。

「…はー、冷たくて生き返ります。もう、さっさっと何か起こしてくれませんかね…」

「………」

あのキリトが物騒なことを口に出すとは、かなり大変だったようだ。


「リゼ殿、お肉食べますか?」

人懐っこい笑みで皿を差し出してくるので、受け取る。

果物ベースの甘辛いソースと絡んだ柔らかい肉だ。今日のパーティにおける料理はなかなかレベルが高い。

二人並んでもぐもぐと口を動かしながら、もう一人が居るであろう少し離れた所の人混みを眺める。


「そういえば、ラズ殿はお留守番ですか?」

「居ますよ。」

「え?どこに…」

きょとんとしたキリトに人差し指を天井に向けて見せる。つられる様に顔を天井に向けたキリトが首を傾げる。

「上…?もしかして、建物の上空ですか?」

問いかけてくるキリトにこくりと頷く。

ラズには今日、外から様子を見てもらっていた。事と次第によっては、アルフとキリトの護衛を彼に任せる可能性もある。


キリトと二人で話していると、そこに近づく足音が一つ。

「…雇い主を放って二人仲良く食事とは、良いご身分だな。」

「アルフ様、ご無事で。」

「やめろ、腹立つ。」

キリトから数分遅れて人混みを抜け出たアルフに、少し揶揄う様にキリトが声をかける。前から思っていたが、二人は仕事上の主従関係というより友人か兄弟のように見える。


そのやりとりを横目にもう一つ空のグラスを手に取り、先程と同じ様に魔法を展開して中身を冷水で満たす。

それをアルフに差し出そうとして、二人がこちらを凝視していたことに気付く。

「…?」

「なんというか…君の魔法は綺麗だな。無駄がなくて、すっきりした印象だ。」

「こういう使い方もあるんですよね。普段はどうしても戦闘的なものを想像しますけど。」

確かに、生活に必要とされるものは大体魔導石で代用できる為、わざわざ魔法を展開する必要はない。

ただ、こういう地味だが生活に直接繋がる魔法こそ基礎を鍛えるには丁度良い。土台が広い方ができることは多くなる。


「悪いが、ただの水だぞ。」

「いや、構わない。ありがとう。」

渡したグラスをアルフが受け取って、そのまま呷る。

「はぁ…なんか既に疲れた。」

「贅沢だな。両手に花…というか、周囲に花畑だったようだが?」

かなり体力を削られた様子でぼやくアルフに声をかける。


以前、彼は世間に名が知られていると言っていた。家系的にということもあるのだろうが、どうやらアルフ自身も若くしてかなりの功績があるようだ。

そのため、挨拶にくる者も多かった。

さらに、今日は格式ばったパーティではなく交流会という名目であらゆる人々が参加している。

今までの研究成果からアルフのもとには何もしなくても資金が流れ込んでくるらしく、おまけに見た目が良い。

そんなアルフの隣に立つキリトも然りだ。


要は、この会場で見かけた美しい女性達の餌食になっていた。

「…リゼ殿…できれば助けていただきたかったです。」

「全くだ。着飾らせて隣に置いとけば良かった…」

しょげた犬の様な表情で呟くキリトと、不機嫌さを隠すことなく文句を言うアルフを眺める。

これからが本番だというのに大丈夫だろうか。


…軽く息を吐いて足元に視線を移した時、待ちかねていた感覚が身体に走る。

アルフとキリトがすぐ隣に居るという、非常に良いタイミングだ。

間髪入れずに二人の手首を掴む。

「…⁈」

「わっ⁈」

素早く辺りを見回し、先程から生じている感覚に意識を向けながら流れと方向を探る。

さらに、建物周辺に別の魔力が集まり始めていた。おそらく攻め手が二段階ある。

「初手は防いでやる。その後どうするか決めろ。」

「「…!」」

声をかけると二人が身構える。

少し遅れて、あちこちで悲鳴が上がり始めていた。視線の先には床に倒れた人々。


「!!」

そして突如、大きな揺れと音を伴って会場に大量の蔦が侵攻してきた。その勢いに窓ガラスが割れ、壁面にひびが入る。


「さむ…」

「えぇ…」

「………」

建物内の騒がしさと反対に、アルフとキリトが足元を見つめて若干引き気味に声を上げた。

床には粉々に砕け散った蔦の残骸が散らばり、周辺に冷気が立ち込める。

キリトがこちらを見下ろしながら問いかけてきた。

「リゼ殿、何が起こったかよく分からなかったのですが…」

「…押し寄せてきた攻撃を防御壁で弾きましたが、正体が蔦だったので凍らせて砕きました。それと、追撃の処理が面倒だったので私たちの周辺にある蔦全体を凍らせた状態が今です。」

「…結構色々やってたんだな。だが、凍らせたとはいえ一時か。」

「そうだ。新しいものが次々伸びているからな。いずれ砕ける。」

凍った蔦の隙間から、会場内の様子がかろうじて確認できる。


その中にシベルの姿が見えた。他数名の人物と連携をとってこの場に対応しているようだ。

おそらく、去り際に彼が言っていた「飲んでいない奴」が何人かいたのだろう。

「( やはり、何かしらの治安維持部隊だったか…)」

どこの管轄か知らないが、情報を掴んでおいて放ったらかしにはしなかったようだ。


しばらく周囲の動きを観察した後、同じく周りを観察しているアルフに問いかける。

「…で?…何を望む?」

「…悪魔の囁きみたいだな。」

「それは使い方次第だろう?」

口端を上げながら小首を傾げてみせると、アルフはしばらく無言でこちらを見つめて息を吐いた。

「…どこまで分かっている?」

「そうだな…蔦はおそらく揺動だが、込められた魔力的にまだ増える。建物が倒壊するかもな…で、魔導士から奪った魔力が集められている場所がある。そっちが本命だろう。外で数名の人間をラズが確認してるから、魔導具もしくは魔導石の起動、維持要員。発動自体はこれからってところか…」

把握していることをつらつらと報告する。

キリトが軽く息を呑み、アルフが先程の内容を踏まえて思案する。


「…取り敢えず、建物の倒壊は避けたい。それで、本命の要…魔導具か魔導石か?それが欲しいな。」

「なるほど。」

順番的に建物の倒壊を防ぐのが先かと、腰から提げた瓶を一つ手に取る。

それを、アルフとキリトが興味深そうに覗き込んできた。

「植物の種か?」

「あぁ、西の森で自生している。この会場に侵食している蔦もそうだが、植物系は結構便利だ。」

そう言いながら、適当に瓶の中身を取り出して魔力を流し、宙に放る…とすぐに葉のついた蔓が床から柱、壁、そして侵攻する蔦に伸びていく。

「こんな急激に伸びるんですね…あれ?なんか、様子が…」

キリトが感心したように眺めながら、何かに気付く。

先程まで急激に伸びていた蔦の動きが鈍くなり、少しずつ枯れていた。


その光景を眺めつつアルフとキリトを連れ、建物から出る為に歩を進める。

「魔力を奪ってるのか。」

「西の森は生存競争が激しいからな。常に喰い合いを制しなければ自生なんてできない。しばらくすれば花が咲いてると思うぞ。」

「花が咲くんですか?アルフ様、帰宅前に寄りましょう。」

キリトも状況に慣れてきたのか、相変わらず会場内は騒然としているにも関わらず、軽い調子で会話が進む。


綺麗に整えられただだっ広い庭園に出ると、そのまま足を止めることなく本命の元へ向かう。

その後ろをついて来ながらアルフが問いかけてきた。

「場所が分かるのか?」

「私にとってはその為に用意された飲み物だったからな。」

「飲み物って例の魔導士に影響があると…まさか、さっき魔導士から奪った魔力が集まっているって言ってたのは…」

「そういう魔法が込められていた。魔力が無理矢理引っ張り込まれていく方向に行けば良いだけだ。」

パーティ会場に用意されていた飲み物には全て、魔導士の魔力を奪う仕掛けが施されていた。先程、会場で倒れていた人々はおそらく魔導士で、急激に魔力を奪われた為に魔力不足となり意識を失ったのだろう。


「えっ⁈では、リゼ殿も魔力を…⁈」

「奪おうと頑張ってますよ。」

「奪おうと頑張ってる…?あっ、魔力制御ですね!」

「…なるほどな。リゼはかけられた魔法に抵抗してるのか。」

アルフとキリトが納得したように言う。

魔力制御は魔力のコントロール全般を指す。魔法展開時の魔力量の調整や発動の方向、時間指定、また、魔導具や魔導石における連携、出力の調整など様々だ。

今は身体の外に引っ張られている魔力を奪われないように引き止めている。

要は、魔力をコントロールすることで綱引き状態を維持していた。


「ん…?」

「リゼ?」

身体に走る感覚が少し変わり、近くに大量の魔力が流れて来たのを感じて立ち止まる。

「…発動させたな。出現場所を指定していたのか…?出るぞ。」

「出る?」

「何がですか?」

足を止めたまま前方を見つめる。


庭園の端に出現した何かの群れが段々と近付いて来ていた。

「(うわぁ…)」

その光景になんとなく既視感を覚える。実現するとは思っていなかった何気ない言葉…

思い出すのはいつも溌剌とした笑顔で迎えてくれる装備屋の少女。


「…おかげで安心して突っ込んで行けそうだぞ?…サーシャ。」

視界に捉えたのは老白樹の群れだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る