10
煌びやかな装飾が施された広い会場で様々な種類の料理があちこちのテーブルに並ぶ。
着飾った者もいれば、地味なローブ姿の者、装備を纏う者など統一性のない雑多な服装の人々がこの場所に集まっていた。
会場内を移動していると、美しいドレスを着こなした女性たちとすれ違う。
彼女達の視線が目の前の二人に流れた。やはり目を引くらしい。
そっとフードを被り直しながら、ある程度人が多くなったら距離をとろうと決める。
「えらく気合いの入ったパーティだな…思っていたより規模が大きい。雑多すぎて祭りみたいだが。」
「こんなに人を集めているんですね。今日、本当に何か起こるんでしょうか?」
アルフが周囲を見回しながらどこかげんなりした様子で言い、キリトは少しだけ警戒の色を滲ませる。
今日は護衛としての初任務である。例の何か起きるかもしれないパーティに同行し、アルフの望みを叶えるべく動くことが仕事だ。
ただ、何かが起こってくれなければ出番はない。
護衛の仕事を疎かにしないならば好きにして良いと言われているので、料理が並んだテーブルから果物をとって手元の皿に山を作る。
齧ると冷えた果汁が口に広がってとても美味しい。
「綺麗に着飾った女性の方も多いですね。雇用主でしょうか。」
「魔導士の可能性もあると思うが…自分の雇っている魔導士を自慢したいなら尚更力を入れそうだ。」
そう言いながらアルフがふとこちらを見下ろした。
果物の山を順調に減らしながらそれを見返す。
「リゼは装備のままで良かったのか?言ってくれれば見繕ってやったのに。」
「着飾った方が良かったのか?」
「私は正直見てみたかったですね!リゼ殿、きっとドレスも似合いますよ!」
着てもいないのに、にこにことキリトが誉めてくれる。ドレスだろうがなんだろうが護衛をこなす自信はあるが、指定がないのであれば装備の方が良い。それに……
「豪華さはないが、この会場にいる誰よりも高価な服装だと思うぞ?」
「「……確かに。」」
納得したように二人の声が重なる。
サーシャお手製の白いローブを筆頭に自分の装備はかなり高価な魔物素材ばかりが使われている。強力な魔力溜まりの中に住み、必然的に貴重な素材が集まった結果だった。
ローブに至っては値段がつくかどうかも怪しい。
以前、二人に老白樹の糸だけで作られているという話をした時は完全に引いていた。
「( 今度、サーシャに売値を聞いてみようか…)」
そう思いながらも、皿に向かう手を止めない。
次々となくなっていく果実を見てキリトが微笑みながら聞いてくる。
「リゼ殿は、果物がお好きなんですか?」
「………」
キリトの問いに、最後の一つを口に入れてからこくりと頷く。
「なら、食えるだけ食っとけ。」
そう言いながら、アルフが様々な種類の果物が積まれた皿を差し出してきた。
それを素直に受け取って、飾り切りが施された果実を口にする。
「( 美味しい。)」
「…一瞬、小動物に餌やってる気分になった。」
「餌って…アルフ様…」
無言でしゃくしゃくと齧る様子を見て、ぼそりとアルフが言う。
こんな愛嬌のかけらもない小動物が許されるだろうかと他人事の様に考えながら、次に手を伸ばす。
「おっ、アル君、キリト君。来てたのか?」
「…!シベルさん。」
声をかけてきた人物にアルフが応え、キリトが頭を下げた。
二人の知り合いなのだろう、真っ直ぐの長い黒髪を低い位置でまとめている中年の男性が親しげな笑みを浮かべながら、こちらに歩いてくる。
「今回は確実性がなかったから見送るかと思ってたんだけど、予想が外れたな。」
「まぁ、何も起こらないならそれでも構わないかと思いまして。」
「へぇ、もしかして…そう思わせたのはこっちの白いローブのお嬢さんかな?初めてまして、魔導士のシベル・マクウィンだ。君も魔導士かい?」
ダスティブルーの瞳がこちらを向く。この人物がアルフに情報を流した本人なのだろう。
もぐもぐと口を動かしながら、取り敢えず軽く頭を下げた。それに合わせてアルフが言う。
「彼女はリゼ、魔導士です。俺の護衛として雇いました。」
「護衛…?今日の為に?」
「いえ、今後も。」
アルフが自身の右手を上げる。そこには成立したばかりの契約の魔導石がある。
それにシベルが少しばかり怪訝な表情を浮かべた。
「どうぞ。」
そこに、グラスを持ったウェイターから声がかかる。それぞれに飲み物が手渡された。
グラスに視線を落とし、一口飲む。
「(酒では無いが…)」
そう思いながら先程のウェイターの背を目で追いつつ中身を一気に呷った。
そして、隣でグラスに口をつけそうになっているアルフの腕を掴む。
「っ?…どうした?」
「…リゼ殿?」
「…?」
三人が疑問の目を向けるなか、愉快そうな声音で言う。
「良かったな。無駄足じゃなくなりそうだ。」
「は?それって…」
「ちゃんと、準備してくれてるっぽいぞ?」
空になったグラスを掲げながら軽く揺らして見せると、三人がまさかという様子で手に持つグラスの中身に視線を落とす。
「毒か何かか?」
「毒ではない。アルフとキリトさんは飲んでも影響はないだろうが、高みの見物をしたいなら万一を考えて飲まない方が良い。」
「リゼ殿はっ⁈お身体に異常が⁈」
伝えた内容に、キリトが心配しながら尋ねてくる。狼狽えてはいるが、周りに聞こえない様に小声だ。
「今は何もないですよ。」
「い…今はって…」
「………」
おそらく今日の裏行事に必要なのだろう。その時が来るまではただの飲み物だ。
キリトに対して問題ないという風に手を上げる。アルフはグラスを見つめたまま特に何も言わない。
「アル君とキリト君は影響なし…か。それなら魔導士のお嬢さん、私はどうなんだ?」
「………」
シベルが興味深そうに尋ねてきた。
さて、自身の護衛対象はアルフである。アルフが大事にしているキリトは範囲内として、果たして目の前の人物はどちらだろうか。
「リゼ。」
黙っているとアルフから声がかかる。どうやら彼の身内のようだ。
アルフの方を一瞥して、シベルに答える。
「魔導士にはおそらく影響が出る。自信がないなら飲むな。」
「自信?何に対してだい?」
「魔力制御。」
シベルが僅かに目を瞠る。キリトが何か言おうと口を開くがアルフが片手で止めた。
シベルに関する何かしらの情報をこの得体の知れない護衛に与えないようにだろう。
知りたいとは思っていないので文句はない。
「んー…自信はあるが、魔力制御にも色々あるからなぁ…」
興味と理性の間でかなり真剣に思案しているようだ。
それなりの実力者だと思うのだが、謙虚なのか慎重なのか。
「( …判断基準があればいいか?)」
すっとシベルに手を差し出す。それに気付いたシベルが視線を向けた。
「抵抗できるなら飲んでみれば良い。」
「ふむ…面白そうだね。」
軽い挑発に口端を上げながら、シベルが差し出された手を掴む。
それを緩く握り返して数秒後、彼の肩が小さく跳ねた。
シベルが顔を顰めながら繋いだ手を見つめる。
…しばらくして、手を離した。
シベルが離された手を気にしつつ問い掛けてくる。
「…これと似た様な事が起こると?」
「実行されれば?」
小首を傾げながら答えると、彼は深く息を吐いた。
「やめておこう。動けなくなると色々困る。」
「…?…動けなくなるんですか?」
諦めたように笑いながら言うシベルにアルフが尋ねると、シベルは軽く肩をすくませてみせた。
「リゼ。一体何をしたんだ?」
「…終わってからの方が良いんじゃないか?勘付かれたら何も起きなくなるぞ?」
どうせ感覚的には魔導士にしか分からないのだ。今、口頭で説明して知っている者を増やす必要性を感じない。
事実、何をするつもりなのか見たいと言ったのはアルフだ。
「うん、種明かしはパーティが終わった後にしよう。何か起こっても他の参加者のことは
気にしなくていい。そっちは私達の領分だから。」
「………」
そう言いつつシベルが少々不満げなアルフの肩を叩く。別に教えない訳ではないのだから我慢してもらおう。
「それにしてもアル君…この子、一体どこから連れて来たんだい?」
「森ですね。」
「うん?森…?」
「アルフ様…そんな野生動物を捕まえたみたいに…」
「………」
間違ってはいないが、いまいち分からない事態になっている。
周囲には先程よりも人が増えてきていた。それに気付いたシベルが辺りを見回す。
「さて、私はそろそろ行くよ。邪魔したね。…んー、まだ飲んでない奴が残ってたら良いんだが…」
最後に抑えた声で呟きながら、シベルはこの場を後にした。
その後ろ姿を見送り、徐々に騒がしさを増す会場全体に視線を流す。
「………」
アルフ達の方に近づいてくる人影を捉え、距離をあけるようにそっと壁際へ移動した。
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