09

目の前にある立派な屋敷の扉に手をかける…と、内側から勢いよく開いた。

「うわっ!」

「⁈」

「アルフ様!」

開いた扉にぶつかることはなんとか避けたアルフの視線の先に、嬉しそうな顔をした男が一人。

「おかえりなさいませ!ご無事で良かった。」

「…たった今、無事じゃなくなりそうだったけどな。」

アルフが言っていた「待たせている奴」が、おそらく目の前にいる人物のことなのだろう。

随分とアルフの帰りを心待ちにしていたようだ。彼が今すぐにでも森を出たいと言った意味が分かる。


「(…大きい犬みたいだな。)」

素直な第一印象を秘めたまま、栗色の髪とライトグリーンの瞳を持つ背の高い男を見上げる。


こちらの視線に気づいた男が、はっとして姿勢を正す。

「失礼致しました。私、アルフ様にお仕えしておりますキリトと申します。…えっと、白森林の管理者様でしょうか…?」

「…そういう噂があるのは知ってますが、自分で名乗った事はありません。」

「…⁈」

「………」

取り敢えず事実を述べると、アルフとキリト両者から何故か凝視される。


「何ですか?」

「いや、あの…見ての通り私はアルフ様の従者の立場ですので、私に敬語を使われなくても大丈夫ですよ?」

「キリトさん、敬語が似合うので。」

「似合う?」

従者だから良いという上流階級の思考は持ち合わせていない。

だからといって、自らの事は完全に棚に上げてお前敬語使えたのかとでも言いたげな視線を向けてくるアルフに対してまで発揮される謙虚さは一切無い。


「気に入らないなら、帰…」

「我慢しろ、キリト。」

「えぇっ⁈」

発した言葉はアルフによって即座に遮られ、そのまま手を引かれて屋敷の中に連れ込まれる。

主人に唐突に我慢を言いつけられたキリトが声を上げながら、慌てて後をついて来た。


手を引かれながら屋敷の中を見渡すが、この場にいる人物以外の気配が無い。

こんな立派な屋敷を二人だけで使っているとはなかなか贅沢だ。

「( まぁ、こうなることを望んでいた訳ではなさそうだが…) 」

所々二人に合わない調度品が見られ、なんとなく生活の温度が感じられない場所がある。

聞かなくても読み取れる情報は多いが、深追いはしない。そっと足元に視線を移す。


だが、忘れていたことがあったとキリトの方を振り向いた。

「リゼです。こっちはラズ。」

「えっ?あっ、はい!リゼ殿、ラズ殿、よろしくお願いしますね。」

「いきなりだな。」

玄関先で中途半端になっていた自己紹介を済ませると、キリトは一瞬戸惑ったがすぐに理解して笑顔で応える。

そのやりとりを見てアルフが正直な感想を述べると、続けて問う。

「そういえば、千年生きている魔導士っていうのは本当か?」

「……そう思うなら、労われ。」

「十代後半みたいな見た目で言われてもな…」

「えっ?リゼ殿、アルフ様にはその話し方なんですか⁈」

今度はアルフとのやりとりにキリトが素直につっこむ。

主人に対してぶっきらぼうな口調で接しているにも関わらず、その従者に対して丁寧に話すという、キリトにとってはあまりにもちぐはぐな状態だった。


「そこに座って待っててくれ。すぐ戻る。」

「…私も、お茶の準備をしてきますね。」

書斎らしきところに案内され、ソファとテーブルの設置された一画を指される。

アルフは掴んでいた手を離すと、すぐにその場を後にした。

次いで、キリトは未だに納得し難いのか、戸惑いを浮かべたまま出て行く。

言われた通りにソファに腰掛け、抱えていたラズも隣に下ろす。

招かれた部屋の壁には沢山の本が並び、様々な種類の魔石が飾られていた。

加えて、魔物素材もいくつか置かれている。

「………」

手持ち無沙汰に周囲を眺めていると、二人が戻ってきた。


着替えを済ませて来たアルフの手には、小さな箱と手紙が握られている。

キリトがお茶を注いだティーカップをテーブルに置いていく中、目の前に腰掛けたアルフを見つめる。

「…なんだ?」

「研究を生業にしてるというのは本当だったんだな。」

「疑ってたのか?…寧ろ、何だと思ってたんだ?」

「休暇中の王都騎士。」

「どうやったらそこに辿り着く…」

剣の腕があって、あの場所に張り込める時間はあるが制服を着てはいなかったからだ。

だが、違っていたらしい。ということは…

「なるほど、自分で研究用の素材も取りに行くのか。」

「あぁ。勿論ギルドに依頼を入れたりする事もあるが、俺もそれなりに動けるからな。」

そう言いながら、持っていた手紙を差し出してくる。


取り敢えず受け取ると、続けてアルフが言う。

「俺たちの家系は代々魔導石の研究をしていて、魔物素材から生成する魔導石の方法を確立した事で一応名が知られている。だから、その手紙みたいな招待を受ける事も多いんだ。」

アルフの言葉に耳を傾けながら、既に封の切られた手紙の中身を取り出す。

入っていたものはパーティの招待状で、内容としては魔導士との交流会。

優秀な魔導士との繋がりがあることは一種のステータスともなる。

良い条件で名家に雇われるならば、魔導士にとっても悪くない。


「…ふうん。で、この招待を受けるのか?」

「君が護衛として同行してくれるならだ。」

「護衛…?襲われる予定でもあると?」

「俺個人じゃなくて、このパーティ全体で何かあるかもしれない。」

どこから情報を掴んだのか知らないが、なにやら物騒なことが起こるようだ。

だが、そんな可能性があることを知っていながら出向く意味が分からない。


そもそも、アルフに護衛が必要なのだろうか。自分の身くらい自分で守りそうなものだが…

「俺も別に参加者を助けたいとかは全く思ってない。ただ、魔導士を集めたこの場所で何がしたいのかを見たい。」

「………」

ただの野次馬根性だった。

高みの見物をする為に、護衛が必要なのか。


「アルフ様…あけすけ過ぎます…」

「ここで建前使ったって仕方ないだろう。これからの為にもな。」

「これから…?」

アルフの言葉に少し眉根を寄せる。すると、今度は小さな箱を目の前に差し出される。

小箱の蓋が開けられると、中には指輪が一つ入っていた。

指輪には透明の小さな魔導石が嵌め込まれている。


魔導石に込められた意味付けされた魔力を感じ、さらに顔を顰めた。

「…契約の魔導石…」

「…⁈…分かるのか?」

呟かれた言葉にアルフが反応するが、それを無視してさらに探る。

「…契約…対の護衛…期間指定…なし…」

「「………」」

意味付けされた魔力の中身を並びたてていく様子を二人が黙って見つめる。

かなりシンプルなタイプだ。先程のアルフの言葉と魔導石に込められた内容的にこれから先も護衛として自分を雇いたいということか。


「…対はどこだ?」

「それは俺が…」

アルフがポケットからもう一つの指輪を取り出す。

見た目は小箱に入っているものと同様だ。だが、護衛に対する報酬部分が抜けている。

「一応契約内容を確認できる魔道具も用意していたんだが、要らなかったな。俺の持っている方に報酬内容が抜けていることも分かっているか?」

アルフの言葉に頷くと、それを確認してさらに言葉を続ける。

「俺はこれから君を護衛として雇いたいと思っているんだが、報酬は君の希望内容で刻むつもりだったから抜いている。内容に納得してお互いに指輪を嵌めれば契約完了だ。」

そう言いながら、彼が自身の右手中指に指輪を嵌めてみせた。


その様子を見ながら応える。

「…やめとけ。千年生きてるかもしれないような奴に頼むことか?明日ぽっくり逝ってるかもしれんぞ?」

「リゼ殿⁈」

「その見た目で言われてもな…たとえそうだとしても頼みたいんだが?報酬なら可能な限り叶えてやる。」

「………」

優秀な魔導士の護衛が欲しいなら、何も自分にこだわる必要などない。

名が知られているというならば、それなりに伝手もあるだろう。

何日もの間西の森を張り込む程執着した相手に求めることなのか…


「(渇望を湛えた目…あの時自分が望んだものは何だったか…)」

こちらを見つめる金色の瞳を、無言で見つめ返す。

燻った感情を向ける先…彼が本当に求めているのは護衛ではない。


「…欲しいのは、生贄…か…」

「「え…」」

不敵な笑みを浮かべながら呟いた言葉に、二人の声が重なる。

その反応を尻目に、目の前に置かれた指輪を手に取って躊躇いなく嵌めてみせた。

「は?」

「あ…!」

「………」

途端に指輪のサイズが丁度良い大きさに変形され、魔導石が真っ赤に染まる。


「これで契約完了か?」

指輪を嵌めた中指を見せながら、自身の左手をひらりと振った。

アルフの右手中指に嵌められた指輪の魔導石も真っ赤に染まっている。

「完了だが…まだ報酬を何も決めてないぞ⁈」

「勝手にしろ、無くても構わん。どうせ暇つぶしだ。」

「……何が基準だったんだ?俺を信用している訳でもないだろう?」

アルフが警戒の色を浮かべながら尋ねてくる。

欲しがったのは彼の方だというのに。


「私の信用など価値のないものを背負わすつもりはない。殺したくなった時は好きにすれば良い。できるかは知らんが。」

彼の望む存在でいる為には、とことん不遜であるべきだ。

さらに煽るような態度を見て、アルフが溜息を吐く。


「…早まったと思うか?」

「どうでしょう…」

軽く笑みを浮かべながらアルフがキリトに問い、キリトは戸惑いの表情を浮かべながら曖昧に返事を返す。


その様を眺めながら、軽く首を傾げて言う。

「まぁ、強いて言うなら私の望む場所を提供してくれたから…だな。」

「リゼの望みがこの契約のどこに反映されているんだ…?報酬すら無い状態だというのに…」

ますます意味が分からないと、呆れた声音でアルフが呟いた。


取り敢えず今日はここまでで良いだろうと、腰掛けていたソファからラズを抱えて立ち上がる。

「最初の仕事がその手紙のパーティとやらに護衛として同行だろう?明日にでも詳細を聞かせてくれ。」

「あっ、リゼ殿!今から帰られるんですか?もう日も暮れてしまいましたし、泊まっていかれても…」

声をかけてくるキリトに向かって軽く手を振る。

足元から淡い光が溢れると、そこにはつい先程まで会話を交わしていたはずの人物の姿はない。


「えぇっ⁈」

「…伝えてただろ?」

「いや、聞いてはいましたけど…こんな、簡単に転移魔法を使うんですか…」

既に慣れてしまったアルフと、呆気にとられた様子のキリトがその場に残されていた…


…足が土の感触を捉えると、目の前には自分の家がある。先程の立派な屋敷を見た後だと余計に小さく見えた。

「(まぁ、あの広さは要らないが…)」

家の中に入り椅子に腰掛けると、赤い魔導石が目に入った。そっと机から左手を下ろす。

次いで思い出すのは、アルフの持つ太陽のような金色の瞳と、記憶の中にある既に失った太陽のような金色の瞳。


勝手にアルフに面影を重ねたとしても彼は彼だ。

守る為にアルフに手を伸ばしても、守る為にアルフから手を伸ばされる事はきっとない。一方的でいられるならば…

「…これほど望む居場所はないだろう。」

自嘲する様な笑みを浮かべながら呟き、腰のベルトに触れる。


白金色に輝く二本のバングルが互いに音をたてて揺れた。

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