07

気を失いそうになりながら、掴んだ手に力を込める。

星が瞬く夜空のような瞳でこちらを見下ろす相手に何とか紡いだ言葉が届いたかどうかすら分からないが、結局これ以上意識を保つことが出来ない。

閉ざされていく視界で最後に捉えたのは、彼女の腰から提げられた白金色に輝く二本のバングルだった…


「………」

「起きたか。」

見慣れない天井を視界に捉え、次いで声がした方向に顔を向ける。

少し離れたところで机に頬杖をつきながら椅子に腰掛けた人物が、こちらを眺めていた。


取り敢えず、横になっていた寝具から体を起こす。

「飲め。」

いつの間に側に来ていたのか、水の入ったグラスを手渡される。

「…すまない。ありがとう。」

渡されたものを素直に受け取り、口にする。キンキンに冷えた水が喉を通る感覚が気持ちいい。

「食べろ。」

「………」

今度は、切り分けられた果実が幾つか積まれた皿を差し出される。

先程から言い方が強制的だ。きっと、もてなされている訳ではないのだろう。


突き出された皿を黙って見つめていると、再度声をかけられる。

「無理矢理にでも食べろ。そして、さっさと用件を言え。」

どうやら、気を失う直前の言葉はちゃんと聞こえていたようだ。

皿を受け取り、言われた通りに果実を齧る。爽やかな甘味が美味い。

「…正直、あのまま放置されるか、よくて森の外に放置されるかだと思っていたんだが。」

「どちらにしても『放置』か。よく分かってるな。」

なんとなく述べた感想に、彼女が愉快そうに口端を上げた。思っていたより表情がある。


貰った果実を全て食べ終え、礼を言いつつ皿を返すと、彼女はそれを片しながら言う。

「別にそれでもいいなら今からでも放り出すが、どうせそのまま終わりはしないんだろう?…何が欲しい?」

「…⁈」

問われたことに思わず目を瞠る。全て見透かされているような気がするのは、彼女の雰囲気のせいか。


落ち着かせるように深く息を吐き、ベッドから降りて側に歩み寄る。

身構える事なく振り向いた彼女は、先を促すように視線を寄越す。

星を湛えた夜空の瞳は、近くで見るとますます幻想的だった。


「先に助けてくれたこと、礼を言う。俺の名は、アルフ。家系的に魔導石の研究や生成を生業にしている。…君の名前は…聞いてもいいのか?」

「リゼ。」

彼女は名前だけを端的に答えた。見下ろす金色の瞳を見つめたまま、それ以上言葉を続ける事はない。

おそらくリゼが聞きたいのは先程の問いの答えのみ。何が欲しいのか、それだけ。

「…できれば俺の屋敷で詳しい話をしたいんだが、ついて来てくれないか?」

それを聞いたリゼは、無言で軽く首を傾げた。薄く紫色を纏う長い銀髪が柔らかく揺れる。


「今は、お前一人で森から出ることはできないが?」

「え…?何故…」

「忘れたのか?この森は魔力溜まりだ。この家の周り以外は真っ白だぞ。」

そう言いながら窓の方を指差してみせる。その方向に視線をやると、ある場所から向こう側が真っ白に染まっていた。

「…じゃあ、ここは一体?」

「無理矢理作っている。魔力にあてられずにいられるのはこの場所だけだ。私がいないとお前は帰れない。」

作るとはどういうことなのか不明だが、ここから帰る場合は彼女と一緒でなければならないようだ。


「それなら、森から出るついでに一緒に来て欲しい。」

結局、自分の屋敷に招きたいことに変わりはない。リゼも一度森の外に出なければならないのならば、そのまま同行してくれればありがたいのだが。

何も言わずに思案している彼女の様子をしばらく眺める。

「…まぁ、いいか。どうせもう、する事がないからな…」

どこか投げやりに呟かれた言葉を拾った。

「…ついて来てくれるのか?」

「あぁ。」

リゼがこくりと頷いたのを確認して、体から力を抜く。


今、追い出されることもなく会話ができているのだから、初めて会った時は本当に余裕がなかったのだろう。

そしておそらく、彼女自身がこちらに興味を持っている。

「( 取り敢えず、きっかけは掴んだ…)」

果たして、目の前にいる浮世離れした存在をこの後も繋ぎ止める為にはどんな条件が必要なのか…


「それなら、今すぐにでも出たい。向こうで待たせている奴がいるんだ。」

「忙しいな。別に構いはしないが。ラズ。」

こちらの要望に異を唱えることもなく軽く了承し、何かに声をかける。

リゼの側に駆けて来たのは、黒い毛並みの子犬。先程呼ばれた名前とその毛色から彼女の魔石獣であることに思い至るが、理解ができずに無言になる。


「………」

「なんだ?ラズも連れて行くだけだが?」

「いや…君の魔石獣はこんなに小さかったか…?」

以前、自分とリゼの間を隔てるように立ち塞がったのは、見上げるほど大きな狼型の魔石獣だったはず。

だが現在、彼女の足元にいるのはぬいぐるみのように愛らしい外見のころんとした子犬。

…記憶とのギャップが激しい。


「ラズ。」

軽く混乱している様を見て、リゼが声をかけた。途端、子犬の周辺が星屑のような魔力で包まれる。

溢れていた魔力が消え失せた時、腰の高さ程ある漆黒の狼が彼女の隣に寄り添っていた。

「………」

「こういうことだ。」

「…そうか。」

彼女に関することはもう、何も考えずに受け入れるしかないのかもしれない。

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