05
「…やっぱり行くんですね、アルフ様。」
「あぁ。しばらく白の遺跡に一番近い街に滞在する。留守は頼む。」
同じような台詞をつい最近もキリトに言われた気がするなと思いつつ、返事をした。
先日、神秘的な見た目の異常な魔導士と出会ってから一度自らの屋敷に戻り、キリトには事の顛末を話してある。
「本当に白森林の管理者なんですか?その夜空の瞳を持った女性というのは。」
「さぁな。ただ、あれが普通の魔導士でないことだけは確かだ。もう一度会って話をする。」
初めての邂逅は目まぐるしく変わる状況にのまれて、ほとんど理解が追いついていなかった。
おまけに彼女にも余裕はなかったようで、まともに話ができていない。余裕があれば話を聞いてくれるかといえば、そういうわけでもないかもしれないが。
「アルフ様がおっしゃった通りなら、今、白の遺跡は魔力で溢れているはずですよね?その魔導士の方が森の中にいるのであれば、探すのもなかなか大変そうですが…」
確かにキリトの言う通りだ。今、目的の地は高濃度の魔力で満たされた魔力溜まりとなっている。
再び安定するのはいつなのか見当も付かないが、何もしないという選択肢ははじめから持っていない。
「まぁ、あの魔力濃度に対抗できるようなものも手持ちに無いしな。当分、魔力溜まりの外から見張ろうと思うが…」
見張っていたところで見つけられるのか。いっそのこと、魔力溜まりの中に入ってしまえば彼女から出向いてきそうな気もする。
「……なんか、危ないことしようとしてませんか?」
「…どうしてそう思う?」
「見境ないからです。」
「………」
はっきりと告げられた。さすが、ずっと仕えてくれていただけはある。物言いたげな視線を受けながら、そっと目を逸らす。
それを見て、キリトは軽く溜息を吐いた。
「普段は冷静に判断できるのに、こういう時、全く機能しない…というかさせないじゃないですか。私はご命令通り留守を預かりますので、アルフ様も無事に帰ってきてください。…一人残されるのは、困ります。」
懇願するように言葉を紡ぎ、ライトグリーンの瞳でこちらを見つめる。
もし逆の立場だったなら、自分が望むこともきっと今のキリトと一緒なのだろう。
「…分かったから、そんな捨てられた犬みたいな顔するな。ちゃんと帰ってくる。」
「はい。約束ですよ。」
「あぁ。約束だ。」
…そう言って穏やかに微笑んだキリトに送り出されたが、白の遺跡に再び出向いてから何もない日が続いている。
森全体が真っ白に染まっている訳ではないが、大規模な魔力溜まりが生じたままだ。
約束した以上あまり危険な真似はできない。結局、魔力溜まりの外を散策しているだけだった。
今も魔力溜まりの外側に立っているが、片手を前に伸ばして首を傾げる。
「しっかりと境目があるのが不思議だ…どうなってるんだ?」
毎日通っているが、この境目以上に魔力が漏れてきたことはない。
実際、伸ばした片手の魔力溜まり中にある部分のみ違和感があり、境目を基準に魔力溜まり外のところは普段通りだ。
まるで、無理矢理堰き止められているかのような状態である。
通常魔力溜まりは、外側から中心に向かうほど魔力濃度が濃くなるはずだが…ここは本当に常識が通用しない。
「 ( 魔力の軌道を指定すればできないこともないか…?)」
片手を魔力溜まりに突っ込んだまま思案していると、違和感が消えた。
「ん?」
もしかしてと思い、一歩前に進む。
「………」
案の定、魔力溜まりが消失していた。こんなにも唐突に切り替わるのかと少しばかり驚きながら、さらに歩を進める。
ここまで魔力溜まりの発現と消失が激しいと確かに、討伐や探索は割に合わない。
「 ( まぁ、今の俺にとっては好機だが…会えるだろうか…) 」
この間はきっと、彼女自身の目的の為に自分の前に姿を現す必要があったからこそ生じた出会いだ。
例え森の中に入れたとしても、こちらから見つけ出せる可能性が低い。
「…さて、どうするか。」
そう小さく呟いた時、突然、足元から淡い光が溢れた。
なんとなく覚えがあるような、身体全体が何かに引き込まれる感覚が走る。
「まさか…!」
気づいた時には、既に周りの景色が切り替わっていた。目の前に広がるのは、木の根のようなものでぐるりと真上まで囲まれた空間。
日の光が差し込んでいる様子は全くないが、何故か明るい。
完全に意図していない状況に巻き込まれたことを瞬時に理解する。
「( 引っ張り込まれた…!) 」
知識として知ってはいるが、巻き込まれる日が来るとは思っていなかった。
「大体、条件が違うだろうが…!」
辺りを見回しながら、腰に提げた剣の柄に手をかける。視界には、無数の動く枝葉。
刺し貫こうと一気に迫るそれらを、剣を抜いて切り捨てる。
今のところ対処できないことはないが、そもそも異常だらけの白森林に限って、このまま終わるとも思えない。早く出口を探さなければ。
その場から移動する為に駆け出すが、途端に体全体が重くなる。
「 ( …!この空間…魔力が安定していない…!)」
やはり、一般的に知られている現象とは似て非なるものだった。高濃度の魔力にあてられて、酷く頭痛がする。
排除しようと幾度となく繰り返される枝葉の攻撃をなんとか斬り続けるが、足元がふらついた。気を失いそうだ。
木の根のようなものでつくられた壁に背が付き、頭が下がる。迫る枝葉が空を切る音が聞こえた。
意識を失うのが先か、刺し貫かれて走る痛みが先か…だが、感じたのは痛みではなく冷気だった。
手放しそうになる意識をなんとか保ちながら瞼をあげると、氷の刃で縫い止められた無数の枝が足下に力なく横たわっている。
「おい。」
霜を踏む音と聞き覚えのある声がした。思い出すのはあの神秘的な色彩。
何よりこんな場所で遭遇する人間など一人しかいない。
重たい頭を持ち上げて目の前に立つ人物を見上げる。そこには、再会を待ち望んでいた星が瞬く夜空の瞳。
「お前、馬鹿じゃないのか。」
「………」
…開口一番、罵られた。
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