04

「本当に入れるんだな…」

目の前に広がる木々を眺めながら呟く。

かつて森全体を真っ白に見せるくらいの魔力が溢れ出ていた場所とは思えないほど安定していた。

辺りを見回しながら気負いなく歩を進める。

「 ( まぁ、どういう状態にせよ強い魔物が闊歩しているんだろうが… )」

魔力溜まりから生まれる魔物はその魔力濃度に影響を受ける。基本、濃い魔力から生まれた魔物は強く珍しい個体が多い。

それに関連して手に入る素材も貴重となり、高値で取引されている。


だからこそ、この白の遺跡でも進入を試みた者がいたのだろう。

魔力が安定することがあると分かった当時は、多くの者が探索や討伐に向かったという。

だが、魔力濃度の異常さに違わず白の遺跡に出現する魔物の強さも通常とはかけ離れていた。加えて、突然魔力溜まりに戻るというオプション付きだ。

どれだけ腕に覚えがあっても魔力溜まり中の濃い魔力にあてられて動きが鈍れば、倒せるものも倒せず、逃げようにも逃げられない。

どれだけ貴重な素材の宝庫といってもわりにあわず、日に日に森に分け入る者はいなくなっていった。


「だが、静かすぎるな…」

木々の間を抜けながら、ふと森周辺の状況を思い返して口にする。

確実に魔力溜まりから魔物が絶えず生まれているはずなのに、その魔物が森から外に出てきていなかった。

普通なら周辺を彷徨いている個体がいるはずだというのに。

「 ( もしかして…誰かが狩っているのか…?本当に白森林の管理者が存在する可能性も… )」

…と考えた時、不意に嫌な気配を感じた。何かがいる。

これは、単純に襲いかかってくるようなタイプの魔物ではない。

どこか歪んだ、気持ち悪い感じ…後ろだ。


腰に提げた剣の柄に手を掛けて、背後に視線を向ける。

視界に捉えたのはドロドロとした不気味な物体。なんとなく人の輪郭が見えた時、腕のようなものが振り上げられた。

受けるべきか切り捨てるべきか逡巡しつつ、剣を抜こうとするが…

ドッっ!

鈍い音と共に白いものが視界に飛び込んできた。

「はっ…⁈」

突然の出来事に思わず声を溢すが、続けて捉えた色彩に軽く息を呑んだ。


光を反射して薄く紫色に輝く柔らかな銀髪が風に流れ、まるで星が瞬く夜空を切り取った様に幻想的な瞳をした女が目の前に佇んでいる。

間違いなく人間だろうが、断言してしまうことを躊躇う程、彼女は浮世離れした雰囲気を纏っていた。

視線を外せずにいると、前方を見続けていた彼女の瞳がこちらを向く。

「…っ ⁈」

夜空の瞳と金色の瞳がかち合うと同時に、彼女の冷め切った表情が僅かに強張った。

「 ( …なんだ?)」

その微妙な変化に疑問を抱いたのも束の間、彼女はすぐに視線を戻す。


見つめる先には先程蹴り付けた魔物がいたはずだが、そこにはよく知った姿が見える。

「…俺?」

「まだ、違う。これからお前になるんだ。お前を喰ってな。」

呟いた言葉に、意外にも返事があった。彼女の答えにあれが陰という魔物であることに思い至る。

さすが白の遺跡というべきか、一番最初に出会ったものがかなり珍しい魔物だった。

そして、そこに飛び込んで来た人物は一体何なのか。


すると、こちらに顔を向けた彼女に苛立ちを隠すこともなく睨みつけられる。

「…ったく、剣なんか携えて来るな。余計な攻撃が増えるだろうが。」

なかなか理不尽な事を言われた。

危険だと知られている場所に身を守る術を持たずに来る者などいないだろうに。

神秘的ともいえる外見に似つかわしくないぶっきらぼうな口調がちぐはぐで、得体の知れなさが一層増す。

「いや…無茶言うな…こんな所に丸腰で来る馬鹿がいる訳が……」

取り敢えず反論を述べてみるが、聞こえてきた物騒な音に遮られた。


次に捉えたのは、陰が顔面を鷲掴まれて木に叩き込まれているという、目を疑う様な光景だった。

「 ( いつの間に…⁈ ) 」

驚きと共に、自分と同じ姿をしたものが一方的に押さえ込まれている状況に微妙に複雑な気分になる。

すると、陰が抵抗するべく黒い影を足元から展開した。

「おいっ⁈」

反射的に声をかけるが彼女は一瞥すらくれない。

援護すべきかと駆け出すと目の前で閃光が走り、爆音がこだまする。


一瞬見えたのは間違いなく魔法陣だった。

「( まさかっ、魔法⁈そんな事あり得るのか…⁈ )」

通常、魔法は魔力によって精霊を指揮する事で発動するものだ。

魔力自体は全ての人間が持つが、その中でも精霊を指揮できる魔力と肉体を持つものを魔導士と呼ぶ。

そして、精霊に親和的な魔導士の肉体は身体能力がそれ以外の者に比べて劣る。

だとしたら、彼女の物理的戦闘力と魔法の両立は絶対に成し得ないことだった。

…まさに、人の理から外れている。


こちらに歩み寄ってくる姿を見つめながら、背筋に冷たい汗が流れた。

やっと、見つけたかもしれない。


「えっと…」

「出て行け。」

こちらの心情を知ってか知らずか、一方的に言葉を叩きつけられ肩を掴まれる。

先程から一切まともに喋られせてはくれず、状況に流されるままだ。

取り残されそうになる思考をなんとか巡らすが、今度は足元に淡い光が溢れ出す。


そして、気付いたら森の外だった。…もう、訳が分からない。

「まさか、今の…⁈ 君は転移魔法が使えるのか⁈ 」

「………」

導き出した結論で彼女に問うが、何も言わずに踵を返される。

伸ばした手は躱され、その後もどこか急いだ様子で取り付く島もない。

「待っ…!少しだけで良い!話を…!」

何とか引き止めたいが、一陣の風に遮られる。

目の前に漆黒の毛並みを持つ見上げる程大きな狼が、彼女と隔てる様に佇んでいた。

この狼はきっと彼女の魔石獣だろうが、その大きさから彼女の魔力量が尋常でない事を窺い知る。

「( 本当に…何なんだ…)」

脳裏に過るのは「白森林の管理者」の噂…目の前の人物ほどこの肩書きが似合う者はいない気がする。


「いい、構うな。時間がない。迎えに来てくれてありがとう、ラズ。」

漆黒の狼にかけられた彼女の柔らかい声音が耳に届くと、重なる様に森の奥から爆発音が鳴った。

こうなる事を知っていたのか、彼女は音がした方を一瞥して動き始める。

去り際に夜空の瞳がこちらを見下ろしている事に気付くが、その視線はすぐに外された。


魔石獣と共に宙を駆けて行く後ろ姿を眺め、何となく一歩前に踏み出し…その場に膝をつく。

「…⁈これは…魔力溜まり…?」

全身に悪寒が走る。ふらつく足で何とか立ち上がり一歩下がると、途端に不調から解放された。

どうやら自分の目の前で魔力溜まりとの境目が生じているらしい。

普通、魔力溜まりの範囲はこんなにはっきりと分かれるものではないはずなのだが。

…そして気付く。

「 ( …彼女が急いでいたのはこれのせいか?) 」

何かを追ってこの場を後にした白いローブを纏う人物を思い起こす。


去っていった方向を一瞥し、踵を返す。

この魔力溜まりがある以上、動きようがない。取り敢えず今日は屋敷に帰って次に備えるべきだ。

「絶対に捕まえる…」

折角見つけたのだから、諦めるつもりは無かった。

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