01

カランカラン…と涼やかな音を鳴らしながら、目的の店の扉を開ける。

「いらっしゃいま…あっ!リゼさん!」

気づいた店員が嬉しそうに声をあげる。

溌剌とした笑顔で駆け寄ってきた少女に持っていた袋を差し出した。

「白銀狼の花だ。取り敢えずこれだけ取って来たが、不足するなら言ってくれ。」

「………」

だが、店員の少女は薄茶色の瞳で袋を凝視したまま動かない。

「…サーシャ?」

微動だにしないので店員の少女の名前を呼ぶと、はっとして顔をあげた。

「あっ…ごめんなさいっ!その…あまりにも量が…」

「少ない?」

「違う!多い!リゼさん、白銀狼の群れにでも突っ込んだの⁈」

驚きの声をあげるサーシャを淡々と眺める。

白銀狼の花とは、白銀狼という魔物の魔力が植物として芽吹いたものである。

白銀狼を倒せば霧散した魔力が花となるのでそれを摘んできたわけだが、どうやら取りすぎたようだ。

「近所に群れがあったからな。」

「遺跡で討伐したわけじゃないの⁈白銀狼がご近所さんとか、おっかな過ぎるよ…」

自分の肩を抱きながら震えるサーシャに構わず続けて言う。


「多すぎるなら必要な分だけ買い取ってもらえれば良い。余ったものは持って帰る。」

正直、生活に困っているわけではないのだ。サーシャが欲しいと言ったから取ってきただけにすぎない。

寧ろあげても良いが、それは彼女が許さないことを知っているので口にはしない。

「まさかっ!リゼさんが持ってきた素材を買い取らない選択肢は、私には無いっ!見積もるからちょっと待ってて!」

そう言うと、受け取った袋をもって店の奥に駆けて行った。


なぜ買い取らない選択肢がないのか疑問だが、多いと言いつつ全て買い取れると言うのだから彼女は優秀だと、店に並んでいる装備品を眺めながら思う。

これからまだまだ成長するのだろうと思考に耽っていると、店の奥からサーシャが顔を覗かせた。

「そうだ、リゼさん!次に来た時渡そうと思ってたものがあるの。今日貰ってくれる?」

何かは分からないが、取り敢えず首を縦にふった。

「良かった!じゃあ、そのローブは脱いでおいてね。」

にっこりと笑って言うと、彼女はまた店の奥へと引っ込んでいく。


それを横目で見送ってから指示に従うことにした。

留め具に手をかけ黒一色のローブを脱ぐ。

フードで隠れていた髪が肩に落ち、店内に設置された鏡に自分の姿が映った。

光を浴びて薄く紫色に反射する長い銀髪と、星が瞬く夜空の様な瞳をもった女をそこに見る。

「 ( …この色彩に違和感を覚えなくなってどれほど経つのか 。) 」

無言でそっと鏡から目を逸らし、からりと晴れた青空を窓越しに眺めながら店のカウンターへ足を向ける。

金銭のやり取りがあるならそこだろう。

勝手に椅子を引いて、腰掛けながら待つ。


しばらくすると、貨幣を積んだトレイと一枚の大きな布を手にサーシャが戻ってきた。

「これ、白銀狼の花の買取分。で、こっちが渡したかったもの!」

彼女は腕に掛けていた白い布を目の前に突き出す。

「…ローブ?」

「そう!全部、老白樹の糸で出来てるよ!」

「老白樹…って、もしかして…」

以前、異様な魔力の乱れを感じてその場に向かうと二体の老白樹が相対していた。

老白樹とは、謂わば動く巨木だ。

木ではあるがれっきとした魔物で、地面に根付かず地表を動き回る。

だが、そうなるまでにかなりの魔力が必要な為、老白樹に出会うことはほとんどない。

そんな魔物が睨み合っているというのは、なかなか見られる光景ではないだろう。

老白樹は悪食の大食らいだ。

常に魔力を求めており、魔物だろうが人間だろうが魔石だろうが魔力を持つものなら何でも食べる。

おそらく、お互いに溜め込んだ魔力にひかれてここでかち合ったんだろうと結論づけた。

喰い合いが起これば周囲に影響が出る。

それはあまり望ましくない…だから、乱入した。


「あれか。あの時の大量の糸が綺麗になったな。」

差し出されたローブを受け取り、感心して眺める。

「老白樹の糸をお目にかかれる日がくるとは思ってなかったから、話を聞いた時は驚いたよ。おまけに持って来てもらった糸は大量で上質。一体どれだけの魔力を蓄えてたのか… 想像するだけで恐ろしい…!」

確かに、見上げても足りない程の大きさで濃密な魔力をその身に滾らせたそもそも珍しい老白樹が二体分だ。

その喰い合いに横槍を入れるのだ。常人なら戦慄ものだろう。


「だが、相手取った甲斐はあるな。このローブ、そこらの装備の比じゃない…これをくれるのか?」

「勿論!老白樹の糸は買い取りしなかったでしょ?」

そうだ。普段絶対に素材をただで受け取ることはしないサーシャが、唯一買い取らなかったものがこれだった。

形にして返すつもりだったのか。

「…技術料がある。それは払うよ。」

「えっ⁈そんな!寧ろ貴重な経験させてもらったのに⁈」

「払う。『対価は得るべき』だろう?」

「そうだけど…じゃあ、余った老白樹の糸を貰っても良いかな…?」

一緒に返すつもりだったのか、近くに積んだ老白樹の糸束を見ながら遠慮がちに尋ねる。

「良いけどそれで足りるのか?」

「リゼさんはこともなげに言うけど、これ本当に貴重なんだからね。装備の一部に老白樹の糸を使えばそれだけで全ての耐性が上がるんだから。最上級素材だよ。文句ない程上質だし。」

真剣な目でそう語ってくれるが、素材の価値には詳しくない。

珍しい魔物の素材は高い、というくらいの認識だ。


「それで見合うならどうぞ。」

「わぁっ!ありがとう、リゼさん!」

「礼を言うのはこっちだ。ありがとう、サーシャ。今からはこれを使えということか?」

嬉しそうに糸束を抱くサーシャを見ながら聞く。

「そう!これなら老白樹の群れにも安心して突っ込んで行けるよ!」

あの巨木が群れをなすとはどんな状況を想定しているのか。

おまけに、突っ込むこと前提だ。


若干引きつつ、受け取った白いローブを広げる。

「…?これ、魔力が流せるのか?」

「流石!やっぱ、分かるんだね。どの刺繍部分に魔力を流すかで、形を三種類変えられるようにしたんだ。刺繍部分全部に魔力を流せば今の状態になるよ。」

そう言われて、ローブを見ると白い布地に白い刺繍が施されていた。

試しに魔力を流してみると、刺繍が水色と金色に色付く…と同時に、急激に縮こまった。

思わず手を離すと、今度は一気に広がって空中に放り出される。

それを受け止めて見ると先程と形が違う。

「……すごいな。」

「老白樹の糸だけで作ってるから出来るんだけどね。因みに、布全体に魔力を流せば一時的に大きくなるよ。」

「………」

無言で彼女とローブを見比べる。

素材の特性があるとはいえ、それをここまで活かしきることが出来るのは技術とセンスがあってこそだろう。

この対価は果たして、先程の余った糸だけで足りるのか。

少し心配になりながらも扱い方を一通り教えてもらい店を出た。


贈られたばかりのローブに身を包み、人気のない路地に入る。

サーシャが欲しがる素材は出来る限り提供してあげようと気持ちを新たにしつつ、淡い光が足元に溢れる。

…そこにはもう、白いローブを纏う者はいなかった。

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