第16話 環境変化の迷宮
ヨナが自分の本当のことを僕に話してくれた次の日のこと、残りの三人である蓮、康太、薫にも自身が二重人格であることを話した。
その話に驚いた様子であったが思ったより反応が薄く、というのも同じ着物を着ているのに二人セットで見たことがないから薄々感じ取っていたらしい。
しかし、特殊な事情があるだろうということで一切触れることがなかったそうだ。
つまり一切気づかなかったのは僕ぐらいで皆からは「鈍感野郎」「ヨナが可哀そう」と責められたぐらいだ。
完全にアウェーだったなあの場面は。
そして現在、僕達は引き続き迷宮攻略を続けているのだが――――
「こっちから気配はしないよ。このまま進んで大丈夫」
「そっか。ありがとう、アイ」
「ところで、ヨナお姉ちゃんは大丈夫なの?」
「だ、大丈夫ですよ~......」
“ヨナ”の声は完全に震えていた。
ヨナが本当のことを話してから大人しい方のオリジナル人格が「ヨナ」、戦闘できるツンデレの方が「セナ」と名前が入れ替わったのだが、現在そのヨナが両手で剣を震えさせながらともに行動しているのだ。
というのも、本人的には僕の言葉を受けてからなぜか余計に「このままじゃいけない」と思ったらしく、今は魔物の恐怖に打ち勝つリハビリ中なのだそうだ。
完全にショック療法なんだけどね。
とはいえ.......
「よ、ヨナ? そんな無理しない方が......」
「い、いぇ、大丈夫です!
いざって時にこの状態になって戦えないでは皆に迷惑かけてしまいますし、何より自分自身がそれに甘えてしまいそうで嫌なんです」
ヨナは強い口調でそう告げた。
それに対し、ウェンリがフォローするように発言する。
「まぁ、本人がやる気であるならそれでいいだろう。
私達は静かに見守って、本当に危険な場合や困って動けない時は助けてやればいい」
確かに、ここであれこれ言うのは野暮ってものか。
それに今のヨナは僕が修行している時ときっと同じ心境だ。
なら、本人の好きなようにさせるのが一番か。
そして、僕達はそのまま迷宮攻略を進めていく。
階層は下へ下へと進んでいき、三十階層のボスを抜けた辺りで洞窟内が一変した。
「洞窟の中に森がある......」
「ラノベに出てくる迷宮が具現化したみたいだね」
僕の言葉に康太が続けてくる。正しくその通りだ。
洞窟内なのに日差しの下にいるような明るさを感じるし、すぐ後ろを見てみればボスがいた部屋は何もない洞窟の一角という感じでなんとも不思議な感覚に襲われる。
ともあれ、迷宮の急な変化に警戒しながら進んでいくと正面から人間サイズのキラービーと手をチェーンソーのように回転させたロールマンティスが徒党を組んで現れた。
「ヨナ、無理しなくていいからね?」
「はい! 無理せずに危なかったら全力で助けを呼びます!」
そして、康太が<挑発>のスキルで魔物のヘイトを買うと俺とヨナは隙をさらした魔物を倒していく。
康太の<挑発>範囲から外れた魔物や後から来た魔物は中衛のアイと蓮、後衛の薫とウェンリが仕留めていく。
その間、時折ヨナの様子を見ていたがヨナは戦闘が出来る方のセナと似たような動きで意外にも戦えていた。
いや、それは当然かもしれない。
なぜなら、あくまで体は一つなのだから。
体が動きを覚えていてもおかしな話ではない。
とはいえ、周囲への視野が僅かに足りないのは人格の影響が出てるかもしれない。
「ヨナ、しゃがんで!」
「......はいっ!」
ヨナがしゃがむとすぐさま右手を向ける。
そこにいるは背後から針で襲おうとしてたキラービーの姿があった。
僕は手のひらに作り出した<氷針>の魔法陣で氷のつぶてを発射していく。
本来なら一つの魔法陣で複数のつぶてを作り出すのがこの魔法なのだが、魔法陣であるために一つが限界である。
しかし、低級魔法の<氷針>とて錬魔で強化したおかげで合計ダメージは同じぐらいには威力が出せる。
そして、それによってキラービーを両断することに成功した。
「あらかたは片付いたかな」
「ヨナさん、意外と戦えてたね」
薫が僕に同調するように発言する中、ウェンリは僕の方を見て告げる。
「さすがにセナと体を同じにしてるからね。
とはいえ、リツは戦闘中にチラチラと見過ぎだぞ」
ウェンリに呆れたため息を吐かれて咎められてしまった。
だって、心配だったんだもの。
階層を増やしていくごとに敵が強くなっていくしさ。
「リツさん、そんなに見てたんですか?」
「あ、それは......はい。
でも、決して信用していなかったとかではなくて!
ちゃんと戦えてるか―――」
「やめておけ、言い訳は見苦しいぞ」
「素直に心配してって言えばいいんだよ?」
ぐっ、平然と見透かされている。
アイも「言えばいいんだよ!」と元気に言ってくる。
やめて、追い打ちかけないで。
言葉にするのが妙に恥ずかしかったの!
というか、そのニヤニヤ顔やめろ!
「リツさん、その気持ちは嬉しいんですが......見るなら後でたくさん見せますから......」
「待って。その言葉は変な方向にこじれる可能性があるから」
「なるほど。リツは見惚れてたってことね」
「ま、男だしな」
ウェンリと蓮の二人め~!
この状況を面白そうに弄ってくるんじゃないよ!
二人だって妙に二人きりが多いこと知ってるからな!
とはいえ、これ以上話を続けていると迷宮攻略に支障が出そうなので黙って言葉を飲み込んだ。
後でたっぷり追及してやるからな!
そして、森を歩いていくとやがて正面に入り口が見えてきた。
そこを抜けると開けた空間が広がっている......が、なんか見覚えあるんだけど?
「ここってさっきボス倒した場所だよ」
「だよな......」
アイの言葉に頷いていく。
皆も同じ気持ちのようだ。
ということはつまり―――
「同じ場所に戻されてる?」
「もしくは自分の足で戻って来たかだね」
康太が同意したように告げてくる。
確かに樹海などは同じような景色がいくつも広がるせいで一度入ったら戻ってこれないとか聞くけど、それでも僕達には薫がいるんだぞ?
「薫、道は合ってるんだよな?」
「うん。植物から聞いたけど道の行く先は嘘ついてないって。
自分達が勝手にここに戻って来たって」
蓮の質問に薫はそう返答していく。
ということは、この森に道を惑わす何かがいるということか。
先に進むためにはその惑わす何かを攻略しないといけないと。
「とりあえず、もう一回森の中に入ってみよう。今度は全員で注意深く周りを見ながら」
僕の言葉に全員が頷くともう一度森の中に入っていく。
入って少しの所は何かある様子もない。
霧で曇ってるわけでもなければ、木々の隙間から遠くを見渡せる。
するとしばらくして、先ほどと同じようにキラービーとロールマンティスが襲ってきた。
魔物の手応えに変わりはない。
というか、この二種類以外で他に魔物はいないのか?
僕は戦いながら周囲に目を配った。
本来戦闘中によそ見することは厳禁だろうが、先ほど戦った後はただ道を進んだだけでその結果戻ってきた。
つまりはこの戦闘中に異変が起こったと考えるべきだ。
僕は頭に右手触れさせ<状態異常解除>の魔法陣を転写した。
これでもし何らかの状態異常をかけられた場合、魔法陣が感知した瞬間にその魔法をレジストしてくれる。
「っ!」
その時、その魔法陣が壊れた。
つまりは相手の状態異常攻撃を受けたということ。
しかし、状態異常は毒針を使うキラービーぐらいで、その魔物からは攻撃は受けていない。
ということは、他に魔物が隠れて攻撃しているということ。
僕は<音響>の魔法陣と<魔力感知>の魔法陣を同時に発動させた。
<魔力感知>だけだと周囲にいる魔物が動き回ればそれだけでわかりづらくなってしまう。
しかし、ソナーのように音を魔力に乗せて響かせることで、それに乗った魔力に接触して遠くで様子を伺っている相手が犯人だ!
「そこだ!」
<火球>の魔法陣を左手に浮かび上がらせ、左後ろ方向に放っていく。
すると、空中で火球が爆発したかと思えば、姿を消していた大型の蝶が地上に落ちていった。
でも、一匹じゃない。このままじゃ逃げられる!
「康太! 魔力全開でこのエリア全域に<挑発>して!」
「わかった!」
「それから、薫は木を操って三十メートル内を塞いで!
そしたら、蓮は小蜘蛛を使ってその囲いに糸を張り巡らせて!」
「わかったよ」
「了解、リーダー」
僕の指示に康太はもう一度<挑発>を仕掛けた。
それによって、僕に位置バレした蝶は強制的に康太へヘイトを向けていく。
それによって、動きが止まった間に薫が木の枝を隣の木の枝と絡めて自然の柵を作り上げ、蓮が召喚した蜘蛛によって糸が張られていく。
これをした意味は康太の<挑発>は自身との距離が近い魔物ほど効き目が大きいからだ。
しかし、周囲に姿を消している蝶の距離は三十メートル前後と離れている。
故の二人の魔法によって逃げ道を塞いだのだ。
このままキラービーとマンティスを倒していくと残りは逃げようとして粘着性の糸に捕まって動けなくなった蝶を倒すだけ。
僕が状況説明しながら動けなくなった蝶を見に行くと蓮が告げた。
「なるほど。コイツが俺達に状態異常をかけていたと」
「戦闘中で、敵が姿を見えなく出来るってことでさっきは気づかなかったんだろうね。
とはいえ、なんの状態異常かはわからなかったけど。」
大方、方向を狂わせる関連の魔法だと思われる。
にしても、確実な敵感知のやり方を考えといてよかった~。
でなければ、多少沼ってたかもしれない。
「リツさんがいないとここでしばらく時間を食っていたかもしれませんね」
「さすがお兄ちゃん! やるぅー!」
「どういたしまして」
ヨナとアイが褒めてくれる。
うん、やっぱり頼りにされるって気持ちいいな!
そして、薫の案内でこの森を抜けていくと次は一本道に出た。
そこは普通の洞窟であるみたいで、魔物の姿はない。
しかし、違いがあるとすれば―――
「なんか暑いわね」
「そうですね。急に熱源に近くなったような。そんな感じですね」
ウェンリとヨナが言うようにその場にいるだけで汗をかいてきた。
加えて、進むたびにその暑さは増していき、次の入り口を見つけた時には皆暑さでノックダウン気味。
なんとか僕の<冷却>の魔法陣で凌いでいるが、それでもすぐに限界を迎えるだろう。
なんせ、その状態で皆脱げる防具や衣服は脱いでるし。
そして、入り口が上に開いていくとそこに見えてきたのは赤々としたマグマの海が広がる異様な光景だった。
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