第15話 二人のヨナ
僕はすぐには状況を飲み込めなかった。
ヨナと思っていた人物がセナになり、ということはセナと思っていた人物も実はヨナなのか?
だとすれば、納得することもある。
これまででヨナとセナがセットで話している所なんて一度も見たことなかった。
それにヨナがゾルさんとケンカした時も、この内容が原因なんかじゃないのか?
つまりは、セナとヨナは同一人物で、どっちかの人物は多重人格によるものということ。
そうこうしてるうちに周囲に関節と額に棘を生やしたグランスパイクというグランウルフの亜種が五匹で取り囲んでくる。
しかし、グランスパイク程度なら僕達の相手じゃない。
いや、待てよ? これまでの戦闘で見てきたのは全てヨナばかり。セナは戦えるのか?
その予想は正しかった。
「怖い......やめて! 来ないで!」
セナはあとずさりしながら背後の木に背中をつける。
その顔は尋常じゃない怯え方をしていた。
それこそ魔物への恐怖で別のもっと怖い何かを思い出しているように。
セナにとって今のこの状況は息が詰まりそうで、一刻も逃げ出したはずだ。
しかし、体が震えてしまってまともに動くことは出来ないし、魔物がそんなのを許すはずがない。
―――『後は任せるわ』
その時、ヨナから託された言葉を思い出した。
ヨナとセナが同じ人物なら、セナがこんな状況になることをヨナが良しとするはずはない。
しかし、それでもなお変わったということは、それだけの“何か”が二人の間にはあって、そのリスクを僕が跳ね除けてくれることを信じているってことだ。
なら、僕のやるべきことは一つ。
このためにずっと強くなり続けてきたんだ。
ここで守れなきゃ次も守れない!
「セナ、安心して。必ず僕が守るから」
僕は持ってきていた木剣を右手に持ち、刀身部分に左手で触れていく。
セットするは<衝撃>の魔法陣。
発動条件は木剣に対象が触れた時。加えて、回数を5回。
痺れを切らした一匹のグランスパイクが襲ってきた。
恐らく、怯えてるセナと木剣の僕に対し、数的有利を見出したのだろう。
しかし、それはどうかな!
「キャウン!」
グランスパイクが鋭い爪で引っ掻いてくる。
それを冷静に木剣で受け止めると同時に魔法陣が発動して、グランスパイクの体が浮いていく。
そこにすかさず錬魔で強化した左拳によるアッパーカットで頭を吹き飛ばした。
するとすかさず、次に2体が一斉に襲い掛かってくる。
加えて、残りの2匹はセナへと向かっていった。
どうやら先ほどの僕の動きで“さっさと数で仕留めた方がいい”とか思ったのだろう。
セナの様子をチラッと見る。
恐怖に体が支配され、戦意喪失といった感じだ。
本当にヨナとは正反対の反応をしている。
「ヨナ、耳を塞いで!」
「......! は、はい!」
僕は咄嗟に柄に<音響>の魔法陣を仕掛けるとその木剣を背後のヨナの足元に向かって投げた。
その剣は地面に突き刺さると柄からバンッと短く大きな音を発生させる。
「キャウイン!」「キャウンン!」
それによって、聴力のいいグランスパイクの動きが止まる。
「リツさん、前!」
セナの注意の呼び声が届いた。
すぐさま振り返ると二匹のグランスパイクが勢いよく飛びかかってきている。
進行方向は丁度首元。
喉に噛みついて殺そうという算段だろう。
しかし、当然そんなことはさせない。
僕は地面に平行になるぐらい大きく体を逸らしていく。
そして、両手でそれぞれのグランスパイクの腹部をタッチすると<火球>の魔法陣のゼロ距離即時発動をした。
火球の衝撃で二匹とも吹き飛んでいき、さらにはゼロ距離からの攻撃だったために腹部辺りが黒く焦げて絶命したようだ。
あれで耐えられたら困ったから助かった。
「セナ! その剣を手に取って防御するんだ!」
すぐさま振り返るとそう声をかける。
セナは一瞬固まった様子だが、すぐに木剣を手に取ると横に向けた。
そこにスタンから回復した一匹のグランスパイクがセナを襲おうと攻撃するが、木剣に接触した瞬間<衝撃>の魔法陣が発動し吹き飛んでいく。
そして、セナの死角から気配を消して飛びかかったもう一匹には僕が首に蹴りを入れて、首の骨を折って倒した。
すると、仲間が全滅したのがわかると吹き飛ばされた最後の一匹となったグランウルフが恐れをなしたのか尻尾巻いて逃げていく。
「ふぅー、終わり」
「あ、ありがとうございます」
戦いが終わり一息入れると木剣を抱きかかえたセナからお礼の言葉が贈られた。
その声は僅かに震えていたが、表情はどこか嬉しそうか感じであった。
どうやらこんな状況になってしまったことに変な気負いはしてないようで良かった。
とはいえ、いつまでもこんな所に居たら倒した魔物の血で他の魔物を呼びかねないな。
僕はセナに近づくとそっと手を差し出して告げた。
「それじゃあ、お気に入りの場所教えてよ」
「......はい!」
セナは僕の手を取ると立ち上がり、横並びになって歩いていく。
それから少しして見えてきたのは小さめの湖にやって来た。
そして、そこがどうしてお気に入りなのかすぐに分かった気がする。
「風が無くて月が奇麗に出てるので、きっとここも奇麗に映っていると思ったんです」
湖に映るのは鏡写しにした月。
まるで二つの月がお出迎えしてくれたようなその場所には青く発光するクローバーの花が湖に沿って咲き溢れている。
確か、蒼月花っていう名前だっけ。薫から教えて貰ったけど。
「奇麗だね。確かにお気に入りになる気持ちがわかる気がする」
「はい。私の自慢の場所です」
セナは湖のほとりに近づくとそのまま座った。
そして、僕にも座るように手招きしてくる。
その手に誘われるように僕はセナの横に座った。
すると、セナはぼんやりと水に浮かぶ月を見て話し始める。
「ここにお誘いしたのは大切な話があったからです。
といっても、話そうとしたことはすでにバレてしまっていますが」
自嘲気味にそう言うセナ。
やはり大切な話というのはそのことだったらしい。
それからセナは自分のことを語り始めた。
「そして、私の本当の名前は“ヨナ”なんです。
セナという名前はリツさん達が来てから咄嗟に付けた名前で、ヨナと呼ばれてる気が強い女の子の方が先に出会ってしまったために今は彼女がヨナとなっています」
「それじゃあ、今のセナが本当の“ヨナ”ってこと?」
「はい、そうなります。ごめんなさい、ややこしくて。
でも、私は別にどっちでもよくて、もう一人の私は私が望んだヨナという人格なのでもうそっちが本当の人格でいいんじゃないかなと思うんですが、もう一人の私は頑なにそれを認めないんです。
それで時間経過で人格統合がされる前に私に意識を切り替えるようなことをするんです」
「ということは、あの時のヨナ......もう一人の“ヨナ”の行動は今の“セナ”の人格を消さないように、と」
「そうなりますね。私の憧れだから変わってもいいのに......」
そう言う彼女の目は本気だった。
しかし、どこか寂しそうな顔をしてもいた。
それは当然か。
だって意識が無くなるってことは今見ている世界が最後ってことになるんだから。
「リツさん、少し自分語りをしていいですか?」
すると、突然そんなことを聞いてきた。
それに対し、僕は快く承諾する。
「僕なんかで良ければ」
「ありがとうございます。では―――」
そして、セナ......本当の「ヨナ」は自分の生い立ちから今までを話し始めた。
ヨナが生まれた場所は鬼ヶ島という島の鬼人国で、彼女はそこの姫であったらしい。
彼女は姫にしては内気な性格だったが、人々を気遣えることが出来るためにおっとりとした雰囲気とは対照的に、薬学になると口早になるヲタク口調のギャップから国では人気の姫であったみたいだ。
しかし、悲劇は突然現れる。
それはいつものように訪れるはずの日常は家臣の一人であった男によってあっという間に潰されていった。
その男はもともと腕がたつ方であったが、一番というわけではなく平々凡々とした感じであった。
だが、国をたった一人で壊滅に追い込んだ時のその男の力は天災に近いものだったらしく、ひとしきり暴れると国の秘宝を奪って消えてしまったらしい。
ヨナはその時に多くの家臣、そして両親の犠牲と引き換えに生き残った。
しかし、それは同時に自分が何もできない無力だからという自己嫌悪を生んでしまったらしい。
僅かに生き残った家臣によって島を脱出したヨナはその男に会わないよう雲隠れするために大陸を彷徨った。
家臣が一人また一人と倒れていく中、彼女が自分の弱さを拒絶し、理想の自分を一心に思い浮かべた結果―――もう一人のヨナである気が強い戦闘向きの人格が生まれた。
そして、やがて一人になって彷徨っているところをゾルさんに保護されたということらしい。
「だから、私は弱くちゃいけないんです。
そういう意味ではリツさんに同情していたのかもしれませんね......同じ弱い者同士として」
「......」
「でも、リツさんは違いました。リツさんは凄い人です。
自分が弱いと自覚しながらそれでも強くあろうと努力し続ける姿勢。
私にはとても輝いて見えました。あんな風になれたらと今でも思っています」
ヨナが自分よりも辛い目にあっていることを聞いて、“その時に僕がいたら力になったのに”と思ってしまった。
でも、それはきっと皆に認められた今の僕だから思う身勝手な気持ち。
だから、僕は今の彼女の助けになりたいと思う。
「無理して変わることないんじゃないかな」
「え?」
「だってさ、皆に優しく、ケガした人には治療しているのがヨナだし、また同時に僕達と一緒にカッコよく戦ってくれているのもヨナだから。
どっちも同じヨナでそれぞれが村のために貢献してくれているからこそ、村の皆はどちらの自分とも同じように接してくれたんじゃないの?」
ヨナの瞳に光が宿った気がした。
そして、そのまま言葉を続けていく。
「まぁ、結構身勝手なことを言ってる自覚はある。
今後どこかで今回みたいに戦闘中に突然人格が入れ替わることがあるかもしれない。
だから、約束するよ。その時は僕が助けになるって。
今もきっと自分が戦闘もできない弱い存在と思っているかもしれないけど、僕はそんなありのままのヨナを受け止めてあげたいと思ってる。
僕が同じ立場だったら、ヨナは絶対そうするでしょ?」
「......っ!」
ヨナの瞳からスーッと涙が零れ落ちていく。
驚いた表情をそのままに。
「大丈夫だよ。周りの皆はきっともっと前からヨナをどちらも大切なヨナとして受け止めてるし、僕以外の三人もそのまま受け止めてくれる。
僕がずっと君の助けになるよ」
「ありがとう......ございます......」
ヨナは両手で顔を覆って泣き始めた。
どうやら僕の拙い言葉でも誰かの助けになってあげられるらしい。
ふと二つの月をぼんやりと眺めた。
彼女の泣く声が止むその時まで。
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