第13話 僕の戦闘法

 バロンの森のどこぞの迷宮の第十階層。

 そこはボス部屋のような大広間で、四本の腕にバトルアックスを持ったミノタウロスが突っ立っていた。


 動く様子はない。

 入り口付近はまだ戦闘間合いではないということなのだろうか。

 そんなことを思っているとそのミノタウロスについて皆から声が上がった。


「大きさはおおよそ三メートルぐらいか」


「でも、立ってるだけ威圧が伝わってくる。

 レッドアームの方が可愛いぐらいには」


「あんた、本当に一人でやるわけ?」


 蓮、康太の言葉が続き、ヨナに至っては少し心配した様子で聞いてきた。

 まぁ、僕の役職的にそう思われても仕方ないかもね。でも―――


「大丈夫。それにこの戦闘で見せたいものがあるから、今後はそれを踏まえて皆で戦術を考えたいんだ」


「律君がそこまで言うならわかった」


「くれぐれも死なないようにね」


「お兄ちゃん頑張れー!」


 どうやら皆、納得してくれたようだ。

 一応、僕の実力もそれなりに信用はあるのかな?

 ともかく、ここは僕が役に立てるってことを証明しなくちゃ。


 僕は一回ゆっくり深呼吸すると気持ちを整えた。

 そして、ミノタウロスにゆっくり近づいていく。

 牛のような頭でありながら、無駄のない人型の上半身を持つその魔物。

 ましてや、腕が四本という明らかに異常な個体。


 レッドアームのような通常種が錬魔を使えるようになって変化した個体だろうか?

 それとも迷宮ならではの出現した特殊個体であろうか?


 少なからず、ここまでの十階層に来るまでに来た魔物はどれも似たようなものばかりで、まるでリスポーンされたようだったけど。


 そんなことを考えているとミノタウロスの目の前にやって来た。

 未だ動く気配はない。

 どうやら敵意を見せない限りは戦闘行為と捉えないようだ。


 なら、そのままスルーしてもいいんじゃ? と思うかもしれないが、この広間はまるで袋小路のように次の扉がない。


 しかし、ウェンリの土の精霊の情報によるとこの下にもさらに階層が続いているらしい。

 つまりはこのボスを倒さないと先に進めないというわけだ。


「先制攻撃はくれるってことかな? なら、遠慮なく」


 僕は刀を構えると一刀両断するつもりで振り下ろした。

 しかし、それは三本のバトルアックスが防ぎ、右①の腕が横薙ぎに振るわれてくる。


 すぐさま後方に下がるも服が少し掠ったな。

 錬魔強化で振るっているのでいつもの魔物なら受け止めても両断出来ているのに。


 反応速度、攻撃速度、攻撃威力のどれもいつもの魔物の倍はいってそうだな。

 まともに喰らったら不味いけど......


「ウガアアアア!」


 僕は真っ直ぐ走り出した。

 それに迎え撃つようにミノタウロスが全ての腕を大振りに構えるとタイミングを計って振り回しくる。


 それをスライディングしながら避けていくと通り過ぎざまに左足に刀を振う。

 だけど、相手は異常な反応速度で足を上げて躱してみせた。

 けど、左手でワンタッチ出来たね。


 すぐさま体を反転させると地面を蹴って再びミノタウロスへ。

 相手は振り向きざまに薙ぎ払ってくる......さん、に、いち!


―――ボンッ!


「ガアアアア!?」


 突然、ミノタウロスの左足が爆発し、相手はその衝撃で体勢を崩していく。

 その隙を狙ってまずは左腕の一本を切り落とした。


「左腕ゲット!」


 僕はそれを手に取るとそこに魔力を込めていく。

 今度の発動条件はコンマ五秒後にしよう。

 そして、セットは<電撃>。


 それをミノタウロスに投げ返す。

 さすがの耐久力なのかすぐに持ち直しているみたいだ。

 だけど、それを払うのは不味かったね。


「ウガッ!」


 ミノタウロスは接近するとそれを右腕②で弾き飛ばした。

 恐らく僕が着地する前に一撃入れようとしたのだろう。

 しかし、触れたせいで魔法が発動した。


 相手は全身に強い電流が流れたように体をビクッと硬直させる。

 その隙を着地してすぐさま切り上げ、右腕を二本斬り飛ばした。これで終わりだ!


「転写」


 僕は左手でミノタウロスの胴体に触れる。

 そして、右手は突きの構えにして心臓めがけて腕を押し出す。

 ミノタウロスは残りの左腕を素早く引き絞り、バトルアックスで断頭を狙ってきた。

 しかし、その前に僕の魔法陣が先に起動する。


「ガッ......」


 ミノタウロスの体が硬直した。僕の<麻痺>の魔法陣の効果だ。

 万全の状態だったら、特に状態異常の魔法陣はまだ弱い効果でしか発動できなかったから効かなかったけど、さすがにそこまでダメージ負えば抵抗力が下がってると思ったよ。


 そして、僕の刀はミノタウロスの心臓を貫き、背中から突き出た。

 すると、相手は力なく声を出しながら跪き、刀を抜くと前のめりに倒れていく。


 無事に完勝できた。

 これは相手がこちらの戦闘法がどんなのか気付く前に勝利に必要な耐久値を削れたからかな。

 さすがにあのレベルの魔物が振るう刃をまともに受けたくなかったから良かったぁ。


「皆、終わった......ってどうしたの?」


 勝利の余韻に浸りながら振り返ってみれば、なんだか驚いたり、苦笑いしたりと反応が色々だった。

 まぁ、完勝には驚くよね。


 そう思っているとヨナが僕に向かって戦闘中のことを聞いてくる。


「あんた、何してたの?」


「何って......魔法陣で戦ってたけど?」


「いや、あんた描いてないじゃん!

 魔法陣を発動させるっていったら普通は描くものでしょ!?」


 あー、そこを驚いていたんだね。

 そこが僕にとっての最大の自慢ポイントなんだよ。

 特に戦闘においてのね。


「まぁ、簡単に言えば描く手順を省いたんだよ。

 そして、それをそのまま相手に張り付けた」


 そう言うも皆の反応は随分とイマイチだった。

 説明しようにもやってることはそのまんまだからなぁ。

 とはいえ、集団戦闘でそれを使うとなると皆に共通認識がないと困るし説明するか。


 そして、僕は皆に説明を始めた。


 魔法陣の発動には指先に溜めた魔力で描き、描いたものに後から魔力を流し込むという方法しかない。


 されど、前も言ったかと思うけど戦闘中に描くなんてリスクが高いにもほどがあるし、そんな隙を与えてくれる暇さえないかもしれない。


 そこで生み出したのが「転写」―――つまりは元から描いてある魔法陣をコピーし、対象に張り付けるということだった。


 これが僕なりに考えた魔法陣術士の戦闘法である。

 といっても、これを使う前提として錬魔が使えるかどうかによるんだけど。


 僕の方法は錬魔の修行によって練り上がった魔力の質。

 さらには魔力効率の意識によって上がった魔力量。

 その二つに伴って向上した魔力操作による結果だ。


 魔力操作はそれこそ僕が大好きな漫画の修行のように寝ている間も錬魔と魔力効率の修行をしているうちに少しずつ出来るようになったもので、それは簡単に言えば魔力を意識して形を変えるというものだ。


 魔力は通常形の定まってないものだ。

 体に纏ったり、部分的に魔力を集めたりということは誰でも出来るけど、それをする人は全くいないといっても過言ではない。


 なぜなら、魔力は魔法でしか使わないものだから。


 しかし、僕がゾルさんに言われたとおりに魔法陣ばかりの暗記をさせられている途中で、魔導書に魔力操作という魔法を素早く発動させるための文献がほんのわずかに記載されていて、それを知ってからは戦闘に活かせないかと考えたのだ。


 正直、無茶苦茶しんどかった。

 錬魔で多少は細かく動かせるけど、特定の魔法を構成する魔法陣は円形状の中に五芒星や六芒星、多角形とあり、さらには細かく発動するための文字が描かれているのだ。


 それを魔力という本来なら全く動かさなくてもいいもので必死に動かしていたのだ。

 それは針に穴を通すような作業を連続で行っているようなもので、常に形をイメージしながら形を作る時の集中力の持ってかれ方は尋常じゃなかった。


 しかし、その結果形を覚えたいくつかの魔法陣はこうして戦闘で無事活かすことに成功した。

 とはいえ、まだまだ改善の余地はありそうだな。


 特に即時発動の魔法陣の以外場合、発動を遅延させたり、特定条件での発動の魔法陣を転写するには、その前に発動条件の文章の一部を適切に書き換えなければならない。

 でなければ、不発で終わりだ。


 並びに、転写出来る魔法陣の種類が少なければ対処に困る魔物が出てくるだろうし、現状手で触れてでしか転写出来ないというのも戦闘手段を狭めている気がする。


 後は耐久度の高い魔物に対しての高火力の魔法陣。

 あれらは構成が複雑だから現状パスしてたけど、もうそろ無視できなくなってきたかなぁ。


 とまぁ、それらのことをサラッと話すとおもくそに苦笑いされた。

 え、なんかおかしなこと言ったかな。


「バケモノかお前は......と言いたいところだが、お前の努力からすればそんなことが出来ていても不思議じゃないな」


「魔力操作なんて初めて聞いたし、仮に知っていても確かに練習する意味はなさそうって思うよね」


「魔法陣を描く以外で発動させるなんて考えもしなかったなぁ」


 蓮、薫、康太が各々に感想を告げていく。

 そんな言葉を聞いてヨナ、ウェンリ、アイも感想を告げた。


「ま、あたし達のリーダーなんだしそのぐらいのことはやってもらはないとね」


「魔力効率の意識、錬魔の修行にそんな付属効果があったとは。

 これを聞いたら私の先祖もさぞ目を輝かせただろう」


「お兄ちゃん、カッコ良かったよ! アイにもそれ教えて!」


 どの言葉も僕の心に優しく突き刺さった。

 温かみ溢れる言葉が染みわたっていく。

 皆が役職の他の能力に気付いた時、僕はずっと焦っていた。

 ただでさえ役職的に戦力不足なのにこれ以上足を引っ張ることは出来ない、と。


 もがくように、足掻くように必死に思考し、信じて修行した。

 けど、きっとそうじゃなくても皆は受け入れてくれたかもしれない。

 言葉を聞いた瞬間、そんなことを思った。


 だけど、僕は今の方がいい。リーダーだからじゃない。

 皆が困った時に助けになれるような存在として、もっともっと強くなりたい。

 だから僕は、これからも努力を怠らない。


「ありがとう、皆。それじゃあ、このまま行けるところまで行こうか」

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