第11話 花街薫の手記
――――花街 薫 視点―――
初めまして。僕の名前は花街薫と言います。
皆からは下の名前で呼ばれることが多いです。
僕は花屋の両親の影響でお花を愛でることが好きで、その結果はこの世界での役職では<植物魔術士>となりました。
この能力が戦闘で役に立つことがなく、皆からは白い目で見られたこともありますが、今ではこの能力のおかげで「収穫量が2倍になった」と喜んでもらえるので個人的には満足してます。
そんな僕にはお花を育てる以外の趣味と言いますか、習慣で続けていることがあります。
それが日記をつけることです。
特にこの異世界に来てからはより見て思ったこと、感じたこと、また体験したことなどを詳しく書くことが多いです。
なにしろ、全くの別世界なので。
この世界では紙が割に基調で、森の中にあるこの村では特にそういったものは調達できないので、抜け出す時に多めに持ってきて良かったと思っています。
そんな僕の今のメイン内容はやはりゾルさんから教わる修行ですかね。
その内容で見聞きしたことをダイジェストにまとめてみました。
―――〇月×日
皆が錬魔を練り出すことが出来てから、ゾルさんは「ここからが本格的な修行だ」といって木剣を手にしました。
皆も同じように木剣を手にするとゾルさんは挑発するように手をクイッとさせて「まとめてかかってこい」と告げました。
その言葉に動揺した皆でしたが、ゾルさんの小馬鹿にしたような顔を見るとムカッとしたのか一斉に動き出していきます。
あの顔はあまりイラついたりすることがない僕でもちょっと響きましたね。
ですが、結果は手も足も出ないでした。
もともと王国にいた時にも剣の修行をしていましたが、僕達が戦闘的役職でないために教えてもらう際の優先度が低く、ほぼ素人丸出しの感じが出てしまったのかゾルさんに「子供が棒きれを振り回してるのと同じ」と言われてしまいました。
よく女の子みたいと言われる僕もさすがに悔しいと思いました。だって、男の子だし!
――――×月△日
ゾルさんから教えてもらって1週間が経ちました。しかし、全く勝てる気がしません。
それでも時折ゾルさんをあっと驚かせるような連携は取れてきたみたいで、休憩中にゾルさんが「こりゃ、抜かれるのも時間の問題かもな」と言っていたのを聞いて密かに嬉しくなりました。
これは休憩中に話してくれたことなんですが、なんでもゾルさんはもともと魔王がいるという魔王国で兵士をやっていたらしいんです。
しかし、ある日国の中で過激派と穏健派で意見が分かれ、それで負傷し追われる身となっていた所、この村を見つけて今に至るとのことでした。
ちなみに、穏健派というのはゾルさんのような他種族共存派のことを指し、逆に過激派はこの世界を手中に収めることを目撃とした集団を指すみたいです。
しかし、前にゾルさんが僕達に夢を語ってくれたことがありましたが、どうやら今の魔王国は穏健派の意見が強くなっているらしいみたいでそれをゾルさんも知っているようでした。
ゾルさんの話を聞いた律君が「国に戻らないんですか?」と聞くとゾルさんは「今は俺に出来ることをやろうと思っている。それに今の暮らしが結構幸せなんだ」と笑顔で語ってくれました。
......その後に邪悪な笑みでボコボコにされましたが。
―――△月◇日
僕達はゾルさんと一対一でもだいぶ戦えるようになりました。
四人まとめて戦っていた時に浮かべていたゾルさんの余裕も消え、まるで上官のように強い口調で指導することが増えました。
その時の様子は前に言っていた兵士というよりも、将軍みたいなもっと上の立場の方がしっくり感じました。
その指導以来、皆がだいぶしんどそうな顔をしてきました。
体の細い僕なんかいつ折れてもおかしくないと思うほどには。
その中で、特にゾルさんの熱が強かったのは律君でした。
そういえば、ゾルさんて妙に律君のこと気に入ってたからその影響かなーと思いきや、その日夜遅くにどこかで風を切る音がして様子を見に行けば、そこには律君が一人でに修行している姿がありました。
毎日泥のように眠ってしまう疲労感に襲われる修行の後に律君はさらに自分を追い込むような修行をしていて、休憩に座ったかと思えば立て続けに高い集中力が必要な錬魔の修行をし始めました。
さすがの僕も言葉を失ってしまいました。
何が彼をそうさせるのか、と。
そう疑問に思っていると後ろからゾルさんが話しかけてきました。
あれはさすがにびっくりしました。
ゾルさん曰く、律君があのように夜まで修行し始めたのはゾルさんから剣の指導が始まったその日からとのことです。
ゾルさんも律君が夜遅くまでやっているのを知ったのは最近らしく、さすがのゾルさんも「休め」と言ったらしいですが、それに対し律君は―――
「僕は弱いから。せめてこの小さな手が届く範囲の人達は守れるようになりたいんです。大切な人には幸せになって欲しいから」
―――と告げたそうです。
それ以来、ゾルさんも律君の夜の修行に顔を出しているらしく、今日もそれで顔を出したところ僕がいたみたいです。
その時、僕は自分の努力を恥じました。
よく頑張れるな、と他人事のように思えませんでした。
なぜなら、彼が僕達を守ってくれるとしたら、彼を誰が守れるのか。
それは同じ“弱い”僕達しかいません。
王国を抜け出した時から、王国に犯罪者と認定されてから運命共同体です。
そして、僕も律君に交じって修行し始めました。
それから、僕のと律君が夜にいないことに気付いた蓮君や康太君、さらには時折セナさんとヨナさん、ウェンリさんと加わっていきました。
―――◇月□日
その日は一風変わっていました。
というのも、修行内容が剣の修行ではなく、自身の役職についての魔法だったからです。
僕達の役職は基本的に康太君の<重壁士>以外は非戦闘役職に属します。
特に律君に至っては何もありません。
一応、誰でも描ける魔法陣でも戦闘手段として数えられますが、基本的に指に乗せた魔力で“描く”ことをしなければいけない魔法陣ではその間に攻撃されるか、描かせてくれる暇も与えられずに一方的に攻撃されるかのどちらかので考慮には入りません。
なので、これといって何か出来るはずのない役職のはずですが、ゾルさんは「思い込み過ぎるな。その可能性を狭めているのは自分自身だぞ。可能性はどれも常識の外れた先にある」とだけ告げてあとはほったらかし。
皆、各々に考えて試行錯誤を繰り返していますが、どうやら苦戦しているみたいで頭を捻る姿を多く見かけます。
―――□月▽日
ある日、ゾルさんがお花とにらめっこしてる僕に近づき、こんなことを告げてきました。
「植物が好きなんだろ? もし友達みたいに話せたら楽しいよな」
最初はその意味をそのままに捉えていました。
確かに、おとぎ話のようにしゃべる木がいたら面白いと思いましたが、今もそんな存在に出会っていません。
だから、そんなことをあり得ないと思いましたが、前にゾルさんが言っていた「可能性を狭めている」という言葉と自身の「そうで来たら嬉しいな」という二つの心が相まって木に触れながら念じてみました。
しかし、何も起こりません。
今度は植物の成長を促すように魔力を流して試してみました。
するとなんと、その木から「よく頑張っておるの。じゃが無理せん事だぞ」という言葉を聞きとることが出来ました。
この時、僕はあまりもの嬉しさに泣きました。
だって、憧れの植物の話と出来るようになったのだから。
―――▽月◎日
話せるようになってから、僕はアイちゃんの許可でお花畑にやってきました。
そこで同じように魔力を流していくとたくさんのお花の声が聞こえてきました。
それこそ学校の休憩時間のクラスの騒がしさぐらいに。
そこで話して、植物自身から生態や特徴を教えてもらったり、森は人でいう団地みたいなもので遠くにいる魔物の位置を教えてもらったりもしました。
そんなことを蓮君や康太君にも話すと二人も「元が魔力の糸だから、そこに魔法陣の描かれた陣魔符を組み合わせると能力が発揮できる」とか「重壁士の魔法を発動させると防御が固くなると同時に重くなる」という気づかなかった点に気付いたそうです。
加えて、やはり二人ともゾルさんから何気ないヒントがあったとか。
これらの話から蓮君は「恐らく、この別の能力の気づきを活かした修行が来る」とも言っていました。
ただ、律君だけが役職が役職だけに何かに気付くというのが難しいみたいで、ゾルさんから言われたことは「ここにある魔法陣が描かれた魔導書を全て完璧に暗記しろ」とのことでした。
なので、律君は必死に頭に叩き込んでるみたいですが、ただでさえ無理しているので少し心配です。
―――◎月◇日
役職の新たな気づきから蓮君の予想通り、その気づきを利用した修行に入りました。
僕は錬魔で足元に咲いていた花を身の丈ほどに成長させるとその花に指示を出して動かすという練習をしていきました。
蓮君は作った糸を蜘蛛の巣のようにして、それを投網のように投げると組み込んだ<催眠>の陣魔符で網にかかった魔物を眠らせたり、康太君に限っては重くなっている状態でひたすら走ったり、重いものを運んだりと筋トレのようなことをしてました。
でもやっぱり、その修行で律君の姿はありませんでした。
助言をしてあげたいと思っているんですが、何も思い浮かばないのが本当にもどかしいです。
そして、結局何もしてあげらませんでした。
―――修行から2か月が経った、今日
「お前らには今から迷宮に潜ってもらう。
というのも、今のお前らの実力じゃレッドアームも生ぬるい。
もっと強い相手の方がいいと思っての計らいだ。どうだ? 嬉しいだろ?」
そう言ったゾルさんは屈託のない笑顔を向けてきます。
ちょっと殺意が湧きました。
そして、それ以上に僕達と同じように招集されたセナさんとウェンリさんの目は酷かったです。
「アイも行きたい!」
すると、無邪気なアイちゃんが元気よく手を上げました。
アイちゃんも毎日とはいかないものの、地味に律君と一緒に修行してたもんね。
それに対し、ゾルさんは「最初当たりの階層だけな」と返答しました。
どうやらゾルさんから見ても、アイちゃんはそれぐらいの実力はあるみたいです。
僕はチラッと律君を見ました。
その時の印象は少しやつれていて、僕の感覚的にも久々に会ったような感覚でした。
ただ僕の心配もよそに律君は手を握ったり開いたりしながら、その顔はどこか嬉しそうでした。
その瞬間、僕はそこはかとないゾッとした気分に襲われました。
気のせいじゃなければ、ですが。
「それじゃ、健闘を祈る。ただし、無理だけはするな」
「「「「はい!」」」」」
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