第8話 少女の呼び名

 僕達がこの村に来てから早くも数日が過ぎた。

 最初こそ嫌煙されていたが、僕達が下手に出て色んな手伝いをすることでようやく多少の会話が出来るようになった。


 蓮は裁縫に関して、薫は農作物に関して、康太は建築や力仕事に関してこの村に大きく貢献している。

 その一方で、ケガ人兼一般人枠の僕はというと何もしていなかった。


 いや、正確には何もさせてもらえなかった。

 それは僕だけが三人に比べて嫌われてるとかではなく、単に嫌っている人族とはいえケガ人に手伝わせることしたくなかった結果らしい。


 故に、僕はこの村においての唯一のプー太郎である。

 うぅ、この何とも言えない罪悪感を拭いたい......ん?


 村の中を気分転換にふらふらと歩いていると目の前に小学生ぐらいの金色の髪と尻尾をした狼の女の子がやって来た。


 見た様子からは僕に怯えているという感じではない。むしろ、じーっと見て、尻尾を振っている。


 うーむ、確か獣人種というのは人と獣の狭間に生きる種族で、その生き物の特徴や身体能力を引き継いでいると聞く。


 となると、この女の子が向けてる視線と尻尾の動き的に僕に遊んで欲しいのか?

 いや、さすがにそれは犬の特徴を拾い過ぎか?


 僕は足元近くに小さな木の枝を見つけるとそれを拾った。

 すると、女の子の視線が木の枝と僕の顔とで行ったり来たりしてる。


「そーれ!」


 試しにその木の枝を投げてみた。

 すると、その女の子は一目散にその枝を追いかけると手でキャッチ。


 そして、それを僕の所に持って来るやすぐに「次」と言わんばかりに渡してきた。

 う~ん、この感覚正しく犬だなぁ。


 最終確認を取るようにもう一度投げてみればやはり持って帰ってくる。

 となれば、その女の子が満足するまで付き合うことにした。

 まぁ、相手は人の姿をしてるだけに妙な感覚は拭えなかったけど。


 しばらくすると、女の子は距離を取って木の枝を地面に落とした。

 そして、中腰になると今すぐにでも走れるような体勢に入った。


 尻尾はひたすらに揺れている。

 目も相変わらずこっちを見っぱなしだ。

 まるで追いかけて来ることを望んでいるように。

 ケガしてるけど、痛みもないし......いっか。


「......ふぅ、それじゃ、行くよ!」


「♪」


 僕が走り出すと女の子も走り出した。

 しかし、僕も捕まえることが目的ではないので、一定の距離感で走ると女の子の方もそれ以上に距離を開けるように速度を上げることはなかった。


 ただ、時折振り返るその顔は不満そうに頬を膨らませている。

 どうやらあの子が求めているのはしっかりとした追いかけっこのようだ。


「わかった。捕まえるからね」


「♪」


 そう言って見せると女の子は途端に嬉しそうに尻尾を振った。

 なので、僕は<身体強化>の陣魔符を使い、一気に走力を上げて女の子を追いかける。


 しかし、僕が走力を上げたにも関わらず、その子が捕まえられる全くしない。

 むしろ、少しずつ距離が空いてさえいる気がする。

 え、ちょ、待って、速くねぇ......?


 しばらく追いかけ続けたものの、やがて僕の体力が先に尽きてダウンした。

 ハァハァ、ガチしんどい......。


「もう終わりなの?」


 すると、その子が初めて声をかけてくれた。

 声色からして少し物足りないって感じだ。

 ふふっ、引っかかったな。


「捕まえた」


「え!?」


 僕が女の子の後ろから肩にタッチすると女の子は驚いた様子で僕を見る。

 それもそのはず、その子の前には膝に手を付けて息切れする僕がいるから。

 ただし、その僕が本物だとは一言も言ってないが。


 というのも、僕は体力が尽きかけてきたタイミングで追いかけて捕まえることは無理だと判断した。

 だから、<幻惑>の陣魔符を足元にセットすると同時に<気配断ち>の陣魔符を自分に張り付けたのだ。


 つまりは、はい、そうです。ズルして勝ちました。

 情けない話、絶対に追いつけなかったので。

 あぁ、きっとこの子も幻滅して―――


「すっごーい!」


「ぐあ!?」


 瞬間、その子はまるでタックルの勢いで抱きついてきた。

 その衝撃が腹部から背中へと通り抜けるとともにそのまま押し倒される。


「ん~、このニオイ好き~♪」


 抱きついたまま離れてくれない。

 むしろ、クンクンと嗅がれている。

 なにこれ、すっごい恥ずかしい!

 というか、なんともいえない犯罪臭がすごくするのは気のせいかな!?


「随分と気に入られましたね」


「ごめんなさい! 僕はただ遊んでただけで......え?」


 反射的に謝ってしまったが、正面を見れば空の逆光で少しくらいがセナ......に瓜二つの少女の顔がそこにはあった。


 よく見れば、着ている服、長い顔にかかる前髪に髪色、目はタレ目であるが瞳の色は紅いし、鬼人族の特徴である額からの2本角もしっかりとある。


 僕は上体を起こしてもう一度見てみればやはり一瞬セナの面影がある。

 ただし、セナに比べれば大人しいという印象が強いけど。

 もしかして、セナの双子の姉妹?


「初めまして。僕はナカイ=リツです。リツで大丈夫ですよ」


「え......あ、そうでした! ですね。

 私はヨナの妹の......セナです」


 どこかたどたどしい口調であったが優しそうな感じは伝わって来た。

 そういえば、この数日間で彼女の姿を一回も見たことないな。


「すみません。挨拶が遅れて」


「いえいえ、してますから。

 それに同い年なので砕けた口調で大丈夫ですよ。セナの時も」


「わかった。でも、ヨナの時はヨナの時で許可を取った方がいいんじゃないか?」


「大丈夫らしいですよ」


「え?」


「あ、えっと、大丈夫です。私が言っておきますから」


 時折言葉がおかしいのは緊張しているせいかな?

 まぁ、見た目からして大人しいとわかるからなぁ。

 その時、狼の女の子が服の裾をクイクイと引っ張ると尻尾を振りながら告げた。


「良いところ連れてってあげるの!」


*****


「うわぁーすげー」


 村から少し移動した森のとある開けた場所。

 そこにはまるで絨毯のように敷き詰められた色とりどりの花が咲いていた。

 森の程よい暗さに木漏れ日が差し込んでなんとも幻想的な空間が醸し出されている。


 そこを女の子が楽しそうに走っていく。

 そんな姿を見ながらセナさんは話しかけてきた。


「実はあの子には正式な名前がないんです」


 え? それってあの女の子のことだよね?


「それはどうして?」


「なんでも金狼族には名前を与えてもらうことは大切な意味があるようで。

 というのも金狼族的には与える名前がその子の全てを表すということになるそうです。

 ですが、あの子をゾルさんが見つけた時にはすでに両親はいなかったそうです。

 金狼族は愛に深い種族なので恐らく......」


 セナはそれ以上の言葉を言わなかった。

 でも、その先はなんとなく察することが出来る。

 つまりは襲われたのだ。

 誰によるものかわからないが。


「それじゃあ、皆はどう呼んでるの?」


「様々ですよ。もう村の皆さんはあの子を家族のように思っていますから。

 でも、今まであの子が自分の名前を口にしたことはありません」


「そうなのか。なら、早く気に入る名前を見つけられるといいね」


「では、リツさんならどういう名前を付けますか? もしかしたら気に入ってくれますよ」


 う~ん、名前か~。

 確かにたくさんの名前があったらややこしいだろうし、僕の名前で統一出来たら皆楽だろうな。


 とはいえ、名前......名前ね。

 女の子だからやっぱ女の子らしい.....いや、ここはあの子に感じた元気で明るい印象というのを取るべきか?


 それともこれから成長していく上での忘れないで欲しい感性とかを取り入れた方が......。

 「悩まれてますね......」と横からセナの声が聞こえてくる。

 そりゃなぁ、女の子だし。


 あの子の印象.....「明るい」。そして、髪色の「金」。

 大人になった時に「優しく」居て欲しい。

 また、金狼族の「愛」情深さも兼ね備えて欲しい。


 その時、僕は昔とあることを思い出した。

 それは黒歴史時代にオリジナル武器に「月」という感じを当てはめて、どういうルビが合うか他の外来語で呼び名を調べていたところ、一際異色だったトルコ語の月の呼び名がある。


「“アイ”なんてのはどうかな?

 モデルは月で月のように暗い道でも明るくするように元気づけてくれて、優しい月の光のように皆を包み込んで欲しい。

 また、月の基本色のイメージは金っぽい感じだし、愛が深い金狼族にピッタシの呼び方だし」


「そこまで意味を考えてくださったんですね」


「名は体を表すって言ってたからね。

 なら、これぐらいは普通かな―――」


「それが良いの」


 花畑の方から声が聞こえて見てみると女の子がこちらに目線を向けている。

 そして、テクテクと目の前までやってくるといつもの明るい笑顔で叫んだ。


「アイはアイが良いの!」


「まぁ」


 女の子の反応にセナさんは驚いた様子を見せる。

 それほどまでにこの行動は珍しい行動だったという意味だろう。


 僕は「本当にいいの?」と最終確認を取ろうとしたが、その純粋な瞳と千切れんばかりに揺れている尻尾が全てを物語っていた。


「......わかった。それじゃあ、君はこれからアイだ」


「うん! アイはアイ! ありがとなのー!」


「ぐぁ!?」


 アイはその場で跳躍すると顔面に向かって思いっきり抱きついてきた。

 それはさながら肩車の向きが逆バージョン。

 当然ながらそのまま押し倒される。


 もはや真っ暗で何も見えないけど振っている尻尾から風を切っている音がするので喜びが爆発したという感じなのだろう。

 どうやら少しでもこの子の心に寄り添えたようだ。


 そして、アイは僕から離れると「皆にも名前教えてくるー!」と駆け出していってしまった。

 そんな元気な後ろ姿を上体を起こしながら見つめていると目線を合わせるようにしゃがんだセナが微笑んで話しかけてくる。


「喜んでますね」


「お気に召したなら良かったよ」


「あなたならきっと受け止めてくれますね」


「?」


「さぁ、私達も帰りましょう。

 今日はあの子と一緒にたくさん走ってましたから......あ、療養中なのに走ったらダメじゃないですか!

  今日はバツとしてより苦い薬飲んでもらいますからね!」


「そ、そんな......」

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