第7話 男の願望

 「魔族」―――それはクロード聖王国の王様から聞いたこの世界を手中に収めようとする最大の敵対種族である。


 その魔族の特徴はよくラノベで聞くような他種族を虐殺したり、怪しい儀式を行っていたりというらしく、そのようなイメージを抱きながら今の今まで魔族と会うことはなかった。


 しかし、今やその魔族が目の前にいる。

 雰囲気は一見ものわかりがよさそうであるが、あのレッドアームを平然と圧倒していた力。

 もし、機嫌を損なわせればこちらが殺されることは間違いない。


「おい、大丈夫なのか? その腕......って固まってる。やっぱ魔族だからか?」


「じゃない? やっぱり人族ってのは偏見主義者どもなのよ。所詮ね」


 相手はこちらのことを気遣ってくれている?

 ということは、こっちの思い込みってことなのか?

 どちらにせよ、今の僕達にこの二人から逃げ切れる術はない。

 だとすれば、先手必勝―――


「僕達を助けてください!」


 僕は素早く降伏宣言どげざをした。

 その突然の行動に皆はどう思っているだろうか? やっぱり驚いている?

 それとも敵に命乞いしたことに幻滅してる?


 とにもかくにも、今の僕に出来ることはこれしかない。

 僕は、僕達は自由に生きるんだ!


 もっともっと僕達が役に立てる世界を見つけて、いつかまたエウリアに会えた時胸張って「幸せに生きれてる」と告げるんだ!


 すると、僅かに地面を擦る音が聞こえた。

 少しだけ左右を見ると蓮、薫、康太も同じように土下座している。

 敵じゃないことを誠心誠意示すように。

 その僕達の行動に慌てたように男は告げた。


「待った待った! 顔を上げてくれ!

 ケガ人に土下座なんてさせたら俺の方が悪いみたいじゃないか!?」


「確かに、そう言われるとそうね」


「いや、そこは否定してくれよ。ともかく、ほら! 立った立った!」


 男は促さすように僕達を立たせるとさらに告げる。


「困ってんだろ? それにその傷も早くなんとかしないとな。じゃ、俺の家に案内してやるよ」


「その前に簡易処置が先」


 それから、移動する前に僕は鬼人族の少女に左腕の応急処置をしてもらった。

 一見気の強そうな雰囲気であったが、案外その治療の手つきは優しい。


 そして、僕達は先ほど倒したナックルベアとレッドアームを引きずりながら歩くその二人の後をついていく。

 どうやら少女も想像以上の怪力みたいだ。

 すると、男は自己紹介を始めた。


「そうそう、挨拶をしないとな。俺の名前は【ゾル=ソーラート】。

 お前達より年上だがゾラで構わない。

 で、そっちの気の強そうな方が――」


「その言葉は余計よ。私は【ヨナ=ソーラート】。

 恐らく気になることがあると思うけど、触れないでくれるのがありがたいわ」


 それは恐らく魔族と鬼人族なのに性が同じという意味でだろう。

 二人の自己紹介が終わると僕達も同じように名乗った。

 すると、僕達の名前からすぐにゾルさんが勘づいた。


「聞いたことない名前だな。

 そういえば、一か月前にクロード聖王国が勇者召喚をしたっていうけど、それってお前らか?」


 その質問に上手く答えられなかった。

 「そう」とも言えるけど、脱走した今では「違う」とも言える。

 そんな僕達の複雑な事情が顔に現れていたのだろう。

 ゾルさんはそれ以上の追及はしなかった。


 それから、ゾルさんがずっと気さくに話しかけてきてくれた。

 まるで僕達の気まずい空気に対して、気遣ってくれてるように。

 すると、ゾルさんが正面に向かって指をさす。


「お、見えてきたぞ。俺達の村がな」


 そこは森の奥にもかかわらず、開拓されたような小規模な土地に木造建築の建物が寄り添うように連立している。

 そこから聞こえるのは城下町に負けないほどの賑やかな声で、子供達も元気に走り回っていた。


 そして、その村の特徴を一言で言うなら人族が誰一人いない様々な種族が寄り添った場所であった。


「よお! ただいま! なんと今日は熊が大量に獲れた! 肉パーティーだ!」


「よっ! さすがは我らのゾル!」

「今日も大量収穫だな!」

「よっしゃ! 腕が鳴るぜ!」


 ゾルさんの声で村の全員がさらに活気に満ち溢れる。

 それだけでこの村にとってゾルさんという存在がどれだけ大きいか理解できる。


「―――と、ここでお前達に話したいことがある。今日もまた困っている人を助けちまった」


「全くお人好しがすぎ......ゾル、本気か?」


 ゾルさんが僕達を紹介した瞬間、先ほどの空気は一気に冷え込んだ。

 反応は様々で、怯える人や困惑する人、さらには怒りや憎しみを見せる人まで様々だった。


 この反応で僕達人間、否、人族がどれだけ嫌われているかが理解させられた。

 確かに、クロード聖王国の人の中には亜人を劣等種族として認識している人もいたけど......。


「ゾル、冗談じゃ済まされねぇぞ?」


 村人の一人である狸の亜人の男が強めの怒気でそう告げる。

 それに対し、ゾルさんは毅然とした態度で告げた。


「冗談で連れてこねぇよ。それ気に入った奴いるしな」


 そう言って僕達の方を見た。

 それって一体誰のことだろう......。


「もし文句言おうってんなら勝ってやるぜ。ただし、腕っぷしでだがな」


「それって事実上、『言うこと聞け』って言ってるようなものじゃない」


「しーっ! ともかく! 連れてきちまったもんは諦めろ!

 それに俺は困っている人やましてやケガ人を見捨てるほど腐っちゃいねぇ!」


「......はぁ、わかったよ。ほんとはお前は変な所で石頭だよな。

 ただし、変なマネしたらただじゃおかねぇぞ!」


 狸の亜人の男は僕達にそう告げると持ち場に戻るように背を向けて歩き始めた。

 それをきっかけに他の人達も不満そうではあるが、一応納得はしたように各々の作業や暮らしを再開する。


「それじゃ、お前達はこっちだ」


 肩身が狭い思いをしながら村の中を歩いていく。

 様々な視線が飛び、それらのほとんどが嫌そうな顔であるだけにまるで囚人にでもなった気分だ。


「ここが俺の家だ。さっ、入った入った!」


 村の中で一際大き目な家に入る。

 そこはまるで江戸時代のような囲炉裏の空間で、これまでいた場所が現代的人間の暮らしだっただけに酷くギャップを感じる。


「悪いな。お前達がいた場所と比べれればとてつもなく質素だろう?」


「あ、いや、そんなことは......ここも風情があっていいと思います」


「ハハッ、そう言ってもらえると助かる」


 やばぁ、読まれてた。

 しかし、この人が本当に明るい人で助かった。

 さすがにもう疑うのは止そう。

 そして、僕達は改めてゾルさんとヨナさんの二人にお礼を告げた。


「この度は助けていただきありがとうございます。

 この恩は必ず何らかの形で返させていただきます」


「そんなかしこまんなくっていいから。もうちょいフランクにな」


「あ、はい......」


 ヨナさんが横からお茶を持ってきてくれた。

 そして、僕だけに対しては回復効果のあるお茶を渡された。

 案外僕の状態を気遣ってくれてるみたい。


「悪いな。ここには回復系魔法が使える奴がいないんだ。

 その代わり、ヨナが調合した薬がある。

 しばらくはそれを飲んで療養してくれ」


「ありがとうございます」


 お礼を告げると「気にすんな」とゾルさんが返答した。

 その後すぐに「それ私のセリフなんだけど」とヨナさんにツッコまれてるけど。


「で、お前達が一体どうして魔物に襲われてたか聞きたいわけだが、リーダーはお前でいいんだよな?」


「え.....?」


 ゾルさんが僕に向かって尋ねてくる。

 確かに、今主に話してるのは僕だけど......このメンバーでリーダーはいない。

 僕的には蓮だと思ってるけど。


 思わず横に座る三人を見てみる。

 すると、三人して僕を見てきた。え、僕ですか?


「なんだ、やっぱりお前じゃないか。大方、その腕の傷も名誉の負傷とかだろ?」


「いや、リーダーとかは決めてなくてですね......」


「なら、お前だ。お前がリーダーをやれ」


 ゾルさんからそう告げられる。

 その言葉に三人も乗っかってくる。


「うん、おいらも律でいいと思う」


「僕も異論ないよ」


「ああ、お前が良い。

 本来誘った俺であるべきだが、恐らくお前の方がいざって時に皆を引っ張っていける」


「どうやら満場一致みたいだな。おめでとう、リーダーさん」


 そう言ってゾルさんは拍手する。

 その言葉や反応に対し、戸惑いが大きかったが、でも微かに心の奥底に喜びがあった気がした。

 きっと少しでも僕が皆の役に立てる機会が訪れたからかもしれない。


「わかりました。精一杯務めさせていただきます!」


「相変わらず固いな。ま、いいや、で何があった?」


 そして、僕達はこれまでのことを嘘なく話した。

 本当に僕達がクロード聖王国から「悪」と認定されたのが理解できないけど。


 その言葉にゾルさんとそのそばで聞いていたヨナさんも真面目に取り合ってくれた。

 まるで僕達が嘘つくはずがないとでも思っているように。


「そうか。それじゃあ、お前達も被害者ってことだな。

 なら、きっとここの皆ともすぐに仲良くなれるはずだ。

 確かに、昔に人族に色々とされて嫌な印象を持っている連中だが、話せばしっかりと理解してくれる連中だ。こいつもな」


「私のことはいいわよ」


「といってもな~、俺的にはお前の将来が心配なんだよ。

 しっかりと本当のことを話せる相手が出来るのを―――」


 その瞬間、ヨナさんは頭をなでるゾルさんの手を払うと立ち上がった。


「余計なお世話よ!」


 そう言って家を出て行ってしまった。そ

 の反応にゾルさんは「やっちまった」という顔をしている。


「ま、ともかくだ。俺は人族の全員が全員、亜人や魔族を嫌ってないと思っている。

 そして、それが今お前達と出会えたことで確信が出来た。感謝する」


 ゾルさんは頭を下げる。

 そして、頭を上げると自分の願望について告げた。


「実はまだ誰にも言ってないが俺の目標はこの世界から差別を無くすことだ。

 特に人族と他種族との摩擦をな」


 そう言うとお茶を一口すすり、言葉を続けていく。


「今もなお、この世界では亜人が迫害を受け、魔族と人族の戦いが起こっている。

 しかし、今や魔族も平和に暮らすようになってきて人族を襲うなんてことは一部の過激派しかないし、亜人族はなおさら人族に脅かされることなく幸せに生きれることを願っている」


 幸せに生きれること......それは僕達と一緒だ。


「そんな世界が少しでも早く訪れるように行動を続けていったのが今のこの村だ。

 そして、そろそろ俺は人族とも向き合わなければならないと思っている。

 そのためにどうか力を貸して欲しい!」

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