06話.[もう別れたんだ]
「椿、久しぶりだね」
「こ、紅汰……君」
髪の長さとかも最後に見たときと同じで変わっていなかった。
表情が暗いのは変なのが来たからであって、なにも問題もなくやれていそうだ。
「この子は六反小夏さん、今日はこの子がきみに会いたいと言ってきたからここで待たせてもらったんだよ」
「……お付き合いをしているんですか?」
「していないよ」
これからどうなるのかは僕と小夏次第、でも、悲しい結果にならなければこのままでも全く構わないと言える。
非モテが言うから強がりにしか聞こえないかもしれないけど、付き合うことが全てというわけではないからだ。
「とりあえず中に入りましょうか」
「椿がいいならそうさせてもらうよ、小夏、上がらせてもらおう」
「あ、うん」
久しぶりにこの家に、客間に入ることになった。
自分の家もそうだけど畳の部屋というのは一部屋ぐらいはあってほしいと思う。
少し暗めだからなにか考え事をするには最適だし、寝転がると気持ちがいいから。
「どうぞ」
「ありがとう」
「あ、ありがとう……ございます」
どうして彼女が敬語になっているのかは置いておくとして、聞きたかったことを聞かせてもらうことにする、そうしたら急に「ごめんなさいっ」と謝られてしまってこちらも敬語を使いそうになってしまった。
「ど、どうしたの?」
「実はその、お付き合いはしていないんです、あの人が勝手にあなたに……」
「確か春休みに好きな人ができて彼に別れてほしいって言ったんだよね?」
よかった、普通の彼女に戻ってくれた。
本当のところがどうであれ、あの写真の男の子が同じ高校に進学するということは知っていた。
だから違う高校を選んだ僕よりも毎日必ず会える彼を選んだのならと納得するしかなかったというか、好きな人ができたと言われてしまった時点で詰んでいるからどうしようもなかったということになる。
「はい、でも、紅汰君は『分かった』と返してきたうえにすぐに抜けてしまったのでどうしようもなくて……」
「家を知っていたのに来ていなかったのは怖かったということ?」
「はい、それに部活もありましたから……」
「じゃあもう一回付き合えばいいじゃん、知らないけど勝手にやられたってことなら篠宮さんは悪くないんだし」
いやいや、勝手にそういうことにするのはやめてほしい。
「小夏、もう満足できた?」
「え、いや、全然満足できていないけど」
「なんで?」
幼馴染を見るという目的はもう達成しているのだから帰るぐらいしかできることはない、別に説得をするために来ているわけではないからそういうことになる。
でも、彼女はいつものように腕を組んでから「だってこんな話を聞いちゃったら放っておけないでしょ」とやる気満々のようだった。
「理由がどうであれ僕と椿はもう別れたんだ、それで終わりだよ」
「篠宮さん自身の意思じゃないんだよ? 意地を張るのはやめなよ」
「椿には本当にずっとお世話になってきた、でも、ああ言われて別れてそこで初めて解放してあげられたと思った自分もいたんだ」
あれからは本当になんにも楽しくなかったけどね。
だからこそマイナス方向に傾いていったわけだし、そこから影響を受けて失敗ばかりの毎日となった。
「はあ? それでその後あんなことをしておいよく言えたね」
「あんなこと……とはなんですか?」
「あー、入学してからずっと暗くてさ、私や私の友達が話しかけても無視をしてくるぐらいで」
毎日毎日話しかけてきていたというわけではなかったものの、確かに僕は反応せずにスルーしていた。
簡単に言ってしまえば怖かった、特に六反さん――小夏がね。
「え、紅汰君がそんなことを……」
「うん、だから篠宮さんと元の関係に戻れれば戻ってくれるかなーって、中学生のときの染谷は知らないけどさ」
「紅汰君は……」
「椿には悪いけど……」
しっかり守れたから帰ろう。
それにしても小夏には困ったものだ、幼馴染を見るという目的を達成できてもそれで満足せずに余計なことを言うから。
「ばか、なんで受け入れないの」
「受け入れられないよ、すぐに椿が来てくれていたらまた話は違かったけどね」
「絶対に後悔するからね? 後から『協力してほしい』とか言われても協力してあげないからね?」
「いいよ、そんなことで小夏の時間を無駄にしてほしくないから」
この点はまだ動いてくれそうで動かない松苗さんの方がよかった。
「付き合っていないことが分かれば受け入れると思ったんだけどな」
「前にも言ったけどすぐにそっかって納得したわけだからね」
「でもさ、そのときは恥ずかしいけどまた関係を戻せるんだよ?」
そのとき恥ずかしく感じるのなら関係を戻せた後もきっと変わらない。
引っかかったままなら今度は本格的に振られて終わるだけだろう。
よくしてくれた幼馴染とはいっても嘘をつくことは何回かあったから今回のこれも本当のところかどうかは分からないわけだしね。
「いいんだ、こうして小夏が来てくれているから十分だよ」
「え、まさか私が好意を抱いているとか勘違いしていないよね?」
「友達としていてくれるだけで違うんだって」
やっぱりきた、別に違うのにすぐに勘違い云々と。
だけどすぐに勘違いする野郎だと思っているの敢えて来てくれるなんて優しい女の子だ。
だから今日も冷たいジュースを買って渡した。
流石に投げ返されることはなかった。
「まだまだ暑いな」
「だね、ちゃんと水分を摂ってね」
この体育の授業が終わったら忘れずに飲んでほしかった。
暑さにある程度の耐性があってもだ、油断していると駄目になってしまう。
倒れてからでは遅い、それこそ死ぬ気もないのに死ぬことになってしまう可能性もあるから怖い。
いまはメンバーではなく休憩中だから夏祭りのときのことを聞こうとしてやめた。
そこまで親しいというわけではないし、女の子関連のことで触れてほしくないこともあるだろうから。
一時間が長いというわけではないからそれからすぐに授業は終わりになった。
「つか、染谷も意地が悪いよな」
「なんで?」
あ、もしかして先程のあれがよくなかったのだろうか、心配されなくても自分で意識して飲むよと言いたかったのかもしれない。
「夏祭りのとき、気づいていたのに話しかけてこなかっただろ? 空気を読んでくれなくたってよかったんだけど」
「え、結構人がいないところから君を発見したのにすごいね」
「正直、ありがたさよりあいつめってなったよ」
「えぇ、ふたりきりだったから近づかなかったんだけど……」
あと、ひとりならひとりなりに楽しんでやるとやけにやっていたのもあるのだ。
どうせ行っても迷惑な顔をされるだろうからという怖さもあったのかもしれない。
とにかくひとりなりに楽しんでいる人達に迷惑をかけないようにっておじさんにうざ絡みもせずに上手くやろうとしていた。
「四人で来ていてあのときはたまたまふたりでいただけだったんだ、しかも一緒に行動していたのは男友達が好きな子だったんだよ」
「なんだ、好きな子と素直に行動できていて格好いいって思っていたのに」
「ふたりきりで行動する勇気がなかったというわけじゃないぞ、みんなで、を好む存在なんだよ」
着替えも済んだから移動を開始する。
彼は最近積極的に友達のところに行くようにしているようで、お昼休みだからということで別行動となった。
僕が教室から移動している理由は約束をしているからとかそういうことではない、風が気持ちいい場所を探しているだけだ。
「いただきます」
あれからは頑張って両親に話しかけるようにしているけど上手くはいっていない、必要なことを済ませたらすぐに部屋に戻ってしまう。
何度も言っているようにご飯はちゃんと食べさせてくれるし、トイレとかお風呂とか部屋とかも普通に利用させてくれている、なんならこのお弁当だってご飯と同じで作ってくれているのは母だ。
だけど会話だけは何故か続かない、無視をされるということはないけど話すときに俯かれていたり他のところを見られたりしているから寂しいと感じるときも多かった。
あ、でも、いま後悔しているのはそれではなく、死のうとした直前に仕返しができるとか考えてしまったことだ。
悪口を言われたりとか、ろくに食べさせてもらえないとかそういうことは微塵もなかったのになにを言っているのかという話だろう。
「あれから結構椿とやり取りをしているんだけどさ、やっぱり椿は染谷とまた仲良くしたいみたいなんだよね」
女の子ってすごいな、あっという間に距離を詰める。
部活もあるのに椿も偉いなって変な目線で考えてしまった。
「友達としてなら僕も仲良くしたいけど、あの感じだとちょっとね」
「今回は別に自惚れても大丈夫なんだよ? 勘違いしているのとか言われないんだからさ」
この子がそれを言うのは面白い、面白くないか。
連れて行くべきではなかったと後悔している。
小夏が好きなのに他の女の子と付き合ってしまえばいいなんて言われたからではなく、一緒にいるとすぐに椿の話になるからだ。
自分が決めたわけではなく誰かになにかを言われて行動するなんて駄目だ。
というか本当に椿にその気があるならもっと早く行動している、あの子は積極的であり、少し頑固なところもあるからそうだと言える。
なのにここまできてやっとこちらから動いたから話せただけだった。
「お弁当食べなよ」
「それは食べるけどさ」
食べながら話す子ではないからこの間だけはいい時間となる。
風も狙い通り気持ちがいいし、今度からはここで食べよう。
「ごちそうさまでした、そういえば染谷が言っていた通り椿は可愛かった」
「でしょ? あの子が奇麗に変わるのは浴衣とか着てきたときだね」
「お、色々な椿を知っているんだねえ」
「まあ、うんと小さい頃から一緒にいたからね」
だからこそ影響力も半端なくて、暗くはなかった僕が一気に変わることになった。
「友達として僕に死んでほしくないんでしょ? だからもう椿のことを話すのはやめてよ」
「え、また再発しているの?」
「していないけど、このまま椿といたらまたなるかもね」
「……分かったよ、友達に死なれたくはないからやめる、私は私で仲良くさせてもらうけどさ」
信じて行動すると決めたばかりなのに余計なことで邪魔をされたくない。
興味があるからではない、この前のは所詮彼女に頼まれたからでしかない。
「あ、これだけは言わせてほしいんだけど」
「どうぞ」
「椿ね、なんでか分からないけど村重さんのこと知ってた」
「まあ、近い場所に住んでいるからそういうこともあるでしょ、僕と違ってコミュニケーション能力も高いから」
あとよく大人に混じって色々と手伝っていたからそういうので会ったことがあるというだけだと思う。
でも、おじさんは特に好きそうだな。
うざ絡みをしてこないし、声量もうるさくないし、なにより相手をよく見て行動することができるから。
とはいえ、彼女にも普通に優しかったから若い女の子なら誰でもいいのかもしれないけども。
「今度三人で遊ぼうよ、染谷、綾、私で」
「小夏がいるならいいよ、ふたりの行きたいところに行こう」
「それなら服屋さんかな、新しいのが欲しいんだよ」
「そういえばあのときの服、可愛かったね」
「あれ、お気に入りだからね、お気に入りが可愛くなかったら嫌だよ」
松苗さんは多分彼女が好きだから別にそれでも問題はないだろう。
ただ、土日とかはちょっとあれだから今日とか平日の放課後にしてもらった。
「今日のこれ、綾のアレを克服するためでもあったんだよ」
「で、服もあんまり見ずに僕の家に来たってこと?」
「うん、ちょっとぐらい耐性をつけておかないと初めてのとき困るからね」
どうせ好きな人ができて家に誘われて上がらせてもらうようになったらあっという間に慣れる。
だからいま無理をする必要はない、が、小夏が言っているからなのか松苗さんも頑張ろうとしてしまっていた。
「おじさんの家にしない? あれから探して見つけたからすぐに案内できるよ」
「いや、同級生が相手でもこれなのにいきなり村重さんとなんて無理でしょ」
「じゃあ上がってよ、ふたりは暑いのあんまり得意ではなさそうだし」
リビングにではなく客間に移動してもらった、両親と上手くやれていないところを見られたくなかった、こちらが吐いたことで特に色々と知っている小夏にはね。
「……だ、大丈夫大丈夫、染谷くんのお家だから大丈夫」
「なにもしないよ、なにか仕掛けをしてあるわけでもないよ」
「……染谷くんは小夏が好きなんだから大丈夫」
「うーん、小夏はすぐに余計なことを――攻撃はなしで」
まだいつも通りではいられていないみたいだからひとりだけ別行動をすることに。
ご飯を作るとかそういうことはしていないからリビングにではなく部屋となった。
窓を開けているとここも二階なのもあって涼しい、大好きなベッドもいい影響を与えてくれている。
「もしもし?」
「……紅汰君」
「椿か、部活は大丈夫なの?」
「今日はお休みなんです、それでいまから紅汰君さえよければお家に行きたいなと」
「いまなら小夏もいるから大丈夫だよ」
ついでにあのふたりを連れ帰ってもらおうと思う。
遊ぼうよと言ってきたから受け入れただけで家でとの話だったら受け入れたりは絶対にしなかった。
先程これを言わなかった理由はなんでも言うことを聞くとぶつけてしまっていたからでしかない。
「そ、染谷、誰か来たんだけど……」
「椿だから大丈夫だよ、開けてあげて」
「わ、分かった」
流石に飲み物を出すために部屋にこもってはいられないからまた移動することに。
で、今度はそれでまた戻るということができなかった。
椿や小夏ではない、松苗さんのせいでそうなっている。
「ちょっと染谷くん、小夏がいるのになんで他の女の子ともいるのかな?」
「幼馴染だからね」
「ん? 確か小夏から……」
「ごめん染谷、実は綾に色々聞いてもらったんだよ」
「別にいいよ、いけないことではないからね」
知りたいなら教える、これからもそれは変わらない。
お喋り大好き野郎だからきっかけがほしいのもあった。
自分からは言わないようにするから聞かれたときだけは許してほしい。
「椿、この子は小夏の友達の松苗綾さんだよ、松苗さんは小夏から聞いているだろうけど彼女は篠宮椿という名前なんだ」
「「初めまして」」
「というわけで、帰りたいタイミングで椿と一緒に帰ってね」
部屋に移動すると面倒くさいことになりそうだからリビングを選択してソファに寝転んだ。
おお、こういうことはあまりしないから新鮮だ。
だが、僕は小夏が意地悪だということを再度知る。
「あなたはいつ帰るの?」
とっくの昔に椿も松苗さんも帰ったというのに彼女は腕を組んで目の前に座っているだけだった。
解散してからこっちに来たからふたりを放置することになったわけではないけど、怖いから帰ってほしかった。
「ねえ、さっき可愛いとか言ってこなかった?」
「服が可愛いとは言ったよ」
「染谷ってそういうこと言えるんだ!?」
驚くにしても遅すぎる、けど、演技のようにも見えない。
彼女は「染谷から話を聞いていたからなにもかも全部椿がそういうこともしてくれているんだと思ったんだ」と。
「その気になったら僕は自分から踏み込むよ」
「じゃ、じゃあ私にも……?」
「うん」
「違うから違うから違うから! 私はただ友達として一緒にいるんだから!」
残念ながらそこで慌てて出ていってしまった。
危ないから鍵を閉めてから戻ってきたけど、僕はこれから何回振られなければならないのかとため息をつく。
大体、椿も椿だ、どうしてあれから当たり前のように来ているのかという話だ。
だからまたやっぱりなんで連れて行ってしまったのかと後悔したのだった。
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