05話.[それでいいから]
「藤山先生おはようございます」
「おはよう、染谷は相変わらず肌が白いな」
「外出もあまりしませんからね」
今年の夏もなにも変わらなかった。
結局、六反さんと会えたのはあのときだけだからノーカウントだ。
お喋り大好き野郎なりに期待していたけど、やはり期待なんかするべきではない。
というか、テスト期間も来月までないから一緒にいることもなくなるだろうな。
「そうだ、あれから結構百円玉が貯まったんです」
「お、いいな」
三千円分ぐらいは貯まっている、この前のお祭りで調子に乗って使っていなければもっとあったんだけど……。
「まあ、正直に言ってしまうと使う機会がないから全て百円玉でお小遣いを貰っているだけなんです」
父も律儀に言うことを聞いてくれるんだよなあ、と。
会話もないのにしっかり守ってくれるところはありがたいことだ。
「それでも貯められているということだろ? 悪く考える必要はない」
「藤山先生のそういうところ好きです、いつもありがとうございます」
「はははっ、そういうのは好きな女子に言わないとな」
再度お礼を言って自分の席に移動する。
女子――女の子と仲良くなることはもう……どうだろうか。
ただ、幼馴染がどれだけ僕にありがたい存在だったのかをここ最近でよく知った。
いや付き合う前から、付き合えていた頃からずっと感謝はしていたけどね。
「おはようございます」
「おはよう」
席替えは今日してくれるみたいだからやっと松苗さんから離れることができる。
薮崎君の隣がいいかな、それが無理なら静かな子の隣がいい。
「染谷、おはよう」
「おはよう」
久しぶりに見たけどなんか焼けている気がする。
健康的だ、ほとんど家にいた僕とは違うみたいだ。
勝手なあれだけど親戚の人の中にイケメンがいてきゅんとしていそうだった。
「そういえば綾に酷いことを言ったんだって?」
「六反さんに頼まれているとか嘘をついていたからね」
「いや、私は確かに頼んだんだけど」
「でも、来ていなかったから」
まあでも仕方がない、いくら親友に頼まれたからってひとり野郎の僕のところに行こうとはならないだろう。
僕が同じ立場でも行かないよ、というか僕自身が求めていないからね。
花火もちゃんと見ることができなかったし、そのうえであれだから夏祭りに行かなければよかったと初めて後悔をした。
「余計なこと言わないでよ、僕はそうでなくても松苗さんが嫌なんだから」
「は? 綾のことを悪く言ったら許さないからね?」
「それでいいよ、最初に言っていたように松苗さんを守るために行動しないとね」
あのときのお礼として好きだと言っていたジュースは渡しておいた、そうしたら歩こうとしていたところに投げられてしまって返ってきたけど。
流石に放置はできないから洗ってから飲むことにした。
「甘くて美味しいな」
僕も彼女も松苗さんもみんな嘘つきだということだ。
嘘つきではないのは薮崎君だけ、好きな人とちゃんと素直にいられて格好いい。
「……なに飲んでんの」
「え、だって返してきたから……」
薮崎君にあげるのも違うから自分で処理をするしかなかった。
流石に上手くいかなかったからって捨てるなんてことはしたくない。
飲み物に罪はないから、これは昔からずっとそうだ。
「違うよ、思ったよりも冷たくて落としちゃっただけだよ」
「いやいやいや、あからさまに投げてきていたよね?」
「……別にお礼をしてほしくてしたわけではないけどお礼として貰えて嬉しかったんだけど?」
本当かよ、本当にそうならもっと慌てた声を出すところだろう。
でも、無言でただボトルだけがこっちにやってきただけ、そんなことはありえないんだよ。
「新しいのを買うからじゃあ付いてきてよ」
「それでいいよ、口をつけなければ間接キス……にはならないし」
「僕が嫌だよ、じゃあ教室で待ってて」
はぁ、こうして少しずつお金は無駄に減っていくことになる。
仮に気に入らないとしても受け取るだけ受け取ってその後になんか色々してくれればよかった。
あげるのでもいいし、僕自身がしているわけではないからよくないけど捨てる……のもひとつの選択肢として存在している、少なくとも投げ返すようなことは……。
「染谷、本当にそれでいいから」
「いいよ、はい、さっきのは僕がなにかをしているかもしれないと危険視して返してきたということにしておくよ」
言ってしまえばそれぐらいの仲だということだった。
だけど警戒しておくぐらいがいいと考えたのは自分だ、だから僕は対応を間違えたことになる。
「それに僕は恩を仇で返したようなものだからね、きみがそうしたくなる気持ちもまあ分かるよ」
「違うって……」
違うとだけ言われても困る、ちゃんとどう違うのかまで言ってほしい。
「前にも聞いたけど僕はきみとどういればいいの? なにが正解なの?」
「普通に友達として……」
「僕だって友達としてきみといた、だから風邪でもきみと会うことができてよかったと言わせてもらったんだけど」
まあ、そんなことをしたせいで馬鹿判定を下されたうえに帰られてしまったことになるんだけど。
言ったことを後悔したとかそういうことはないものの、体調を直して再度彼女といられているときに言うべきだったかもしれないとは考えた。
「え、なに? もしかして私のせいってこと?」
「まあ、そこにさっきのボトル投げが加わればそりゃいい方には捉えられないよ」
「だから違う――あっ、藤山先生に聞いてくれれば分かることだからっ」
それならと教室に戻って聞いてみた。
そうしたら「上からじゃなくてボウリングの球を投げるみたいにしていたぞ」と。
横を見てみたら気まずそうな彼女の顔が見えた。
「だ、だってすぐに離れようとするから……」
「結局投げたってことじゃん……」
物は言いよう、ではなく、彼女は嘘をついていただけだった。
分かっていることなのに敢えて藤山先生に聞かせようとするところは面白かったけどね。
「ぶーぶー、染谷くんのアホー」
「……結局、離れられなかったな」
「小夏を不安にさせるとかありえないから」
これならまだというか六反さんが隣の方がよかった。
だけどなにかの力が働いているかのようにまた遠くなってしまった。
同じクラスだという点はいいけど、移動しなくても話せる場所にいてほしい。
「あの後はすぐに帰ったの?」
「というかあそこは家の近くだったから」
「なるほど」
まあ、そういう理由であってくれないと困る。
一応知っている異性の存在が夜にふらふら出歩いていたら心配になるから。
ただ、六反さんがもし仮にああいうことをしていてこちらがなにかを言ったとしても言うことを聞いてくれることはないだろうけど。
「染谷くんこそお祭りの日にどうしてあそこにいたの?」
「あの近くに花火が奇麗に見られるそんな場所があるんだ、残念ながら女性ふたりがいて諦めることになったけどさ」
「ああ、だから上手くいかないようになっているって言っていたのかー」
あれは彼女が来てしまったのも影響しているけどね。
自分のことだけどおじさんを発見できたときは嬉しかったのにどうして異性となるとこうも反応が変わってくるのかという話だ。
素直に喜んでおけばいいのに余計なことを言ったせいで結局ひとりになった。
「うん、あ、今更だけどあのときはごめん、勝手に嘘認定しちゃって」
「許さない、あれで傷ついて泣いていたんだから」
「六反さんを呼んでもいい?」
「いいよー」
今日は突っ伏しているからどう起きてもらおうか目の前で考えていたらすっと顔を上げてくれた。
それからいつものように「なに?」と聞いてきてくれたけど、なんとなくあそこに戻りたくなかった。
「綾に『許さない』と言われたから来たんでしょ、今回はどうすればいいの?」
彼女は呆れたような顔になりつつ言う。
「一緒にいてほしいんだ、またボトルを投げられても嫌だからちゃんと視界内にさ」
「前々から思っていたけど染谷って結構根に持つタイプだよね」
「いや、あげた物を投げられたらやっぱり悲しいよ」
まあいい、来てくれるみたいだから後は任せよう。
正直に言うと僕がなにかを言う度に悪くなりそうな気しかしないから怖かった。
「女の子になんとかしてもらおうとするなんて染谷くんは情けないね」
「まあまあ、綾も行ってくれてはいなかったんでしょ?」
「……だって男の子のお家に行くなんて勇気がいるもん」
「あー、綾がそういう子だって分かっていたのに頼んだ私が悪かったかこれは」
「しかも染谷くん、私には意地悪だから……」
いや、何故松苗さんに頼んだのかという話だった。
一応気にしてくれていたということならおかしい、お盆が終わって帰ってきていたであろうときも来てくれなかったから、やはり彼女はよく分からない子だ。
「よし、それならこれからは私ひとりで頑張るから安心してよ」
「が、学校でなら大丈夫だけど」
「そっか、それなら学校では協力してもらおうかな」
ん? え、なんか変なことになってしまっている。
この子が誘ってきたり、喋りかけてきたときはなるべく止めるために動くという話だったのに何故なのか。
なにを頑張るのか、なにをしてもらいたいのか、今回も考えても分からない。
「でも、とりあえず今日は私ひとりでやらせてもらうね」
「うん」
「というわけで染谷、ちょっと廊下に来なさい」
廊下に出ると彼女は足を止めてから腕を組んでこちらを見てきた。
なんとなく真似をしてみたものの、特に防御できる感じはしない。
「なんてね、綾に協力してもらうつもりなんて微塵もないんだ」
「よかったよ、だって僕が先に止めてくれって頼んだんだからね」
「それに私がいれば染谷は十分でしょ? ……なんてね、遊ぼうって自分から約束をしていたのに行かなくてごめん」
「矛盾しているけど義務感とかそういうやつから来ているなら止めるよ、ちゃんと自分の意思で来てくれているということなら本当にありがたいことだけどさ」
松苗さんを止めるために来てもらっている人間が言うことではないけど、まあ僕なりに相手のことを考えているということで許してほしい。
ただ、彼女の「私がいれば染谷は十分でしょ」発言には驚いたな、大胆で冗談でも中々言えることではない。
「友達だから一緒にいるだけ、でも、いまのままだと納得できないだろうからこれからそっちが見極めてよ」
「分かった」
話はそれだけとのことだったからふたりで教室に戻った。
「敢えて私には協力させないようにするのが小夏なんだよね」とどう考えても盗み聞きしていた松苗さんがいたけど気にしないようにしておく。
「『それに私がいれば染谷は十分でしょ?』なんて小夏も大胆だなあ」
「うん、それは思ったよ」
「でも、困ったら言ってね、ちゃんと協力するから」
「ありがとう」
「ぶーぶー、染谷くんは私のことが苦手だからそんなこと絶対ないのにさー」
難しいな……。
とにかく、再度お礼を言うことで自衛をしたのだった。
「あ、そういえば薮崎と仲良くなってからってやつはどうなったの?」
「あれはもう終わりだよ、もちろん話しかけてきてくれたら対応するつもりだけど」
「へえ、じゃあ今度は私に集中してくれるということか」
「そうだね」
とりあえず十月までテストなどはないからゆっくりと過ごすことができる。
「そうだ、なんでもするって言ったのは僕だからおじさんと会いたくなったらちゃんと言ってね」
自宅だって彼女のためなら頑張って探してみせる。
というか彼女のために早く動きたかった。
お世話になっているのにできたのは冷たいジュースを渡したことだけだから引っかかっているのだ。
これからはいちいち根に持っているようなことも言わないし、しっかりと彼女のことを信じて行動をする、面倒くさい絡み方はしないと約束するからどんどんと頼んできてほしいぐらいだった。
「村重さん? なんで急に?」
「いやほらあの人格好いいから」
「え、まさかそういう目で見ていると思っているの?」
「頼まれて『分かりました』なんて言っていたけど、いま考えてみれば友達になったばかりの日に受け入れるなんておかしかったからね」
格好いい人を好きになるのは普通のことだから別におかしなこととは言わないし、それどころかはっきりとしてくれているからありがたいぐらいだった。
おじさんも嬢ちゃん嬢ちゃんと彼女のことを気に入っているからなにも影響を与えられないということはないはずだ。
勘違いしないで発言もそういうところからきていると考えれば全て合うから寧ろ気持ち良くなっているぐらいだった。
「いや、いまは染谷と仲良くしたいから後でいいかな」
「それなら僕に対してなにか頼んできてくれないと」
「そっか、確かにまだなにかを求めたわけではないよね」
なにもできないまま時間だけが経過して、いつしか彼女に本命的な存在が現れて去られるなんてことになったら困るのだ。
それならちゃんと自分が言ったことを守ってからの方がいいに決まっている。
「それなら私のことを名前で呼んでよ」
「分かった、小夏さんと小夏、どっちの方がいい?」
頼んできてくれて助かった、対幼馴染の場合はほとんど最初からお互いに名前で呼び合っていたためどんなタイミングで変えればいいのかが分かっていなかったから。
「小夏かな、もう少しで夏も終わっちゃうけどさ」
「ははは、まだまだ大丈夫だよ」
七月や八月だけではなく他の月も晴れれば暑い毎日となっている、だからまだまだ夏の気分で遊ぶことができる。
まあ、名前といま現在が夏であるかどうかはあまり関係ないけど、多分彼女は夏が好きだろうから水を差すことはしない。
「紅汰って呼ぶのはまだ後だけどね、なんかまだ違う気がするんだ」
「そっか」
「あとは……あっ、連絡先を交換しよう」
交換しつつ、これはこのまま違う気がするというところから変わらないだろうなとなんとなく思った。
彼女のことをあまり知らなくて信じられないからではなく、これまでの全てを幼馴染にしてきてもらったからだ。
どう接すればいいのかなんて聞いているようでは話にならない。
「これで土日のどっちかだけでも遊べるようになったね、染谷に拗ねられることもなくなったからよかったよ」
これも有効活用されないまま終わりそう――では駄目だ、根本的なところから変えるにはどうしたらいいのだろうか。
「ね、今日もいい天気だよ」
「アレから奇麗な青空が好きになったんだ」
「分かった、ずっと下を見つつ過ごしていたからでしょ」
「そうかもしれない」
夏休み初日以外は基本的にそんな感じだった、買い物に出ていたときも前か下しか見ていなかった。
晴れの日も曇りの日も雨の日もそうだ、振り返ってみれば楽しめていなかったことがよく分かる。
それでもまた同じようなことにはならないように楽しめているふりをした、プールも海もお祭りが悪いというわけではなかったから。
「嫌なら断ってくれればいいんだけどさ、私、一回幼馴染さんに会ってみたいんだ」
「いいよ、僕にできることならなんでもするって言ったんだからね」
幼馴染に関することは全て消してしまったから家の前で待たせてもらおうと思う。
あの子は部活をやっているから家の中にいるのに気づかず外でずっと待つことになってしまうなんてことにはならない。
というわけで放課後になったら彼女と一緒に幼馴染の家へと向かった。
近くにお店もあるからある程度の時間まで時間をつぶすということができるから問題ない。
完全下校時刻も十九時とこちらの高校と同じだから少し待てばいい。
「そういえば名前は……」
「篠宮
「ツバキで敬語となるとなんか奇麗な子としか……」
「いやいや、椿は可愛い子だよ」
マイペースな子でもある、結構流されやすい子でもある――というのはあくまで僕がそう見ていただけで違かったのかもしれないけど。
いっそのこと敬語ではなくおじさんみたいに「お前」とか言ってきたら面白そうだとなんとなく思ったのだった。
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