04話.[貰ったんだがな]
「まじか……」
夏休み初日から地面に落ちてる蝉みたいにひっくり返っている人間がいた。
楽しみすぎた結果風邪ならいいけど、特に変わった行動をしたというわけでもないのに弱っているのは残念だと言える。
あと、遊ぶとか言っていたけど連絡先交換はできていないから多分このまま終わりまで一直線だろうなと内で呟いた。
「……誰か来た」
共働きだから母がいるとか父がいるとかそういうこともない、だからまあ自分で出るしかない。
「はい――あ、おじさん」
「よう」
な、なんだ、やっぱり幻覚か? おじさんが家に来るなんてありえない。
分かりやすく調子が悪いな、ちゃんと寝ておかないと楽しくない夏休みになる。
「今日はどうしたの? というかこんなこと初めてだけど……」
「暇だったからな、暇ならお前も付き合え」
「もしかして釣りをしに行くの? それなら待ってて」
でも、せっかく誘ってくれたのならと付き合うことにした。
ひとりでひっくり返っているよりも誰かと、特に助けてくれたおじさんといられた方がいいに決まっている。
「どこに行くの?」
「ドライブだな、こいつにも乗ってやらないといけなかったから」
ということはこの子に乗って通勤しているわけではないということか。
会社が近いのかな、どんな会社で働いているのだろうか。
大きいし、なんかがっしりとしているからそういうところを活かせる会社に勤めていそうだとなんとなく思った。
「そっか、格好いいよこの車」
「だろ? まあ、父さんから貰ったんだがな」
「お父さんのか」
運転が荒くて気持ちが悪くなるとかそういうこともなく平和な時間が続く。
で、大体一時間が経過した頃におじさんは車を止めた。
「調子が悪いなら悪いって言えよお前」
「あ、分かった?」
特にそれっぽい態度を取っていたというわけではないけどバレてしまったようだ、調子が悪いのに悪くないなんて言ったところで疲れるだけだから素直に認めておく。
ただ、こちらが頑張って調子がいい人間みたいに振る舞っていたとしてもどうせバレていただろうから気にしなくいいだろう。
「ああ、だってお前にしてはうるさくないからな」
「それは体調の悪さからきているわけではないよ、ちょっとずつ前までの自分に戻ってきているんだ」
あの元気な感じは僕にとって合わないものだと分かった。
そりゃやろうと思えばいまでもできるけど、多分重ねる度になにかがズレていくからもう少し差がないところで止めておきたい。
僕らしくもなくなる、そうしたら染谷紅汰として生きている意味がなくなるから絶対に変えた方がいい。
「おいおい、また死のうとするのはやめてくれ」
「それは絶対にしないよ、おじさんにも会えたんだからね」
「お前、同性愛者なのか……?」
「違うよ」
いてほしいとかお喋りがしたいとかそういうことをどんどん口にしている僕、だけど友達としてだってすぐに好きになるわけではないのだ。
ここだけは薮崎君が言っていたひとりでいた弊害だと思う。
「調子が悪いところ悪いが嬢ちゃんとはどうなんだ?」
「一緒にテスト勉強をしたりしたよ」
「ほう、それなら仲良くできているということか」
「うーん、多分?」
「よし、いまから行くか」
えぇ、住宅街から離れたのにそれは……。
送ったことがあるから家は知っているけど相手をしてくれるだろうか。
あ、でも、おじさんはイケメンだからもしかしたらという可能性もある、そうしたらあの子のために動けたということになるから悪くはない、はずだ。
「あ、ここだよ」
「最初から寄っておけばよかったな」
さて、どうなるのか。
インターホンを鳴らして少し待つとすぐに本人が出てきてくれた。
「えっ、まさか染谷の方から来るなんて……」
僕だって自分から行くつもりはなかった、例えそれで夏休みを最後までひとりで過ごすことになったとしてもだ。
この子が相手のときは特に気をつけなければならない、すぐに「勘違いしちゃったの?」とか言われかねないから。
ああ言われるとそっかとしか言えなくなってしまうからなるべく避けたい。
「あのおじさんのせいでもあるんだ」
「おじさん? あ、こんにちは」
「おう、嬢ちゃんも暇なら乗ってくれ」
「そ、それなら着替えてきます」
彼女が参加するならばと助手席を譲ろうとしたら僕も後ろに座ることになってしまったという……。
おじさんめ、やっぱり意地悪なところがあるのは変わっていないな。
「あ、はぁ、なんで無理するのかなあ」
「そいつ、いま体調が悪いみたいなんだ」
「でも、おじさんが来てくれたからもったいないと判断して一緒にいるんだよね」
「そいつのことをよく知っているな」
「一応アレから毎日一緒にいますからね」
そういえばそうだ、見極めるとか言ってきた後も普通にいてくれている。
困ってしまうのは松苗さんと話していてもそのことについてはやはりなにも言ってこないことだけど。
「ちなみにおじさんは三十歳だよ」
「名字は?」
「え、分からない」
初対面のときだって自己紹介タイムはなかった。
家に帰れ、止まれ、おい、それだけしか言ってこなかった。
「はぁ、俺の名前は村重
「おじさん呼びでいいよね」
「嬢ちゃん、やっぱりこいつといるのはやめた方がいいぞ」
「そういうわけには、頼まれて友達になったので」
ああ! やっと分かった。
この子はおじさんから「たまにでいいから相手をしてやってくれ」と頼まれて「分かりました」と受け入れていた。
だからいてくれているのだ、それならあんまり興味がない発言も勘違いしてほしくないというそれもよく分かる。
「なるほど、おじさんのおかげだったんだね」
「は?」
「六反さんがいてくれているのはおじさんに頼まれたから、そうでしょ?」
「「はあ~」」
そうか、だからやっぱり彼女は優しいのだ。
もしかしたら自分が言ったことぐらい守りたいと行動している可能性もあるけど、そのおかげでこちらは彼女といられているわけだから得しかない。
あれだ、どこまでいってもおじさんと彼女には感謝を忘れてはならないということだった。
「結構走ったな」
「あの、なんかすみません、私まで色々と買ってもらってしまって」
「いいんだよ、こいつだけだと退屈だったからな」
染谷には寝てもらっている、普通に話してくれていたけど顔色がどんどん悪くなっていくものだから頼むこととなった。
「あの、染谷はどこから……」
これはずっと気になっていたことだった、まあ、そのことを知りたくて一緒にいるわけじゃないけど。
何度も言っているように友達になってくれと頼まれて自分が受け入れたからだ。
「下まで二メートルぐらいしかない橋からだな」
「え、二メートルってそれでも打ちどころが悪ければ……」
「だな、だというのにこいつときたら『犯されるのか』とか言ってきたんだぜ?」
「失敗をしてやっていられなかったのかもしれませんね」
「だとしても同性相手にそれはないだろ」
元々は明るかった子であることは分かっている、そうでもなければいきなり切り替えられたりはしない。
だってそうでもなければいくら幼馴染とはいっても受け入れてくれたりはしないだろうから。
そして彼もその子のことを大切にしていたからこそここまでの影響を受けたわけで――って、どれが本当のことなのかは分かっていないままか。
「私は四月から七月最初までの染谷しか知りません」
「でも、あの日までのこいつを知っているということだろ? それだけで十分だ」
「それまでの染谷は本当に暗くて話しかけても反応しなくて、だけど担任の藤山先生にだけは違かったんです」
「へえ、そういう存在がいてくれるってのは大きいわな」
だからあの冗談抜きで初めて聞いたというのは嘘だった、ただ、普通に挨拶をし始めた違和感の大きい彼に話しかけるためには必要なことだったのだ。
私でも誰に対してでも話しかけられるというわけではないし、なんでも言えるというわけでもない。
「さて、そろそろ帰るか、こいつをちゃんとベッドで寝かせてやらないとな」
「家に着いてからもいてください」
「は? え、俺が?」
「多分、おじさんがいてくれた方が安心できると思うので」
ではなく、私も上がらせてもらおうとしているところだからふたりきりは避けたいのだ。
相手が綾ではなくてもある程度の仲ならふたりきりでも気にならない、でも、彼とはまだまだそうではないから仕方がない。
「じゃあ……そうするか」
「ありがとうございます」
そんなに遠くに行っていたわけではないから彼の家にはすぐに着いた、あと、おじさんの運転は丁寧で楽しい時間だった。
頑張って背負って連れて行こうとしたらおじさん――村重さんが彼の部屋まで運んでくれた。
「ごめんおじさん、ちょっと微妙だったから助かったよ」
「気にするな、死なれるよりはずっといい」
「あと、シートを汗で汚してしまったからごめん」
「だからいいって、じゃあ俺は一階にいるから」
って、結局こうなるのか……。
「染谷、冷却シートとかはどこにある?」
「もしかして取りに行こうとしてくれているの? それならいいよ」
「いいから、どこにあるのか言いなさい」
綾もそうだけど風邪のときになると動きたがりだし、強がろうとするから困る。
辛いときぐらい頼ればいい、が、そういうことができなかったからこそ彼はこうなっている……のか。
「あー、テレビに一番近い棚の中にあるよ」
「分かった、水も勝手に持ってくるから」
幸い、そう時間も経たない間に必要な物を持ってここに戻ってこられた。
寝ているところを気にせずに冷却シートを貼っていく。
そうしたら「冷たいね」と言いつつ急に目を開けたものだから心臓が強く跳ねた。
こんなことをさせたうえに違う意味で驚かせるなんて彼は最悪だ。
「はい、水も飲んで」
「ありがとう」
こうして喋っているときは全く調子も悪くなさそうに見えるのにな。
というか風邪の原因が気になる、夏だからと油断してお腹を出しながら寝てしまったのが原因と言ってきたら怒るけど。
「で、なんで初日から弱っているの? 昨日は元気だったでしょ」
「僕も分からないんだ、でも、今日風邪を引いてよかった」
「はっ!? なにふざけてんの!」
「おじさんが来てくれたからでもあるけど、こうして六反さんとちゃんと遊べたわけだからね。下手をすれば一日も会わずに終わっていたかもしれないのに、風邪を引いたことであっさりと一緒にいられているんだからさ」
「はあ~、馬鹿すぎる」
結局自分が言っていたことを守れていないことになるのに気づいていない。
迷惑をかけたくないとか言っておきながらこれでは話にならない。
いやでも本当に馬鹿すぎる、小学生ならまだ分からなくもないけど高校生がこれなんだからさ。
「寝るよ、あ、鍵はした後にポストに入れておいてくれるとありがたいかな」
「ひとりで大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃ、もう帰るよ」
まさか自分の友達がここまで馬鹿だとは思わなかった。
遊ぼうと言ったけどやっぱりなしにしたくなるぐらいには衝撃的だった。
「いえーい、夏祭りだー」
あれからは体調もずっといいから普通に夏休みを楽しめている。
退屈だなんだと考えていた自分だけど、正直、ひとりでも普通に楽しかった。
プールにも海にも、そしてこうして夏祭りにも全てひとりで行っているけどなんにも気にならない。
これは弊害と言うよりひとりでいたからこそ楽しめるようになっていたと、いいことだと考えるべきだろう。
「だけどちょっと買いすぎたなあ、誰か沢山食べてくれる人はいな――いた」
あの背中は間違いない、僕はまるで好きな人を見つけたときの乙女のように走って近づいた。
「おじさん!」
「ん? うわ、なんでいるんだよ」
「いや、夏祭りぐらい楽しませてよ」
いまは休憩中だと教えてくれた、なんかそう聞くと職人感が出ている気が……。
「あ、はいこれ、この前のお礼」
「は? 馬鹿かお前、それなら払うよ」
「いいって、それにおじさんと会えて嬉しかったしね」
いつものように冷たいジュースも渡しておいた。
邪魔をするつもりはないから文句を言われる前に別れて静かなところに移動した。
「ふぅ」
と、お風呂に入れたときみたいに自然と言葉が漏れた。
買ったからには食べないともったいないからどんどんと食べていく。
最高だ、ひとりだろうが何人で来ていようがやることは変わらない、ただただ美味しい食べ物を食べていくだけだ。
「薮崎君は元気――元気だったな、デートなんて楽しそうだ」
ひとりとだけ行動しているから勝手な妄想というわけでもないだろう。
松苗さんのあれもすぐに落ち着いていたから泥沼化することだけはないのが安心できる。
「うわ、先客がいるじゃん」
「ここがいいならどきますよ」
「え、いやー、別にそこまでしてもらうわけには、ねえ?」
「そうだね、私達の場所というわけでもないしね」
「いや、気にしないでください、それではこれで」
花火の時間に合わせて会場を離れるから問題はないし、空になった容器を捨てたかったから全く気にならなかった。
それよりあの女性ふたりは特別な関係だったりしないだろうか。
「おい待て問題児」
「あれ、流石に休憩を長くしすぎだよ、やると決めたならしっかりやる、大人なんだからちゃんとしないとね」
「お・ま・えに言われるとむかつくわ」
別に六反さんや松苗さんを発見したから呼び止めてきたわけではないらしい。
となると、子どもに食べ物を貰うことになったことを気にしている……のかなと。
「お前ひとりで来ていたのかよ」
「ひとりじゃなかったらひとりで行動しないよ、流石にそこまで空気が読めない存在ではないからね」
「で、これからどうしようとしているんだ?」
「ちょっと離れた場所から花火を見ようと思ってね、いい場所があるんだ」
ひとりだからこそ行ける場所だった。
本当にちょっと離れていて、それでいて高い場所だから静かにひとりで見ることができるいい場所だと言える。
「もし六反さんを発見したら優しくしてあげてねー」
松苗さんのことをおじさんは知らないから仕方がない。
まあどうせこれぐらいの年齢の人は若い女の子には優しいから気にする必要もないのだ。
「よいしょっと、よしよし、今年もひとりだ」
ではない、ここにも女性がふたり存在していた。
六反さんや松苗さんならまだよかったけどまた知らない人達だから去ることに。
もう着いた時点で花火は上がっていたから見つつ帰ることにした。
「やっぱり上手くいかないようになっているよなあ」
「そうなの?」
「うん、こう、最後の最後で悪いことになるというかさ」
こういう風にね。
まさか松苗さんが話しかけてくるとは思わなかった、会場からだって離れているのになにをしているのかと言いたくなる。
「そうなんだ、私も小夏がいなくてちょっとつまらないからなんとなく分かるかな」
「六反さんは親戚の家に行っているんだよね?」
「うん、毎年そうだから」
それなら今度こそ本格的に最終日まで一直線になることだろう。
この前のあれで馬鹿判定をくらっているし、直接にでも行かない限りは来てくれることもない。
最初の夏休みは案の定ひとりの時間が多し、となってしまったなあ。
「じゃ、なるべく早く帰るようにね、女の子ひとりでいたら危ないよ」
「送ってほしいかな、そのために独り言に参加させてもらったんだよ」
「え、なんで……」
「お願い、冷たい飲み物ぐらいだったらあげるから」
「まあいいか、なんかずっと外にいそうな危うさがあるから送った方が気が楽だ」
彼女は少し前を歩きつつ「染谷くんがいてくれてよかったよ」と思ってもいないことを言ってくれた。
「小夏から頼まれたのもあったんだ、ただ、私は染谷くんのお家を知らないから行けてなかったけど」
「嘘だよね、もし六反さんが本当に頼んでいたなら家の場所を教えているはずだよ。だからきみは面倒くさかったか嘘をついているということになる、当たってる?」
「相変わらず染谷くんは酷いね、じゃあもういいよ」
もういいよと言いたいのはこちらの方だ。
だから彼女がひとりで歩いていこうとしても追うことはしなかった。
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