02話.[まあいいけどさ]
「お、可愛いお弁当だね」
「……なんでいるんだよ」
「まあまあ、ちょっと付き合ってくださいよ」
彼、
理由は簡単、僕と同じでひとりぼっちだからだ。
友達が多い存在だとそちらを優先される可能性の方が高いからどうにもならない。
単純に嫌われて避けられるとかならいいけど、違うことが理由で一緒にいられないのは嫌だった。
「薮崎君が作ったの?」
「は? ……まあな、俺の母親は忙しいから」
「偉いね」
親のことを考えて行動したことってないな。
全ては自分のため、それ以上でもそれ以下でもなかった。
子どもの頃からずっとそうだけどそれでも両親は文句を言ってこなかった。
「あー、名字はなんだったか……」
「僕のなら染谷だよ、あのふたりだったら六反さんと松苗さん」
マイナス方向へ染まっていたから名字は実に合っているけど、別にそっち方向にだけ働くというわけでもないのにこれだから困る。
「ああそうか、で、なんでお前は急にそんなに喋るようになったんだ?」
「必要以上に怖がっていただけだと気づいたからかな」
「なるほどな、で、なんでもう六反達と話していないんだ?」
「試されていたから、かな」
正直に言うともう松苗さんとは関わりたくなかった、関わるとするなら六反さんの方がいい。
普通にしていれば悪い判定を下されることはないだろうし、あの子が気にしているのは松苗さんと少しでも一緒にいたからだから。
「お前なんか試してどうするんだよ」
「確かにっ」
「で、あのふたりといられなくなったから俺は今日から付きまとわれるってことか」
「ごめん、だけど薮崎君はひとりだから話しかけやすいんだよ」
「いや、普通逆だろ……」
いやいや、複数人と一緒にいる人に話しかける方が怖いよ。
その人はよくても周りの人から悪く見られる可能性がある。
無駄に敵は作りたくないからしっかりと考えて動かなければならない。
「とりあえず夏休みが始まるまででいいから付き合ってよ」
「俺といたってつまんねえぞ」
「そんなことないよ、だっていまの時点で助かっているわけだしね」
「それとこれとは関係ないだろ、……まあいいけどさ」
頼み続けるのも大切だよな、これが少し前までの僕にはできなかったことだ。
あくまで同じ人間なのにここまで変わるとなるともったいないことをしてきてしまったということになる。
まだ一年生の夏でよかった、ここから変えていくのだ。
「ありがとうっ、というわけで早速これを受け取ってよ」
「ジュース? しかもこれ冷たいけどどうなって……」
「ぬるいやつをお礼として渡すわけがないよ、これからよろしくね」
最初にしては悪くない展開だった。
これで後は真面目に授業を受けて、放課後になったら薮崎君と帰ればいい。
お金は貯金をすることを趣味にしたからあまり使いたくはない、遊ぶならどっちかの家がいいかな。
だけどまだまだそれは先の話だ、とにかく仲良くなれなければなにも始まらない。
「薮崎君とお友達になったんだね」
「う、うーん、まだなれてはいないかな」
「大丈夫だよ、染谷くんならできるよ」
何人もの男の子を勘違いさせて終わらせてきていそうな子だった。
彼女の横の席になれても被害者になるだけ、怖い。
ただ、夏休みが終わったら席替えになるだろうからそれだけは救いだった。
離れられればこんなこともなくなる、そして彼女が話しかけてこなくなれば六反さんが来ることもなくなる。
僕は僕のしたいことを集中してできるようになるので、早く夏休みが終わってほしかった。
だって余計なことを言ってしまったばかりに薮崎君とも夏休み開始前日までしかいられないだろうから。
「そうだ、またお花を見に行こうよ」
「あ、六反さーん」
な、なんだこの子は、余計なことをしてくれやがる。
この子のせいで自分から呼ぶことになってしまった。
「なに?」
「松苗さんが花を見に行きたいんだって、付き合ってあげてよ」
「染谷はいるの?」
「僕がいるなら付き合ってよと言うよ」
冗談ではない、一緒になんか行くわけがない。
これまでは話しかけられていてもスルーしていたから授業が始まるまでそうすることにした。
僕のイメージはそちらの方が強いだろうから違和感もないだろう。
藤山先生に頼むか、集中できないとか言っておけば聞いてくれるかもしれない。
こちらを特別に贔屓していい場所にしてくれとか口にしているわけではないのだから大丈夫……だと思う。
「なにを言っているの? 私は染谷くんを誘っているんだけど」
「まあまあ、僕はもう見たから大丈夫だよ」
花は嫌いではないけど短期間で何度も見たい物というわけでもない、申し訳ないけどそれしか言えない。
というかそれよりも全くスルーをすることができていないことの方が気になる。
「集合場所のお花じゃないよ? お花を探すお散歩みたいなことがしたいなって」
「それこそ六反さんでいいでしょ? なんで僕になるのか分からない」
「分かった、じゃあメンバーはここにいる三人と薮崎ね」
「「え」」
あ、聞こえたみたいだ……。
ごめん、間違いなく僕のせいだけど薮崎君、許しておくれ。
「え、なんでこんなところに薔薇が咲いているんだろう」
「管理されている場所じゃないのにね」
「誰かが種を植えてそのまま放置、でも、薔薇が強くてって感じかな」
楽しそうな女の子ふたりに対して暗い雰囲気の男子ふたりがここにいた。
いやもう薮崎君なんか凄く嫌そうな顔でぶつぶつ吐いてしまっているぐらい。
「染谷、俺は女子が苦手なんだ……」
「分かるよ、ここにいるふたりは特に怖いふたりだからね」
「これは絶対に染谷のせいだよなっ?」
「ごめん、だけどもう諦めてもらうしかないんだ」
「……また後で冷たいジュースをくれ」
頷いたら彼も頷いてくれてなんとかなった。
いまここで味方である彼が去ってしまうと困るから助かる。
それよりもだ、保護者みたいなあの子に言わなければならないことがあるから六反さんにだけ近くに来てもらった。
「なに?」
「なんで松苗さんを止めてくれなかったの? 矛盾しているよきみ」
ちゃんと反応してくれるのはありがたいけどそれ以外では全く役に立ってくれていない。
近づけさせたくないならちゃんと頑張ってくれよ、唯一松苗さんと仲良くてある程度は自由に言える人間なのだから。
「は? 綾が誘っているのに止めることなんてできるわけないでしょ、馬鹿なの?」
「あーはいはい分かったよ、結局松苗さんの方がボス的な感じってことね」
「そんなの当たり前でしょ」
「それでいいの? なんか友達っぽくないけど」
「いや、友達だから心配するんでしょうが、染谷は変わりすぎて気持ちが悪いの」
でも、あのままでいたらあれはあれで迷惑をかけていたことになるわけで。
まあいいか、なにかをしたところで特になにかが変わるというわけでもないのならそれでね。
「ちょっと私も染谷くんに言いたいことがあるんだけど、いいかな?」
「あ、じゃあ薮崎といるよ」
「うん、ありがとう」
ちゃんと冷たい飲み物は奢るからいまだけは頑張ってほしい。
こうなっているのはこの子が原因だからなんとかしなければならない。
ボスが目の前にいるならまずそのボスからなんとかする、それでやっと楽しく過ごせるというものだ。
「この前――」
「分かっているよ、松苗さんはみんなに対してこうして誘うということでしょ? だから勘違いするなよということなんだよね?」
あと六反さんよりも強いということを言いたいのだろう。
つまり舐めるなということだ、最初のあの少しだけで判断するなよと彼女は言いたいのだ。
「聞いて、この前はあんなことを言っちゃったけど……本当は違うというか」
「あ、なるほどね、流石に全員に対してできるわけではないということか。まあ、仕方がないよね、コミュニケーション能力が高い人でも苦手な人はいると思うから」
って、彼女のコミュニケーション能力がどれぐらいなのかは知らないけど。
この前までの僕は教室にいたけど周りの情報が耳に入っていなかった。
ちゃんと入っていたのは先生、特に藤山先生の言葉だった。
地味にあのときから先生との会話は楽しくてずっとやりたいと考えていたものの、迷惑をかけたくないということで自ら終わらせていた。
お喋り大好き人間だからそういうことになる、でも、段々とその我慢しなければならないというソレが面倒くさくなってきて死のうって考えが大きくなったというか。
「そろそろ行こうか、薮崎君が可哀想だから」
「そ、そうだね」
歩いていないとお散歩とは言えないのもあった。
あとはやっぱり本当のところがどうであろうと彼女が怖いからだった。
六反さんにはしっかり見ておいてほしい、あと、ボスをなんとかすれば~なんて考えるべきではないともね。
「もう離れるな」
「大丈夫だよ、もう僕も別行動をしたくないから」
次にこういうことになっても参加することはしない、少なくとも薮崎君は守るために行動しようと決めよう。
せっかく仲良くできそうになっているところで邪魔をされるのは困る、彼女達のせいで関わることができなくなったらそれこそ終わりだ。
「今日はここまでかな、薔薇を見られただけよかったよ」
「綾がそう言うなら終わりでいいか」
「よし、これで解散だな、行くぞ染谷」
「うん、ふたりは帰るなら気をつけてね」
帰るときはってそれしかない、仮にどちらかの家に行くとしても片方からしたら帰っているのと同じでしかない。
まあだから別れたかったからって少し適当だったなと。
「はい」
「ありがとな」
暑いのには得意だからその点では問題ないけど、水分摂取だけはしっかりしておかなければならない。
僕が倒れても誰かが助けてくれるとは思えないから気をつけないといけない。
根本的なところが変わっていないからこういう考えになることも多い。
必要以上に異性を怖がっているそういうところからきている。
「別にお前といるのはいいけどあのふたりがいるときは誘うのはやめてくれ」
「大丈夫、というか僕が複数人と一気に仲良くやれるような器用な人間ではないからゆっくり一対一でやらせてもらいたいんだ」
一対一ならもう少しぐらいはマシな結果になるかもしれない、が、六反さんがいるとそうもいかなくなる。
ちゃんと止めてくれないということにもいちいち引っかかってしまうからそういう意味でも一対一がいい。
とはいえ、どうすればいいのかは全く分かっていないし、考えている間に夏休みがきてしまうから終わるまではなにもできない可能性が大だ。
「ちなみに薮崎君的にはどっちと仲良くなりたい?」
「女子はよく分からなくて苦手だけど俺だったら……松苗だな」
「お、それはどうして?」
「悪口を言ってくるような存在には見えないからだ、六反はその点ズバズバ言ってきそうだろ?」
うーん、関わって仲良くなってみないとどうなのかなんて分からない。
実は六反さんの方が~みたいなことになるかもしれないし、松苗さんはなにも怖くなんかなかったとなるかもしれないから。
「それなら松苗さんと一緒にいてみようよ、僕にできることならするからさ」
「まあ、待っている間に会話も普通にできたしな」
「うん、大丈夫、保護者の六反さんは僕がなんとかするから任せてよ」
よし、趣味だけではなく目標もできた。
絶対に夏休みが始まるまでにきっかけを作ってみせるぞ。
「六反さん、ひとつお願いしたいことがあるんだ」
「なに?」
場所は廊下、障害となりそうな松苗さんもいない。
そもそも協力なんかしなくても松苗さんが薮崎君に話しかけ始めたから楽だった。
あとこの子は絶対に「なに?」と聞いてくれようとするから可愛げがある。
「僕にできることならするから今度誘ってきたりしたときは松苗さんを止めてほしいんだ」
なんて、あの様子を見るにそんなことはもうなさそうだけど。
一時期存在していた彼女がそうだったから適当に言っているわけではない。
いやもう本当にね、積み重ねるのは大変なのに飽きられたら一瞬なんだよ。
「はあ~、だからそういう場合は止められないって」
「じゃあ、話しかけてきたときとかさ」
「なんでそれも止めなきゃいけないの、クラスメイトなら話すことぐらいあるでしょうが」
「怖いんだ、それに六反さんも僕から守るためにああ言ったでしょ」
「はぁ、もう少し後にしておけばよかった……」
後か先かの違いでしかない。
お願い! と頭を下げて頼んだ。
プライドとかは全くないからこういうことだって余裕でできる、土下座を求めてきたとしても目の前でやらせてもらう。
「……もう死のうとしない?」
「え? うん、しないけど」
多分次にやったら今度こそこの世とお別れになる気がするから。
今度は後悔しそうだから絶対にしない。
「じゃ、まあ……そういう場面になったらなるべく動くよ」
「ありがとう」
「でも、綾は悪い子じゃないんだけど……」
友達としてそうだよな、必死に避けようとされていたら気になるよな。
だけどこのままだからやりづらいからなんとか頑張ってほしかった。
もちろん先程も言ったように自分にできることならなんでもする、求めるだけ求めるような人間ではない。
「それこそ僕にとってはいきなりだから変化に追いついていけないというかさ」
「え、じゃあなんで私にはこうなの……?」
「本音を言ってくれそうだから、六反さんだって僕が急に変化してどういうつもりか分からないから気持ちが悪いと言ってきたんだろうしね」
「……それはもう忘れて」
なら忘れよう、Mというわけではないから気持ちが悪いと言われて喜べないし。
予鈴が鳴りそうだから彼女と一緒に教室に戻った。
「染谷くん、小夏を独占しないでね」
「仲良くなれたら独占したくなるかもしれない」
「お、はは」
「じょ、冗談だよ、だからその笑っていなさそうな笑みはやめてよ」
笑顔なのに笑っていなさそうって不思議だよな、ちなみに母の笑みはずっとこれだったりもする。
そういうのもあって見ていて気持ちのいいものではない、それどころか離れたくなるぐらいかもしれない。
残念ながら予鈴がなればすぐに本鈴が鳴るから離れることはできないけど、これが放課後とかだったら分かりやすく行動していただろうな。
「染谷、もう放課後だけど」
「一応聞いておくけど松苗さんはどうしたの?」
「今日は他の友達と帰ったよ、薮崎もね」
お、いやそうか、ひとりぼっちに見えていただけでそりゃいるか。
結局、一番問題だったのは自分だったということになる。
「はあ~、なかなか勇気がいることなんだからね? あの子、私にだってたまに容赦がないんだから」
「うん、だから僕にできることならなんでもするよ」
「なんでも、ねえ、死のうとした子だからそう極端なの?」
一瞬固まったかと思ったら今度は一気に表情を変えてこちらを見てきた、彼女はそこについて適当にはできないみたいだった。
「違う、きみは僕のために動いてくれたからだよ」
「だからそれもそこから影響を受けているんじゃないのかってこと、ちょっと前までならありえなかったし」
「確かに全く影響がないわけではないよ、ああしたからこそこれまでの自分が馬鹿らしく感じてきて壊すことができたわけだからね」
なんでそんなに気にするのかなんて聞くべきではないよな。
まだそこまでの仲ではない、それに協力してもらっている身だから不必要に踏み込んで離れられたくない。
そう時間も経っていない間に色々変えてあれだけど、前の自分みたいに固めて動けなくなるよりはマシだろう。
「……なにか他の方法じゃ駄目だったの」
「彼女に振られてからは一気に違うように――」
「彼女っ!? が、学校では全く話せていなかったのに!?」
「うん、幼馴染の彼女だったんだ、違う高校になってしまったのも原因で振られてしまったけどね」
簡単に言ってしまえば僕よりも魅力的な男の子が向こうの高校にはいたというだけの話だ。
聞きたいということなら全部教えるけど、どうやらそのことよりも僕に彼女がいたということに驚いているみたい。
ははと内で苦笑した、そして分かりやすくてありがたかった。
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