117作品目

Rinora

01話.[とりあえず立て]

「今度こそ死んでやる」


 味方は誰もいないから僕が死んだところで悲しむ人間はいないけど、最後に仕返しをすることができる。

 まあ、短い人生だったけどなにも全部が悪い思い出というわけではなかった。

 一回は異性と付き合うことができたし、希望がないような人生ではなかった。

 でもさ、別れることになってからは失敗ばかりで嫌になったのだ。


「ここだ」


 電車に突っ込んだり、車に突っ込んだりなんかはしない。

 この死に方も誰かには迷惑をかけてしまうけど……。


「さらば!」


 ぴょんと飛んだ。

 それからはなんか不思議な時間だった。




「おい、起きろ」

「ん……、え、なんだこのおじさん」


 ああ、高さが足りなかったか。

 確認してみてもちょっと背中が痛いだけで死ねる感じは全くない。


「なるほど、失敗したうえに知らないおじさんに犯されるのか」

「馬鹿か、俺はガキになんか興味ねえぞ、つか同性だろ」

「あ、そうなの、じゃあなんで横に立っていたの?」

「ここはいつも俺が釣りをする場所だからだ」

「ほう、じゃあ僕は釣られたようなものだね、というわけで連れ帰ってよ」


 あ、でもあれか、特定の魚は殺してからではないと移動禁止か。

 人間にも当てはまる――わけがない、絶対にこれ以上の結果は得られない。

 なんだよなんだよ、ちょっと痛いだけで終わりかよ、これでは飛び降り損だ。


「まあ、あそこからだろうがなんでこんなことをしたんだ?」

「失敗ばかりで嫌になったんだよ、おじさんの家で暮らしてもいい?」


 それで新たな人生を開始~、なんてできないだろうか、できないよな。

 だって僕があの学校に通っていることには変わらないし、僕が染谷紅汰そめやこうたという名前であることも変わらないから。


「とりあえず立て」

「うん」


 目の前にはおじさんと川、周りに目を向ければたくさんの木が見える。

 ごちゃごちゃしているくせにどれも大きく育っている。

 木の世界にだって戦いはあるだろうからいまのこの木達はそれに勝ってきたということか。


「よし、じゃあ次は家まで帰れ」

「えぇ」

「お前は今日死んだんだよ、だからこれからは上手くやれるだろ?」

「なんにも変わっていないけどね」


 僕がここまでぺらぺら話しているのは話すことが好きなのにこれまでは会話をできていなかったからだ。

 戻ってもまた同じ結果にしかならないと分かっているのに大人しく帰るわけない。


「ま、適当に歩くよ、釣りの邪魔をしてしまってごめんおじさん」


 お金もない、ご飯もない、なにも持っていないからどうしようもない。

 歩いていてもいつかは終わりがくる。


「分かったから止まれ」

「成人と未成年ということで僕が自分の意思でおじさんの家に行っても駄目だよね」

「いや別に連れ帰るつもりはないが」

「じゃあなにが分かったの?」

「お前が面倒くさい人間だということは分かった」


 そりゃそうでしょ、そうでもなければこんなことはしない。

 場所選びが悪い、しかもびびっている、だから僕はまだここにいるのだ。

 もうやめよう、こんなことを繰り返したところでちょっとした傷が増えていくだけだから。


「ふぁぁ~、眠たいからちょっと寝てから家に帰るよ、心配してくれてありがとう」


 自殺しようとすることに比べれば地面で寝ることなんてなんにも問題ない。

 家から遠い場所だし、これで回復させておかなければならないというのもある。

 だからおやすみ~と寝ようとしたら「おい」と。

 途端におじさんの存在が邪魔になってきたことに苦笑した。


「つか、なんで制服なんだ?」

「そんなの私服を汚したくないからだよ、あと僕、この制服好きなんだよね」

「ただの学ランだろ」

「まあ、そうだけど」


 寝よう、明日の朝になったら帰ろうと思う。

 今日は土曜日だから休んでしまうなんてことにもならない。

 自殺しようとしていた人間が気にするのはおかしいけど、生きていくなら学生である以上、通わなければならないからね。

 それで本当に朝まで寝て、自宅へと向かって歩き始めた。


「いい天気だな」


 夏だからかもしれない、奇麗な青空だ。

 意外と辛くはない、どんどんと前へと歩いていける。

 そのおかげで家には午前十時を過ぎるまでには着くことができた、けど……。


「は、入りづれぇ……」


 それでも入れる家はここしかないから入るしかない。


「おい」

「おわっ!? って、おじさん!」


 起きたときにはもういなかったから延々に会えないまま終わるかと思っていたのに変なことになった。

 車か、しかもなんか格好いいやつに乗っているぞ。


「俺はまだ三十だがな、ここがお前の家か?」

「うん、そうなんだよ」

「へえ、意外と俺の家から近くだったんだな」

「じゃあ休日になったら遊びに行ってもいい?」

「はあ? 嫌だよ、だってお前すぐにマイナス発言しそうだから」


 それなら仕方がない、挨拶をして家に入る。

 半日ぶりぐらいの家は、というか屋内はなんか新鮮だった。

 暑いのとかは全く気にならないから部屋に移動して寝転ぶ。


「よし、おじさんの言う通り昨日で昨日までの僕は死んだことにするか」


 明日からは明るく生きよう。

 別にそんなに難しいことではない気がした。




「おっはよーっ」


 挨拶は大切だ、これさえしっかりしておけば友達なんて簡単にできる。

 ただ、流石にグループの子達に話しかけるのは勇気がいるからまずはよくひとりでいる子に話しかけることにした。

 もちろん同性、異性の子は結構怖い子が多いから仕方がない。


「は?」

「おはよう、今日もいい天気だね」

「いや、誰お前……」

「僕は同じクラスの染谷紅汰だよ」


 そうか、知られていないのか。

 多分あそこにいる子も、あっちにいる子も僕のことは名字すらも知らない。

 流石に暗すぎたか、人間は自然とそういう雰囲気というのを感じ取って「こいつとだけは関わるのやめとこ」となるものなのだ。

 まだ一年生なのが救いなように見えてそうではない、自分が積み重ねてきたことで詰みそうになっている。

 それなのに不思議だよな、だって死にたいとはもうならないからね。


「あ、おはよう」

「……お、おはよう」


 うわあ、滅茶苦茶嫌そうな顔をされている。

 五月に席替えをしてからずっと迷惑をかけてきたからか。

 いまみたいに話しかけたりとかはしていなかったものの、いるだけで悪い存在となっていたのかもしれない。


「染谷の声とか冗談抜きで初めて聞いたよ」


 出席確認のときに声を出していたけど声量が小さくていつも先生を困らせていた。

 これからは迷惑をかけなくて済むのはいいことだ。


「そ、そうだね」

「ん? なんか嫌そうな感じだね、りょう

「……だってこの人、暗いから」

「え、そう? 先週とは全く違うように見えるけど」


 申し訳ない、この子のためにも廊下で過ごすか。

 いまは窓の外の奇麗な青を見ていたい。

 あれを見ながらだとどこまでも行けそうな力を貰える。


「別に出なくていいのに」

「あの子に申し訳ないから」

「本当に変わったね、先週までは話しかけても無視してきたぐらいなのに」

「ごめん、あ、友達になってくれないかな?」


 いまの間だけでこの子が怖くない子だと分かった、しかも来てくれたぐらいだから友達になってほしいと頼んでおく。

 仮にこれで断られても失うものなどなにもないから続けるだけだ。


「別にいいけど? どうせ名字も名前も知らないだろうから言っておくけど私は六反小夏ろくたんこなつ、あの子は松苗綾だよ」

「僕は染谷紅汰、よろしくね」

「私は知っているから、あの子だって染谷の名字ぐらいは知っているよ」

「そっか」


 それでも予鈴が鳴るまで廊下から戻ることはしなかった。

 授業中に見ようと思えば見られてしまうというのも問題だな。

 いやまさか十五になって奇麗な青空の魅力に気づくなんて思わなかったけど。


「染谷くん、そこ、傷ついてる」

「あ、本当だ、教えてくれてありがとう」


 学校では夏ということもあってもう半袖のワイシャツだ。

 で、冷静に見てみると彼女が言うように傷があった。

 学ランを着た状態で落っこちたのになんでだろうか。


「自分の腕なのに気づかなかったの?」

「うん、全く」


 痛みとか全くそういうのはなかったと言うよりも、背中の方が痛くて霞んでしまったというか……。

 いやでも一応二メートルぐらいの高さはあったのによくこれだけで済んだよ。

 骨折していたら今日で死んだ、明日からは再スタートとはできなかったからありがたいことだけど。


「ちゃんと意識を向けた方がいいよ、ばい菌が入っちゃったら痛くなるよ」

「ありがとう」


 彼女も六反さんと同じで優しいな。

 ちゃんと周りに意識を向けられてなかったことが恥ずかしく感じてきた。


「小夏が言っていたみたいに先週までとは別人みたい」

「実際にそうなんだ、僕は先週までの僕じゃないんだよ」

「え」

「ははは、これからはこれだから」


 あ、なんかまた嫌そうな顔をされてしまった。

 少し調子に乗りすぎたか、気をつけないとあっという間に逆戻りだぞ。

 それより今日はおじさんに会えるかな、あの人のおかげでもあるからお礼がしたいんだけど。


「おじさーん、どこー?」


 なんて、こんなことをしても見つかるわけがない。

 弟とか妹とかなら見つかるかもしれないけど、大きなおじさんじゃあね。


「やっぱり僕が見た幻覚みたいなものか」

「勝手に幻覚扱いするなよ」

「あ、おじさん!」


 これだよこれ、松苗さんなんて問題にならないぐらいの嫌そうな顔だ。

 まあ、おじさんはこのままでいい、愛想がよくなってしまったら怖いから。

 

「あのなあ、同性の年上を見つけてそんな嬉しそうな顔をするな」

「ありがとう、おじさんのおかげで変われたよ」

「俺はなにもしてねえよ」

「僕は――」

「染谷、誰それ?」


 いやまあ同じ土地に住んでいて、同じ高校に通っているのだからこういうこともありえるか。

 ただ、逃げられそうだったからおじさんの腕をがしっと掴む。

 そうしたら「なんだよ?」と面倒くさそうな顔をされてしまったけど消えてしまわないようでよかった。


「染谷?」

「ああ、この人は近所に住んでいる僕の親戚のおじさんなんだ」


 このまま乗っかってくれたりはしないだろうか。

 ほら、こういう年齢の人って若い女の子には甘いから期待ができる。

 ついでに僕はおじさんの家を知って休日は遊びに行く、なんてこともできるようになるかもしれない。


「違うぞ嬢ちゃん、こいつは馬鹿なことをした人間、そうして俺がそれを発見した人間というだけだ」

「馬鹿なことですか?」

「ああ、こいつは死のうとしたんだよ」

「えっ」


 別に嘘ではないし、知られても構わないからそうなんだと言っておいた。

 そうしたら彼女は「なに馬鹿なことをしてるの」と怒ったような顔になってしまったけど、どうしてだろうか。


「嬢ちゃんはこいつの友達なのか?」

「はい、今日なったばかりですけど」

「ならたまにでいいから相手をしてやってくれ、またあのお気に入りの場所で自殺をされても困るからな」

「分かりました」


 ああ、行ってしまった。

 なんか六反さんはおじさんが離れた後も怖い感じだから挨拶をして別れた。




「行ってきます」


 こっちが変わっても相変わらずここは変わらない。

 父も母も会話相手にはなってくれないからつまらない。

 ということで両親はもう幻覚とかそういうことにしておいた。

 文句は言ってきていないし、ご飯とかは普通に食べさせてくれるから妄想上の人物達ということにしておけばいいだろう。


「今日は曇り空だなー」


 青色ではなくてもこれもまたいい感じがする。

 暑いのが苦手な人にとってはこれぐらいの方がいいのかもしれない。


「あ、染谷くんおはよう」

「おはよう、花を見ていたの?」

「うん、ここはちゃんとお手入れがされているから見ていて楽しいんだ」

「そういえばちゃんと季節に合った花に変わるよね、すごいや」

「うん、大変だと思うから私も同意見かな」


 学校までは少し距離がある場所だから同じ方角に家があるのかもしれなかった。

 それかもしくは、好きだからわざわざ来ている可能性もある。

 仮にそうならなんか羨ましかった。

 最近でなら青空が好きだけど、これは移動しなくても見られるわけだからね。


「そういえば六反さんとは一緒に登校していないんだね」

「あ、ここが集合場所なんだよ、それにそろそろ――あ、ほら」

「六反さんだね」


 友達のために走ってくるとか可愛げがある、単に待たせていて急いでいただけだということならちょっと見方は変わるけど。

 とにかくやって来た彼女に挨拶をしてから歩き出した。

 今日の僕の目的はおじさんの家を見つけることだから朝から油断はしない、が、名字すらも知らないから表札を見ても仕方がないというか……。


「昨日と変わらないね」

「僕は僕だから」

「ふーん」


 あらら、まだ継続中なのか。

 なんとなく松苗さんには知られたくなかったからここではやめてくれと目線だけで頼んでおいた。


「てか、いきなりここまで人って変われるものなの?」

「必要以上に恐れすぎていただけだったのならそうなんじゃない?」

「で、染谷はアレでその恐れがなくなったと?」

「まあ、そうだね」


 関わった時間がとてつもなく短いからしっかり言葉にしないと無理か。

 そもそも差が大きすぎる、アレまでの自分は馬鹿だった。

 そりゃ必要以上にびくびくとしていたら失敗だって増えることだろう。

 ただひとり、よく分かっていなさそうな顔でこちらを見てきている松苗さんには少し意識するだけで人はここまで変われるんだよ、と。

 残念ながら逆効果になったのか僕や六反さんを見たりするだけで彼女はなにも言ってこなかったけど。


「染谷、綾には近づかないで」

「お……っと、別になにかしようとはしていないけど……」

「一ヶ月ぐらい見極めたいから」


 一ヶ月か、そうなると夏休みに突入するから九月以降ということになるな。

 仲良くしたいというときにそれは致命的だ。

 これまでの自分なら誘わないし、誘っていたとしても断られてそっかと諦めているところだけど同じようにはしたくない。


「ごめん、聞けないよ」

「駄目、絶対に近づかせない」


 本人の意見も聞きたいから見てみたら「え、なんでこんな話になったの?」と先程と変わらない感じだった。

 だけど松苗さん、それはこちらが聞きたいことだ。

 でも、六反さんが近づいてきていたのはそういうことだったのかと知ることができたからその点だけはいい。

 隣同士ということで迷惑をかけたこともあっただろうからこっちのことを嫌そうな顔で見ていた松苗さんが言うならまだ分かるんだけどさ。


「小夏、私なら大丈夫だよ?」

「駄目だよ、だっていきなりすぎて不自然だから」

「大丈夫、だって隣同士だから話していただけでどうせもう離れるから」


 おーいおい、このふたりは怖いなっ。

 しかも笑みを浮かべながら言っているし、やっぱり彼女の方が怖いぞ。

 怪我の心配とかも隣同士だったからというだけ、なんかある意味凄く感じてきた。


「じゃ、先に行くから」

「うん」


 やっぱり地道に男の子と仲良くなるところから始めよう。

 あの子だ、あの子と絶対に仲良くしてみせる。

 できないなら……できないならどうしよう。

 もう死にたいとはならないし、お喋りがしたいし、また寂しい生活が始まるのかもしれない。


「おはようございます」

「お、染谷か、おはよう」


 藤山先生は僕がいきなり変わっても普通に相手をしてくれる。

 というか暗いときからよく話しかけてきてくれていたから別に先生に対してなにかを変えたわけではない。


「いきなりで申し訳ないんですけどなにかおすすめの趣味ってありませんか?」

「趣味か、五百円玉貯金かな」

「なるほど」

「五百円が無理なら百円でもいいと思うぞ」


 お小遣いもくれているから真似をすることは不可能ではない。

 ペースは真似できなくてもゆっくりと貯めていければ自分のためにもなる。

 よし、それじゃあ今日から開始してみようと決めたのだった。

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