キミニアイマショウ

sunago

君、似合い、魔障

キッチンに面した大通りはいつも通り、あんねえあんねえおれ(ここで声が上ずるのだ)ん家ねぇ、今度山行くんだけどそんときねえ・・・という、まったく纏まりのない男子児童の待ち合わせる声から朝の景色を始めた。

恒例となったこの何分かが過ぎるまでの間、マチは洗い物の手を止めてまで聞き入るのだった。




そんで昨日のグレートブレイクドラゴンのファイナルモードがさあ、やべっおれまだバンバンの最新号買ってない!なんで母ちゃん5日!絶対!って言っても忘れんのかなおれらの宿題とかまいんちじゃん!しかもさーマンガってマンガの方もあるしどっちかしかダメってほんとズルじゃねえ?したらカードついてくるバンバンのがいいけど一か月に一回しか読めねーし半分くらいどーでもいいやつなのが悔しいよなーあんなガキっぽいのあれ、一年生が読むやつにかいたらいいのにな!あとネットで読める奴始まったじゃん!?あれ昔のバンバンなんだって早く最新号も出ないかなーあっダメじゃんそしたらふろく着いてこねーじゃんどうしようバンバンもうカードつかないのかなあカード買ってもらうのってなんかバンバン買ってもらうより百倍くらい大変なのなんでなんだろーなーバンバンのがでかいのに・・・


そうだねぇ。ふふふ、困るよね・・・


焼きそばエナジー味ってうまいのかな?最近はさ、カイシャで作ってるショーヒンの方がおれらが考えるやつより全然ヘンなのにめちゃくちゃ人気・・・えーと、バズってるのがなんかずっけーよな。おれだってやっていいってなったらもうあれだぜ、ドリンクバー味はぜってー出すこれがおれんなかで一番いけてる。マネ禁止だぞ!お前はやんねーか、そういうことは・・・ジンタの野郎とは違うもんな、いま頑張って秘伝のタレ考えてんだ。そんでさ、人気が出たらあれかな、いんすたにさ・・・のるのかな?朝のニュースにもなるのかな?ちゃんと食わないやつはやだ。あんなきれいなス・・・す・・・お菓子でも捨てたりするんだろ、ぜってーヤダ。あー考えるのってムズいな、肉が乗ってたらみんな食うかな?おれが食ってうまくないのもダメだなあ焼きそばってあったかいじゃんあったかいジュースはムリじゃん、あれこれ冷やし焼きそばにしたらいけるかも!やべー!!


いいね、好きだな。そういうの。


な〜〜ほんとに山行けねぇの?ん?うんうん、そっか・・・しょーがねぇよなー。おれも次のランクマッチと山行く日の夜かぶっちゃって絶対眠くなるからやめろって言われちゃってさあ、あー順位落ちんだろーなぁ。でもさあ夜のシュトコーって初めてなんだおれすっげー楽しみだし寝たらぜってー後悔するから起きてなきゃじゃん、あれ・・・十一時の・・・なんかでやってたジャンクションの世界ってやつ見た?やべえあんなんになってんだな夜って!あ写真撮ってもらわなきゃ母ちゃん起きるかな夜中に・・・姉貴はもっとダメだしあれでも車酔い強くなったってマジなのかなぜってーウソだって。LINEやってたっけ?ない?親のも?じゃまたおれんち来た時見せっから!インクパンチのプレイヤーもちゃんと残してっから絶対来いよ!作戦うまいってみんな言ってたし今度はオンやろうぜ!そんで旅行だけどさあ着いたら昼寝とかもったいなさすぎだからもう寝る時間ねーじゃん!だからとーじつは昼飯食ったら寝る!おれは!


うん、よくわかった。ありがとう。



決して気が長い方とは言えないマチがこれだけのやくたいのない話を辛抱強く聞いているのは、楽しいからでも、カードゲームやマンガらしき内容について造詣があるからでも無論ない。

側から見ていても、受け手になっている少年がどうにもまるですべての話に関して興味を持っていないことと、そんな間柄でも確かに友人関係らしきものを築いていることが不思議で仕方ないからだ。




いったい、交友関係というものは、中身そのものよりもまず維持することが主題らしい。などと実感をもって知り得たのは、大人も半ばを過ぎてからだったように思う。


学生の頃が最も“友達”にありふれていて、昨日より楽しそうな話をしている一かたまりにひょいと入っていった。覚えている限り、派閥争いだのハブだのといった制約とは無縁だった。

いつでも輪が開いていて、何用でも抜けるのは簡単だった。歓迎し、され返し、蜜蜂のようにけたたましく笑い声が交錯した。

ただ、今にして思えば自分は「面白くなさそうなグループをその日その日で品定めし、選べる立場のつもりでいた」、という見方も否定はできない。

分け隔てなく接していたつもりだったが、極端にそのフィルムが頭の中に少ないクラスメイト達はやはり“そこまでの人”だったのだろう。


そう思うたびに、マチはつくづく、そういった自分の性根がうまく隠れたまま人付き合いを出来て良かったと安堵する。軽薄などとは微塵も考えない。


事実、大学に上がってからはより有意義な会話をくれる相手を優先することを覚えた。挨拶だの世間話を経由するのは面倒でおっくうだ。

情報という生き物は、言葉で満たされた教室では飼いきれなくなるのが思春期の終わりの特徴らしい。


社会人になってからはよりドライに、そして贅沢に。楽しいものは、頼まれなくともそれらを広げて待っているソーシャルネットワークを利用すればいい。自分はそれで数限りないコミュニティを質高く効率よく味わい、それでいて無駄なやり取りなく行き来している。

過去の友人とのおしゃべりは無駄とは決して思わないが、今もう一度機会を与えられてもまだるっこしくて仕方ないだろう。


だから、彼ら二人が、いやこれはただの一例として、世間一般の交友関係への、鎖のような信頼がマチにはよくわからなかった。

Z世代と笑いたくば笑え。しかしてマチは、気は若いながらももう立派な大人である。ツマラナイに付き合う時間はない。大人だからこそ友達の輪の煩雑さをよく知っているのに、誰もがそこを取り違えてしまう。

本当にこれは不思議なことだ。愉快でも有益でもないその人から、さっさと別れてしまわない、ということが。




で、窓の外の二人が再び視界に映って、マチの単調な回想は終わる。

こしの強そうな黒い髪の毛は、行きも帰りも無理やり反対向きに被った交通帽でまったく残念なほど髪型が崩れている。男の子のポリシーは、いかに“被らなきゃダメっ”と押し付けられたこの黄色い帽子を「おれの最高にかっこいいおれ」に織り込むかにかかっている。らしい。

そういった、「最高状態のおれ」はうちそとを問わずヒステリイめいて、乱歩の合間に騒音という狂躁を引き連れ近づいてくる。手にした超良い感じの棒で楚々とした一軒家の柵を鳴らしまくり(ああ子犬でも寝てやしなきゃいいけど)、藪から蝉を片手のままでつかみ損ね、生垣の下の切り葉を蹴飛ばし、紙袋を蹴飛ばし、たまたま拾ったロウセキでこれまでの会話を横っとばしにしてこれで何が出来るかを興奮のままにまくしたて、夏休みの予定に話が巻き戻り、ランドセルで石塀と押しくらをし、無理やり電柱の間を通り、猫を大声で呼び、老屋のメダカ鉢を覗き込み、ゴミ捨て場の金網戸をしたたかに揺らし、明日の給食とテレビアニメと最近話題の最高に格好いいらしい新幹線についてをごたまぜに巻いてやっともう片方の少年の自宅前で終息した。


ダメ押しに大音声の別れの挨拶に、この時は少年もしっかりと返事をし、手を振った。



夕日を背にすると逆光がさえて、濃茶の柔毛が金色に浮き上がる。その色が廊下の暗さになじむまで待って、マチは本来なら総毛だつ程に嫌いな、自分自身も拒否し続けてきた過剰干渉的な文言を一回きり、今日こそと使うことを決めた。


────ユキくん、コウくんとはながーいお友達だよね。いつからだっけ?うんうん、保育園の年少さん。幼馴染だなぁ。ママがね、間違えてたらごめんなんだけど、最近コウくんとあんまり話が合わないなぁって思うこと、ない?ユキくんが好きなの本だもんね。変わったのをいっぱい読んでるよねぇ。凄いなあ。ママ流石にあれは難しかったな。結構怖かったし・・・そういうのがさ、ちょっとな、心配なんだよなぁ。そっかー。当たったー。ママそういうところ詳しいからなあ。わかっちゃうんだよね。大丈夫、全然ヘンなことじゃない。学校って楽しいこと色々あるの。たまにはね、他の人と帰ったり、遊んだり、したいよね。ずっと一人につきっきりじゃさぁ、上の空にもなるよねえ。う〜〜〜ん、よしっ。じゃママに教えてもらいたいな。ママはちゃんと聞くよ。ユキくん、本当はどんなお友達が欲しいのかな?どんな子とお喋りしたいの?



「コウちゃんの後ろにいる肉のうろ。今まで食べたひとの事いっぱい教えてくれる。喋る相手がいなくなると食べるんだって。もう会えない」






トルルルル、トルルルル、ルル、あっもしもしジュンちゃん?僕です。こないだ断っちゃってごめん、行けることになったから、映画。全然詳しくないから色々教えてくれると助かるんだけど、へーっ専門のお店あるんだ!カフェがついてる?すっごいね、終わったら行こう。でもコレクションはジュンちゃんちの方が多いの?それってもう・・・絶対楽しいじゃないか!厭じゃなかったら、日曜だけじゃなくてさ、うんうん、そういうの沢山聞かせて!宿題も二人でやった方が早いだろうし。うん、じゃ、これから宜しく。楽しい夏休みにしようね。

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