ANGLOR

エリー.ファー

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 涼しい夜だった。

 誰かの叫び声が聞こえない真昼の裏だった。

 情景が浮かばない。

 悲しみが目に映る。

 このまま佇むのは、私の死そのものだった。

「嫌なことがあったんだ」

「そう」

「悲しいことがあったんだ」

「そう」

「大きな声で叫んだんだ」

「そう」

「悔しかったんだ」

「そう」

「煩わしかったんだ」

「そう」

「復讐したかったんだ」

「そう」

「死にたくてしょうがなかったんだ」

「そう」

「自分を殺したいって思ったんだ」

「そう」

「拒絶したかったんだ」

「そう」

「失いたかったんだ」

「そう」

「失わせたかったんだ」

「そう」

「殺したかったんだ」

「そう」

「ぶち殺したいんだ」

「そう」

「何度も何度もぶち殺してやりたいんだ」

「そう」

「そいつだけじゃなくて、家族も、周囲の人間も巻き込んでぶっ殺してやりたいんだ」

「そう」

「吐き出したいんだ」

「そう」

「投げ捨てたいんだ」

「そう」

「上がりたいんだ」

「そう」

「掴みたいんだ」

「そう」

「大声で叫んで、喉から血を噴出させたいんだ」

「そう」

「体中をかきむしって、真っ赤になりたいんだ」

「そう」

「全員、巻き込んで死にたいんだ」

「そう」

「何もかもぐちゃぐちゃにしてやりたいんだ」

「そう」

「頭を角に何度もぶつけて死にたいんだ」

「そう」

「喚き散らしながらビルから落下して死にたいんだ」

「そう」

「眼球をくりぬいてぶっ殺してやりたいんだ」

「そう」

「爆発させたいんだ」

「そう」

「轢き殺してやりたいんだ」

「そう」

「首の骨をへし折って、そのままドブに流してやりたいんだ」

「そう」

「社会の最底辺を歩きながら吐血してる所を蹴り上げてやりたいんだ」

「そう」

「この世界にすべてを知らせてやりたいんだ」

「そう」

「ナイフを振り回したいんだ」

「そう」

「時限爆弾を作ってばらまきたいんだ」

「そう」

「食器も、硝子も、電解製品も、ぜんぶ、壊したいんだ」

「そう」

「何もかも、目に映るすべてをぶっ壊したいんだ」

「そう」

「斧で首を切り裂いてやりたいんだ」

「そう」

「チェーンソーで、胸を心臓を抉ってやりたいんだ」

「そう」

「感電死させたいんだ」

「そう」

「生きたまま、ドラム缶の中に詰めて海底に放置してやりたいんだ」

「そう」

「眼球に待ち針を何百本と刺してやりたいんだ」

「そう」

「とにかく、とにかく、なんだ。とにかく、なんでもいいから、やりたいんだ」

「何を」

「ぶっ殺してやりたいんだ」


 譲るべきではない魂がある。

 嘘を語るための夜がある。

 真実から遠い所であなたを眺める神がいる。

 あなたが強くあることを望む誰かがいる。

 あなたの無事を願う誰かがいる。

 あなたに何もかも捧げようとする精霊がいる。

 あなたは、そろそろ気付くべきだ。

 あなたは、立ち上がるべきだ。

 あなたは、あなたに期待をするべきだ。

 

 あなたは、あなたの周りは、あなた以外は。

 あなたのことをそこまで弱くないと知っている。


「そんなに、殺したいの」

「ぶっ殺したい」

「どれくらい殺したいの」

「いっぱい、何度も、たくさん、ぶっ殺したい」

「じゃあさ、そこにある死体って誰なの」

 足元に、血まみれの肉人形。

 私の手は血塗れ。

 ほんの少しの痛みが膜を張る。

「どうなの。殺せそうなの」

「ふわっと、殺すよ」

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