第32.5話 相棒

 昔、そう二、三年前に私ともう一人の子のアイシャという子の二人で冒険者をしていた。

 アイシャは親から虐待をされており、父親に幾度目かの強姦をされそうになったところを何とか逃げ出して、このポッグニアに辿り着いたのだという。

 何とかボロボロになりながらも着いた家が私の家であり、私はアイシャを匿うことにした。

 アイシャの故郷はポッグニアからだいぶ離れていて、相当な思いをして命からがら魔物のいる森に逃げ込んだことが分かって、私は放っておけなかった。

 私も古くから両親を二人なくしていて一人だったし、村には同い年くらいの女の子は少なかった為、アイシャを自然に家に迎え入れた。

 暫くはトラウマで食事が喉を通らないようだったが、私が隣で支えることで体調も精神も徐々に回復していくことになる。


 そして、アイシャが来て数年後、私の仕事が気になるといい魔物討伐に着いてくるようになった。

 私も言えたことではないが、十四、五歳の女の子が冒険者になるにはなかなかにハードルが高い。

 だが、そんな不安とは裏腹に彼女はスキルを開花させて私の冒険者の付き人から、相棒と呼べる存在にまで成長していた。

 アイシャのスキルは「言霊ソウルオブパワー」で、無制限とは言えないが、発した言葉通りになる能力を持っていた。

 例えば、パワーアップと言葉にすると筋力が上がったり、吹っ飛べと言葉にすると飛ばすことが出来る。

 そんなスキル無しな私にとって、アイシャという存在は頼れる相棒でもあり、唯一の親友とも言えた。


 そんなある日、私たちは日頃の戦績を顧みて調子に乗ってしまった。

“多分”大丈夫だろう。“多分”なんとかなる。

 という甘い考えで、私たちは自分たちの一個うえの階級であるC階級の依頼、オークの討伐依頼を受けた。

 オークとは非常に繁殖能力が高い魔物で、ところ構わず繁殖を繰り返し、個体数が異常なまでに増えるので毎年オークの討伐依頼が多く出される。

 なので、付近の森のオークは全て狩り尽くされて、全然見つけられない状況に陥った。


「ねぇ、もうちょっと奥に行ってみようよ」


 そう提案したのはアイシャだった。

 私は頼れる相棒からの提案だったので、一考もせずに森の奥地へと足を踏み入れた。

 歩いて数分、私たちは森の異様さに気がついた。

 木々の色が緑から次第に紫色に変色していって、出現する魔物も明らかに強さが上がっているのだ。


 ゾクッ。


 そう気づいた時にはもう遅く、私たちの背後には不気味な殺気を放つオークが立ちはだかっていた。

 殺気に背筋が凍り、筋肉が収縮して足が動かなくなり、腰が抜け立てなくなる。


「逃げて」


 その一言で、意識は現実に引き戻される。

 この体を縛るような殺気が充満するこの場において、何より冷静なのはアイシャであった。


「な、何を言ってるの!私も戦う…っ!?」


 何が起こったか分からない。

 一瞬目の前に何かが通り過ぎて、風が私の髪を靡かせる。


「ぎゃぁぁ!」


 劈く断末魔。

 目の前には片腕を鈍器で削り取られたアイシャが立っていた。

 その時に感じたのは、このオークは私たちを殺す気などないのだと。

 生殖活動の一環として、否…、ただの性欲処理の道具として私たちを嬲ろうという歪んだオークの笑顔が頭に張り付く。


「…逃げて」


 アイシャは痛みに耐えながら、私に笑顔を振りまき、訴えかける。

 逃げられない。逃げれるはずがない。

 全ての元凶は私が調子に乗り、強い魔物の依頼を受けてしまったことが原因なのだから。


「私も戦う!」

「やめて!私はエルが好きだから。あなたには生きていて欲しい」


 その合間にもオークはその笑顔を絶やさず、私たちで行為に及ぶことを想像してかヨダレが垂れている。

 一歩二歩と近づいてくる怪物に、何故かアイシャは怯んではいなかった。


「私が前に出る!その隙にアイシャは逃げ…っ!?」


「“エルをポッグニアまで優しく吹き飛ばして”」


 アイシャがそう唱えた瞬間、私は光り輝き体が浮遊した感覚に襲われる。

 すると突然、村の方向へと強い力によって吹き飛ばされる。


「アイシャ!!アイシャァ!!」


 私の声は彼女には聞こえていたのだろうか。

 一切アイシャは私の方を振り向くことなく、ただ住んでいた。

 空中に飛び出して、私の視界からアイシャが消えかかる瞬間、アイシャの首から上がオークの鈍器によって吹き飛ばされるところが見えた。


 私は声にならない叫び声をあげて、気絶した。

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