第32話 君ならば
朝、ゴブリンの断末魔と共に朝日に照らされて起きた俺は、寝ていた木から飛び降りる。
「うわっ!君なにやってんの?!」
下に降りると昨日出会ったエルがゴブリンを討伐したところだった。
そういえば、エルとは昨日あまりいいとは言えない別れ方をしていたことを思い出した。
「寝てただけ。邪魔してすまないね」
俺はそう言って立ち去ろうとしたが、腕を急に引っ張られて、止められた。
何この子、腕を引っ張るのが大好きなのか?
「…昨日、
ほう?そんな噂聞いたことなかったな。
まぁ、隠していたわけではないのだが、この子に真実を言うとまた怒られそうなので隠して穏便に立ち去ることにする。
「ゴブリンを討伐した後に耳を切り離したら血がついて、それが時間が経って黒く変色したのをほかの冒険者が見て勘違いしたんだろ」
「本当に?」
「さあね。それよりも、俺は先に行くよ。時間がないから」
そう言うとエルから何も聞こえなくなったので、俺は魔物を狩りつつ毒耐性を上昇させる魔法とポーションを同時並行で完成させようと思う。
魔法書とポーション関係の本はアベリーが連れ去られる前に借りていたので、
―――
王都からの情報は大きい事件であればこんな辺境の村まで伝わることは珍しくはない。
そんな大きな事件の一つが今日の早朝、私の耳にも入ってきた。
王都で発生した悪魔をギルドマスターであるアダミスさんが討伐したという情報だ。
世界で、そんな強大な魔物に立ち向かえる人はとても勇気があり、私はうらやましく感じる。
あの時、私に勇気があれば彼女を救えたかもしれないから。
それに感化され、私は朝早くからギルドでゴブリンの盗伐の依頼を引き受け、討伐完了したのだが、こんな雑魚にやっと勝てる程度の私が惨めに感じてくる。
そして、あの子に怒鳴ってしまったことを思い出し、さらに自分を殴りたくなる。
私如きが、あんな未来ある少年に口出しするべきではなかった。
…ところでそのゆうきが昨日、アサルトゴブリンを討伐したという噂が広がっていたが、果たして真実はどうなのだろうか。
そんな考え事をしていると上からガサガサと音が聞こえ、誰かが下りてきた。
「うわっ!君なにやってるの?!」
その正体はちょうど私が考え事をしていた本人のゆうきであった。
ちょうどよかったため、真実を確かめようとしたが躱されてしまった。
火のないところには煙は立たぬというし、彼の後を追いかけてみるのもいいかもしれない。
―――
「うぅん…。なんだかなぁ」
後ろにずっと人の気配を感じ、襲い掛かってくるようならば返り討ちにしようと思っていたが、一向に襲い掛かってくる気配はない。
一定の間隔を保って近づいてくる気配に流石に気になり、その気配を捕まえようと計画を立てる。
「まずは、上にジャンプ」
魂を使い、筋力を増強させた足で跳躍し、木の上より高く飛ぶ。
そのあと、気配のするところへ一気にダイブした。
「ぐえぇ」
その気配をクッションにして、飛び降りたがちゃんと衝撃を吸収してくれたようで助かった。
そのクッション君をだれか確認しようと顔を覗き込んだら、俺に乗っかられて気絶しているエルだった。
「え、なにやってんの…」
俺はとりあえずエルが復活するのを待つのだった。
「あれ、私は…」
「やあ、いい朝だね」
「えぇ、そうね。おはよう…、ってうわぁ!」
「なんだよ、人をお化けみたいに…」
飛び起きてうるさいエルは昨日とはだいぶ印象が違う。
俺の飛び乗りで頭打ったか?
「急に私に飛び乗ってきてなにをするつもりだったの!この変態!」
「ストーカーがよく言うよ。付けてきてたけどバレバレだったよ」
そういうとエルは顔を赤くしてうずくまってしまった。
「で、なにをしようとしてた?」
「え、えっと、私はうわさが本当かどうかを知りたくて…」
うずくまりながらそう言ったが、俺がアサルトゴブリンを納品したという噂だろう。
昨日は何を言っても聞き入れないような雰囲気だったけど、今日は俺が本当に強いかどうか知りたくて付いてきていたのか。
正直このまま付いてこられても邪魔になるだけだし、ここら辺で適当に強そうな魔物を討伐して満足してもらおう。
「お、ちょうどいい。あそこに
「え?あ、本当だ。もうこんな奥のほうまで来てしまっていたのね。静かに村に戻る準備をして。気づかれたら殺されるわ」
「その必要はない」
「え?」
”心臓強奪”
そう唱えると、俺の右腕にはキリングキリンの心臓があり、遠くで静かに倒れる音がした。
「え…なにをしたの?」
「魔法さ。C階級くらいの力はあるとは思ってるよ」
キリングキリンは、麒麟という神聖な動物が人の肉の味を覚えてしまって、変貌を遂げた魔物だ。
人間には貪欲になり、逃亡者を見つけたら消して逃がさない殺人鬼だ。
「うそっ…、すごい…!もしかしたら君なら」
納得してくれたと思ったら、エルは急に俺に近づいて訴えるような目でこちらを見つめるのだった。
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