第29話 死の沼地

死の沼地…、場所がわからない。

この世界の地図を頭の中に入れておくべきだった。


「お、ゆうき今日も来てくれたのか」


足に魂を付与して今まで出したことの無い速度で図書館に駆け込む。

シャノンが声をかけてくれるが、今はゆっくり話している時間はない。


「金貨だ。地図を借りていく」

「え?銅貨で十分…、ってゆうきー?」


図書館を飛び出して、屋根の上に飛び乗り最短距離で街を駆け抜けていく。

地図を見る限り、死の沼地は王都ピーコックから馬車で二、三日かかる場所のようだ。


「今のこのスピードなら速くても一日はかかるか…」


更に足に魂を付与して、今の自分が出せる限界の速度で屋根を駆け抜ける。

洗脳やらアベリーの安否など頭の中に色々な問題が浮かび上がってくるが、それらの不安を振り払うように頭を振るう。


無事でいてくれ…、そう願うばかりだ。


―――


三日三晩走り抜き、死の沼地直前の寂れた村に辿り着いた。

死の沼地からはそう大して距離が離れていない為か、大気はかなり汚れていて息を吸うだけで苦しくなる。

空は薄く紫色に変色し、大地は沼の影響か草木は一本も生えていない死の大地となっている。


「なんなんだこの村…。こんなところに人は住めるのか?」


甚だ疑問ではあるが、霧の奥には人影が何個か見えているので、こんな辺境な地に人がいることは確かだ。

村の奥に行くほど霧が濃く、息が苦しくなっていくようで、そちらの方向に沼地があるようだ。

村の名前を地図上で確認しようとするが、死の沼地の周りには村らしきものは何も見当たらない。


「…常時魂を付与して体を再生しているが…、これじゃあ俺が先に倒れるな…」


村の人に話を聞きたいが、これ以上ここに残るのは俺の体が危ない。

アベリーを助けるにしても俺が途中で倒れたら元も子もない。

対策を考えなければいけない。




一個前の村に戻り、対策を考えつつ魂を回収していきたいのでギルドに寄って依頼をこなすことにする。

この村は森に囲まれた場所にあり、村の中は薄暗いが、冒険者がかなり多い為か雰囲気はかなり明るい。

まだ昼なのだが、ギルドに備え付けられた居酒屋には冒険者が集って楽しく酒を飲みかわしている。


…こいつら昼から飲んでて大丈夫なのか?


「あら、可愛いお客さんね。依頼をする受付よ。素材の売却や護衛の申し込みはあちらで行ってね」


え?俺子供だと思われてる?

確かに冒険者はガタイがいい人が多いし、俺の身長は平均より少し、ほんの少しだけ小さいけど…。


「いや、魔物の討伐依頼を」


ぷふっ。


「え?」


何か笑われたように感じて、後ろを振り返るが特になんともない。


「あら、そうだったの。じゃあ森林鼠とかグリーンスライムはどうかしら?」


森林鼠やグリーンスライムはかなり弱く、倒しても報酬金は大して入らないので、もっと強い魔物の方がいいな。


「えー、じゃあ影潜悪鬼アサルトゴブリンで」


影潜悪鬼アサルトゴブリンは普通のゴブリンが進化した魔物だ。

知能がゴブリンよりも高く、武器は小刀を携えて影に潜む暗殺に特化したゴブリンの一つの進化形態だ。

権力者がアサルトゴブリンを雇い、一国の王を暗殺したという言い伝えがある程にアサルトゴブリンという魔物は強い。

だが…。


「ぷっふはははは!!」

「や、やめなよ…ぶふっ!」

「アサルトゴブリンを討伐って…ひひっ!」


いつの間にかギルドにいた冒険者の視線がいっせいに俺の方に向いていて、俺の事を笑っているようだ。


「あ?なんかおかしいことしたか?」

「いや、君みたいな弱そうな子がアサルトゴブリンは倒せないのよ。大人しくグリーンスライムにしておきなさい。年に数回はこういうことがあるのよ。自分の実力がちゃんとわかっていなくて、死んでしまうことが」


アサルトゴブリンの階級は確かCだった気がするが…、いつの間にか引き上げられたか?

確かにアサルトゴブリンは強いが、それは不意打ちが強いと言うだけである。

相手の土俵で戦うから強いのであって、こっちの土俵で戦えばそれほど驚異ではない。

だから、近くにある影を全て取り除けば相手のアドバンテージは潰れて、後はただのゴブリンと化す。

のはずだが…。


「ぷふっ、ごめんなさいね。君は悪くないのよ!」


なんなんだこいつら。

こんなヤツらに構っている人はないけど、馬鹿にされてる状況はあまり気分は良くない。


「ちょっと、君。こっち来て」


いきなり腕を掴まれて、強引にギルドの外へ引っ張り出される。

俺の腕を引っ張っているのは俺と同じくらいの年齢の女の子だった。


「お〜、エル〜!その餓鬼にちゃんと冒険者の厳しさを教えてやれよ〜」


冒険者は口々にその女の子にヤジを飛ばして、揶揄っているようだった。


なんなんだ、この村のギルドは。


俺は引っ張られるままにその女の子について行くのだった。



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