第23話 見えざる手

「今から私があの悪魔に特殊な魔法を放ちますので、アビス・アガルドから出てきた悪魔を殺してください」


 そう小声で囁くと、アダミスは後ろの方で魔力を集中させる準備に入った。

 みるみるうちに魔力がアダミスの掌に集まっていくが、恐らくまだ足りない。


「なるほど、俺は時間稼ぎか。何をやるかは分からないけど、策が無い以上それに縋るしか無さそうだ」


 もう既にフラフラとまともに立てないほどに、憑依体アビスの体は限界を迎えている。

 ここから奴が取る行動としては、逃げ一択だと思っている。

 兎に角ここから逃がさないように、俺自信が奴の鳥籠になってやる。


「あ…?おい、なんだその魔力は」


 逃げるかと思ったが、後ろのアダミスの魔力が気になっているのか、行動に出ずに棒立ちである。


「なんだその魔力はと聞いているッ!」


 突然、怒りの形相に変わったガビエルは俺を無視してアダミスの方へと一直線へ向かっていく。


「戦う相手はこの俺だ!」


 付与で強化された動体視力と反射神経で、横を高速で通り過ぎる前に顔面に拳を叩き込む。

 歯軋りをしながらも吹っ飛ばされるが、ゴミの山を踏み台にして加速し、再びアダミスへと攻撃を仕掛ける。


 高速の中で行われる一瞬の攻防に、紙一重でアダミスへの攻撃を阻止するが、ガビエル攻撃にキレが増してきている。


 あんなにフラフラだったのになぜこんなに動ける?

 俺の強奪より、アダミスのこの魔法の方が危険と判断してなんとしてでも阻止しようとしているのか?


 そんな考察すらする余裕もなく続いた刹那の攻防は、三十秒という短い時間を一時間以上に体感させる緊迫感であった。


「出来ましたわ!行きます!」


 戦いに集中していた俺を現実に引き戻すかのように発せられたのは良く通る美しい声。

 最後の方は我武者羅に最後の力を振り絞り、戦っていたガビエルは、次の攻撃を確実に当てんと今までの中で最高スピードで突っ込んできた。

 俺はその隙に上空に飛び上がり、盤面はアダミスとガビエルの直線対決となる。


 先に行動したのはガビエルである。

 漆黒の凶爪を更に暗く黒く染め上げた、闇を制す黒爪で、そのか細い胴を切り裂かんとする。


 一歩遅れたアダミスであるが、その顔は余裕の表情である。

 まるで日々のルーティンをこなすかのように、その心は冷静であった。


 その理由は0.01秒後に理解出来た。


邪を滅する不可視の神手ディスヴァインド・シェル


 神々しい光と共に放たれたその輝きは、優しく抱擁をするかのように悪魔わ包み込む。

 あのおぞましかった禍々しい気配も一瞬で消え去り、輝きの中で悪魔とアビスは見えざる手にて引き剥がされた。


“強奪”


 すかさず俺は、悪魔から心臓を全て奪い取り息の根を止めた。

 悪魔はそれと同時に体を維持出来なくなったのか光の粒子となって空へ霧散した。


 ―――


「ありがとうございます。ゆうきさん」


「あぁ、こちらこそ。アダミスがいなければアビスを本当に殺すことになっていた。あ、因みに敬語はいらないぞ」


 悪魔を滅ぼしたスラム街は悲惨な結果となってしまった。

 何十人も死んでしまったし、スラム街の人達の家も消し飛んだ。

 でも、むしろここまで被害が抑えられたのは重畳だった。


「ならそうさせてもらう。あぁ、敬語って本当に疲れる」


 別の意味でも疲れてそうな顔をしたアダミスだが、かなり印象が変わる。


「なんで敬語なんて使ってたんだ?」

「無駄なトラブルを防ぐ為だ。実力が高い奴って、自分が最強だと思ってるのが多いからめんどくさいのだ。少しでもトラブルを無くすために、敬語を使った方がいい」


 ふ〜ん、確かにそうかもしれないな。

 ギルドマスターという立場上、簡単に暴力では解決出来なさそうだし…。


「まぁとりあえず、王に報告しなければな。君はどうする?来るか?」


 この王都ピーコックの王と対面出来るのか。

 いい経験になると思うが、別に会いたいと思わないし、俺がかなりこの事件に関わったとなれば、今後この王都で過ごしずらいことになるだろう。


「アダミスが全て解決した事にすればいいよ。証人は全員死んでしまったから…」

「そうか。なら私一人が報酬全て貰うけどいいか?」


 俺は適当に返事をして、寮に帰ることにした。

 帰り際に、「君が気に病むことは無い」とアダミスに言われたが、別にそんなことを気にしてなんかいない…。


「…顔に出てたか。他人とはいえ、人が死ぬって言うのはここまで心に来るものなのか」


 俺は帰り道、ガビエルに殺されてしまった冒険者たちを祈りながら寮をめざした。

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