第19話 特別依頼

「現在より、この王都ピーコックに潜伏しているという悪魔を討伐したいと思う。これにあたって、複数の少数グループを私なりに考案してみたのだけれど、疑問がある者は?」


 特別依頼スペシャルリクエストが届いたその翌日、私は王都に在住している高階級冒険者や今ちょうどこの街に来ている強者に声をかけまくって、悪魔討伐に備えている。

 悪魔の強さは未知数であり、出来るだけ万全の準備を期して挑みたいが、この王都に潜伏しているというのは非常にまずいことである。

 時間が経ち、噂がひとりでに王都を駆け巡り始めたら民の混乱は避けられず、悪魔を取り逃したり、最悪の場合死人が出る可能性すらある。


「なぜ、三〜四の少数グループなんだ?」

「それは単純にバラけて捜索隊の数が多いほど見つけやすいと思ったからだ。王都は引くほど広い。けど、このグループ数だと見つけたとしても数分以内に合流することは可能でしょう」


 集めたのはざっと二百人程度で、グループ数は四十前後。

 こんな団体が街中で何かを血眼で探していたら、流石に民にも怪しまれるし、少数精鋭で捜索した方が効率もいいだろう。


「つまり、グループごとに別れて探索。見つけたら数分悪魔をその場に留めさせるか、攻撃してくるようなら耐えつつ、味方の援護を待つ。味方が集まり次第、早急に討伐…、という流れか?」

「その通りだ。これは特別依頼、勝利条件は悪魔の討伐!皆、気合い入れていくぞ!」


「「「「おおおおおお!」」」」


 早朝のギルド内に眠っていた小動物も目覚めるような、気合いの一声が響き渡った。


 さて、今日は長い一日になりそうだ。


 ―――


「よろしくな、アビス」


 俺はなぜこんなことをしているのだろうか、そう考えながら差し出された手に握手をする。

 昨日の夜、ギルドマスターのアダミスという人から明日何があるか、そして何をするかを直接聞かされた。


 悪魔?百人以上の討伐隊?

 訳の分からない話だが、俺が成長をする機会を与えてくれているのなら、乗る他なかった。


 だが、グループごとに分けられて捜索するとは思わず、やりづらさを感じる。

 やはりあいつを倒す為にはタイマンでの強さが必要だ。

 魔法なんかじゃ倒れない肉体と小細工では折れない拳を。


「まぁ、アダミスさんがあんな気合い入れている光景は冒険者の時以来だったけど、悪魔がこの王都にいるとは考えずらい。気楽に行こうぜ」


 するともう一人の方が、そう言って場を和ませようとしている。

 こんな空気ではもし本当に出会った時に対処が出来なくなる。

 今日は死ないと思っている奴は、死に直面した時に抵抗出来ずに呆気なく死んでいく。


「…は?」


 と、その時はそう思っていた。


 探索を始めて一時間以上経過した時、俺たちはスラム街に来ていた。

 だが、そこは異様な雰囲気が漂っていて、全身が、本能が逃げろと伝えていた。


「おい、早く移動し」


 スパッ。


 そんな野菜を切るかの如く、あの握手した男の首が胴体から離れる。

 綺麗な断面図からは真っ赤な鮮血が噴水のように吹き出している。

 そんな、意味のわからない状況に俺の頭はパニック寸前になり、なんとか落ち着かせる為に放った言葉が「は?」であった。


 状況を鮮明に理解していく。

 目の前の死んだ冒険者をやったのは間違いなく悪魔だ。

 間違いない、これは人間業じゃない。


「うわぁぁぁぁあ!?!」

「おい落ち着け…!」


 俺よりも大人であり、高階級冒険者であろう男が俺より先に心が折れて顔の至る所から水が流れ始めていた。


「まず、体制を立てな」


 スパッ。


 またしてもあの綺麗な断面図が目の前に出現して、発狂しそうになるが何とか抑え込む。

 このまま、何も抵抗出来ずに死ぬのだけは絶対に嫌だ。

 ではないと、俺の人生が無価値になってしまう。


「…深い憎悪。貴方はとてもいい人間だ」


 気配もなく後ろに現れたその者は、黒い紳士服に身を包んだ人間の皮を被った化け物だった。

 明らかに異質な雰囲気を放ち、人間である姿とその雰囲気の歪さが頭を混乱に導く。


「…何を言っている?」


「憎悪、怒り、劣等感、焦燥…。復讐か。復讐ならば私が力を貸そう」


 復讐…だと?俺の心を読んだとでも言うのか?

 それに力を貸す…?


「ほら、思い出そう。あの時の記憶を」


 気が付かぬ間に背後に廻られて、頭を強く押さえつけられた。

 その瞬間、ゆうきに不正されて負けた場面、兄が病院で倒れている場面が脳内に再生された。


「そう、その香り良き感情。…ふひ、貴方は力がないとその者には勝てない。そして、目の前には力を貸与する者。あとは分かるだろう?」


 最近忘れてかけていた感情が、心の奥底から間欠泉のように一気に競り上がり、脳内で渦巻く憎悪と成った。


「コロス、コロス、コロス…」

「いい、とてもいい感情だ。さて、力を欲しろ」


 その先は真っ暗であり、踏み込んでは行けない道であることが何となく頭で理解出来た。

 だが、それ以上にその道の先の真っ赤な激情が俺を歪に照らしていた。


 俺は気づけば暗闇の道に足を伸ばしていた。


 俺はその先にある赤き光に照らされて、目の前にあるひとつの感情しか見えなくなっていた。

 けど、これでいい。そのひとつの感情だけが見えていればそれで。


「そのひとつの感情は」

「ゆうきなる者を殺す、ドス黒い渦を巻く殺意のことだ。ふひ…、さぁ復讐劇と行きましょう」


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