第16話 その怒り、不定形の闇を纏いて

 ガイダンスが終わり、午後の時間は暇となったのでSクラスの寮を見学することにする。

 Sクラスは諸々の諸経費がかからないので、もちろん寮や学食もただということになる。

 家がない俺とアルスはもちろん寮を活用させてもらうことにする。


 寮は学校の敷地内の端っこに設置されており、横に長い建物となっている。

 一階が共有スペースやワークスペース、ジム、食堂などの有り得ないほどに充実した施設が揃っており、宿屋の何倍も快適に過ごせるだろう。

 そして、二階は俺たちの個別の部屋になっている。

 寮を利用しない者もいるし、そもそも人数が少ない為、部屋はかなり余っているので好きなところを自分の部屋に出来る。

 俺はとある事情で建物の一番真ん中辺りにある部屋を使うことにした。


 部屋に入ると約十畳ほどの空間が広がっており、ベットや机等の家具は全てある至れり尽くせりの個人部屋であった。


「この学校とてつもない金持ちだな…。流石は王都一の学校と言われるだけはある」


 さて、なぜ俺が左右前後に人がいない真ん中辺りの部屋を選んだかと言うと、この喧しい奴がいるからである。


「ワン…?」


 俺の魔法袋マジックバックから飛び出してきたのはモフカである。


 不思議そうな顔をしているが、マジックバックの中身は時間が停止するから、モフカからしたらいきなり瞬間移動したように感じたのかも…?

 だからあんなアホズラを晒しているのだろう。


「ワン!」


 そう、犬を飼う上で一番気をつけないといけないのは隣人トラブルである。

 マジックバックの中にずっと入れておくのも手ではあるが、流石にそれはモフカが可哀想だし、生物の時間停止など世の理から外れてるので、あまりやっていい事では無い気がする。

 時間停止して何か異常が起こらないとは言いきれないし、本当に隠したい時にだけマジックバックに入れることにする。


「いいか、モフカ。ここは色んな人が住んでる建物だ。お前が吠えまくるとうるさいだろう?」

「ワン!」

「おう、その音量で返事は頼むぞ〜!」


 やはりこいつは頭がいいな。

 俺が犬扱いしてるから、時々忘れるがこいつもちゃんとした魔物なのだ。


「だが、魔物とは思えないほどに可愛いよなぁ〜」


 ガシガシと頭のなでると、舌をだらーんと出して気持ちよさそうにしている。


「あ〜、ずるい!私も撫でます!」

「え?アルス!?」


 ここが男の部屋だということを分かってないのか?

 アルスは靴を適当に脱ぐと正座の姿勢でズザーと滑って、モフカの頭を撫で始めた。


「あ!犬だ!犬だ犬だ犬だ!!」

「今度はなんだ!」


 後ろを振り返ると、またあの金髪の女がいて、同じく靴を適当に脱ぐと俺の部屋にズカズカと上がり込んでくる。

 女の子二人が犬を撫でまくる光景は癒されるはずだが、この二人だと何故か癒されない。


 何故だろうか。


「モフカも今知り合った人間に撫でられてそんな顔をするなよ…」


 しばらくモフカの撫でられタイムは続くのだった。


 ―――


「で、お前はなんて言う名前なんだ?」


 ひとしきり撫でられたモフカは満足したのか、窓の縁に登って外の景色を見始めた。


 俺はそのタイミングを見計らって、金髪の女に名前を聞くことにした。

 毎回タイミングを逃していたので、今回は聞いておかないと。


「あぁ、確かに名乗っていなかったね!私の名前はアベリー。君の名前は?」

「俺はゆうき。魔法使いだ。とゆうか、その少年という言い方やめろよ、同い年だろ」

「君と同い年…?はっはっ、そんな訳ないでしょ」


 早生まれってことか?

 そんなんじゃ年上年下なんてほぼ無いようなもんだろ。


「あ、私はアルスです!よろしくお願いしますね!」

「あぁ。アルスちゃん、よろしく。しかし、アルスか…、どこかで聞いたことあるような」

「え…?き、気の所為じゃないですか?」


 ん?二人は知り合いなのか?

 だが、アルスの方はかなり動揺してるようだが…。


「むぅ、気の所為だな。じゃあ一頻りモフったしそろそろ自分の部屋に戻るとするね!じゃね、お二人さん」

「おう、お前も寮か。じゃあまた明日な」

「あっ、そうそう。この寮の壁はかなり薄いから気をつけなよ〜、にひひ」


 あの野郎、嫌なからかい方しやがって…。


「あ、いや…、え…。そ、そんなことは…しません…」


 あぁ〜!待ってアルスの顔がまた真っ赤になっていく!


「早く帰れ!ばか!」

「ごめごめ!アルスちゃんもまた明日ね!」


 全く…、アイツと絡んでいると毎日の消費カロリーがとんでもないことになりそうだ。


 これからの学校生活の苦労を想像してしまい、少し鬱な気分になる俺であった。


 ―――


 医療室には画面が歪んでしまっている兄の姿があった。

 顔面の骨自体が歪んでいるようで、治癒魔法でも治るのにかなり手こずっているようだ。


「おい、兄は大丈夫なのか?」

「あ?まぁな、命に別状はねぇ。しかし、どうやったらこんなに顔面が歪むんだ?相当強烈な魔法を食らったか?」


 顔はかなり綺麗な整っているが、言葉遣いがかなり残念な保健室の教師はそう言って、この傷の考察を始める。


「不正をしたんだ。あいつはな」

「お、これをやった奴の心当たりがあるのか。つーかてめぇも使役した魔物で戦ってたじゃねぇか。一緒だろ」

「一緒じゃねぇ。俺…、いや俺たち兄弟は不正をしてもいいのさ」

「はっ、なんて自己中な奴らだ。そんなことはどうでもいいが、復讐するつもりならやめときな」


「何故だ…?なぜそんなことを言う…!」


 抑えていた怒りが、この女の一言で少し決壊してしまった。

 落ち着け、この怒りはあの男に全てぶつけるんだ。


「ここ、歪んだ顔の箇所、お前には分からないかもしれないが、魔力の残滓がある」

「ふんっ、それくらい分かる。確かに微かだが残滓が残っているな。じゃあ奴はやはり魔法を…」


「…分かってねぇな。やはり復讐は辞めておけ」


 この女…、ムカつくなぁ…?

 こいつもあいつのついでに殺してやろうか。


「辞めておけ、この程度の情報すら正確に読み取れない小物が私を殺すなど、烏滸がましいにも程があるぞ」


 …!?こいつ、俺の思っていることが理解出来るのか?


「…どうゆう事だ」

「貴様程度の弱者が魔力の残滓を読み取れるということは、この魔法を放った者はとてつもない強者であるという証だ。実際、私にはこの魔力残滓は強大に感じ取れる」


 …この女は確かに強い。

 俺程度ではこの女に指一つ触れられずに殺されてしまうだろう。

 だからこそ、こいつの言ってることが理解出来るし、信ぴょう性が高い。


「ちっ、兄を頼むぞ。死なせたら殺しにくる」

「おうおう、任せとけ。弱き若者よ」


 今は力が…、力が欲しい…。

 ではないとあいつを殺せない…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る