第7話 ペア

「いい雰囲気だな。心が安らぐ」


 ここは石壁に守られた街の中にあるカフェのような場所だ。

 時間は太陽が少し中心から動いた場所にあったので、大体二時くらいだろう。

 まぁ、これも地球の常識だからこの世界で通用するのか分からないけど…。


 そう思いながら、目の前にあるカップを手に取り一口。

 あまい香りが漂うラテのようなもので、日本のものと比べると二、三段階レベルは低いだろうが、十分飲める美味しさだ。


「§☆◎※◎※…?」


 何を言ってるかわからなかったが、首を傾げてたり、疑問形のような語尾の上がり方だったので、この飲み物が美味しかったか聞いてるのだろうと察して、指でOKのジェスチャーをする。


「ワン」


 モフカも近くで水を飲んでいて、俺と同じように彼女の気持ちを察したのか返事をした。


 さて、こんないい場所に連れてきてもらって、お願いするのは少し心苦しいが、俺がぶち当たった問題について彼女にも協力してもらいたいのだ。


「えーと…」


 俺は手でジェスチャーをしながら、自分はこの世界の言葉が分からないことを伝える。

 彼女もそれに一生懸命理解を示そうとしてくれていた。


 次第に彼女は「あ〜、なるほどね」、みたいな顔をした後に、手で家のようなジェスチャーとベットのようなジェスチャーをした。


 つまり、貴方の事情は分かったから泊まる場所を確保しないとね、みたいなことだろうか。

 確かに寝泊まりする場所は大事だ。

 だが、宿屋にも金銭は発生するはず…。ついさっき知り合った謎の犬連れ不審者にそこまでする義理はないだろうに…。


 だが、彼女の笑顔を見ていると本当にただ善意で俺を助けてくれようとしているのが理解出来て、心が暖かくなる。

 この世界の未知なる場所に来てかなり不安だったが、この笑顔を見ていると落ち着く。


『お!いきなり女の子をナンパかな?』


 はっ…!なにか頭の中に直接語りかけてくるような感覚がある…。

 この子供のような声はまさかルメ!


『正解〜、当てた君にはご褒美として翻訳魔法を伝授するよ!やり方は簡単、翻訳したいと念じるだけで発動完了!魔法の維持は大変だけど、君の魔力量ならたとえ一年間発動しっぱなしでも大丈夫!』


「ちょっ、翻訳…?」


『じゃね!ナンパが上手くいくように神様にお願いするといいよ?例えばルメとかいう神様に…ね!』


 ……………。


「あの、大丈夫…?急にどうしたんですか?」

「あの人ぉぉぉ!!翻訳魔法があるなら…!早く伝えろよっ!暖かくなった心が氷点下まで下がっちゃったよ!」

「わぁ!ど、どうしたんですか?」

「あ、翻訳されてる。いや、なんでもないよ。急に驚かせてごめん」


 本当に翻訳されている…。

 しかし魔法とは本当に便利だな。

 こんなご都合魔法まで存在するとは思わなかったよ。


「あれ…?急に貴方の声が理解出来るようになった…?」

「そう…だね?俺も不思議なんだけど、魔法っていうのはそういう便利なものもあるらしい」


「魔法使いなんですか!!!」


 急に席をバンッ!と立ち上がり、キラキラした目でこちらをじっと見つめてくる女の子。

 魔法使いに憧れているのか?


「ま、まぁね。だけどまだ勉強中だよ」


 女の子はコクコクと頷くと、なにか言いたそうにモジモジし始めた。

 何だ急に…?


「あの!私のペアになってくれませんか!」


 すると何かを決心したように、口を開いて彼女は勢いで恥ずかしさを誤魔化すように早口で話し始めたのだった。


「そこの二人、痴話喧嘩は他所でやんな〜」


 彼女のその大声を、遂に見兼ねたのか、厨房から男の人の気だるそうな声が聞こえてきた。


「ち、痴話…。ちがっ」


 その男の人の声で周りの客も気になり始めたようで、彼女に一気に視線が集まる。

 そんな視線の雨に晒された彼女の顔はまるで茹でダコのように真っ赤に染まり、フラフラと椅子に座り込んで顔を両手で隠してしまった。


 ―――


 場所は変わり、俺たちはあの門からかなり歩いた場所にある人気の少ない路地にいた。

 彼女の顔が真っ赤になっていたので、なるべく人が少ない場所へと移動していたらここに着いたのである。


「あの〜、大丈夫…?」


 彼女は未だに顔を両手で隠して俯いている。

 あれ?そういえば顔を隠しているのにどうして俺に付いてこれたんだ?


「は、はい…。先程はすみませんでした…」

「いやいや、大丈夫だよ。ところで君の名前は?」


 翻訳されたのついさっきで、彼女が自己紹介していても理解出来てないと思うので、もう一度自己紹介をお願いする。


「私の名前はアルスです。剣魔学校に入学する為に、この王都ピーコックに訪れました。剣士の私はこの剣を持っていて、これは私の誇りです!」


 青色の髪を靡かせて、冒険者の様な機能性だけを求めて作られた地味な服装を纏う女剣士、アルス。

 背中から取り出すのはロングソードであり、その刀身の輝きは素人の俺が見ても素晴らしいと言える代物で、柄の綺麗な装飾もとても印象的で頭に焼き付く。


「俺の名前はゆうきだ。剣士か魔術師かと言われたら魔術師になるな。それで、その剣が誇りというのは?」

「はい!これは私の父親の使っていた剣なのです!父は私が幼い頃に無くなってしまった為、あまりよく覚えてませんが、よく持っていたのは覚えています。私はいくつかの父の功績を見て剣士として育ってきました」


 なるほど、だからこの剣は“誇り”なのか。

 父親も死んでもなお尊敬され続けるとは、偉大な人だったんだろうな。


「なるほど、父親が憧れなんだね。それで、さっきのペアになってくれって言うのはどういうこと?」


 俺がそう言うと、またアルスはモジモジとし始めて何だか居心地が悪そうになる。


 え?なにペアってなんかイヤらしい意味でも含まれてるの…?

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