第3話 渋谷鋼は推理する





 クスリと、女教師は笑う。


「こういう時、ミステリーの悪役は、こう言うのかしらね。証拠は?」


 美しい唇の口角が、不敵に上がる。


「ありませんよ。半年も前の事件です。証拠なんて、とっくに犯人が処分したに決まってる」


 僕は平静に言う。


「あら。それじゃあ、話にならないわ。ミステリーならば、駄作ね」

「いいえ。根拠ならあります。それに、池袋先生が白状する必要は、もうないんです」

「……どういう事?」


 女教師の目に、鋭さが宿る。


「接近回避の心理。ご存知ですか? ミステリーで、犯人がしてしまう行動です。現実であれ創作であれ、名探偵が犯行を暴こうとしている時、犯人には四つしか、やれる事がありません。一つ、名探偵の口を塞ぐ。殺すか、おどすか。二つ、名探偵を説得して捜査を辞めさせる。三つ、証拠を隠滅したり、捜査を妨害する。四つ、関係者から離れ、無関係を装う。まず、僕は殺されても脅されてもいない。泣き落としだとかで、味方に引き入れようとする人もいなかった。そして学校という環境は密室に近い。犯人は逃げられない。逃げれば犯人だと自供するに等しい。更に、この半年間、学校から逃げ出した者はいない。その事については、池袋先生が見せてくれた資料が証明しています」

「そういえば、そうね。それで?」

「つまり、犯人は僕らの捜査妨害を選んだことになる。そして、捜査情報を知るために選択したのが接近回避です。さも、協力者である風を装って捜査を妨害するやり方ですね。ですが、僕らはまだ、嘘の証拠や証言を与えられていない。犯人は、近くから僕らを観察して、事実から遠ざけるチャンスを狙っている段階。と言えます」

「だから、捜査している事をわざとらしく見せつけたのね。私を釣る為に。でも、自白を必要としないって、どういう事かしら?」


 少しだけ、女教師の言葉に焦りが浮かぶ。

 僕はここぞと畳み掛ける。


「いけないとは思ったけど、一昨日、先生のアパートに忍び込みました。だって、怪しかったから。で、先生の携帯端末も覗かせて貰ったけど、見つけましたよ」


 と、僕は自分の携帯端末の画面を見せつける。そこには、池袋先生の携帯端末の画面の写真が写しだされていた。


『たすけて』


 画面には、そんなメッセージがあった。


「北村真美は何者かに命を狙われていた。池袋先生は助けを求められて、北村先輩が自殺したことにした。そして、彼女は自宅にかくまわれた。一時的な措置そちであれ、北村先輩を社会的に殺したことになりますね。警察にも事情を話して作戦に乗って貰った。だから事件化されなかった。自白が必要ないというのは、もう、です。昨日、月子と北村家を訪れて、池袋先生の協力者だと言ったら、ご両親はすんなり真美先輩に合わせてくれましたよ。先輩、元気でした。月子は泣きじゃくってましたけど」


 僕は、証明を終了した。

 池袋先生は、酷く驚いた顔をして、暫く言葉を失っていた。やがてその表情は曇り、溜息を一つ。


「驚いた。全部正解よ。そう。私は北村さんを守る為に、自殺を偽装ぎそうした。でも不味いわね。知った以上、渋谷君も危険だわ」

「ですよね。北村真美を狙っている人物にしてみたら、この状況は……」


 言い終わる前に、ガラリと、部室の扉が開き、突然、大きな影が飛び込んで、僕にバットを振り下ろす!

 ガツリと、鈍い音。

 痛烈な打撃にやられ、僕は床に這いつくばってしまう。池袋先生も、悲鳴を上げる前に打ち据えられて倒れた。

 ぼんやりした視界の隅、太い腕が、教卓の裏に差し入れられる。その手が取り出したのは、盗聴器だった。全て、聴かれていたのだ。


「困るんだよな。本当に」


 そう言って僕らを見下ろしたのは、体育教師の日暮里にっぽりだった。







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