第2話 二人きりの捜査







 月子つきこの家は、僕のアパートの隣の隣の隣。すぐ近所だという。

 帰り道、僕は自宅近くの公園で、月子から詳しく事情を聴いた。


「あの学校ではね、去年飛び降り自殺があった。ううん、あった筈なの」

「あった……筈?」


 僕は思わず聴き返す。

 どうやら、僕の学校では去年の冬、飛び降り自殺があったらしい。らしい、と、いうのには訳がある。

 死体が見つからなかったのだ。

 時は半年前。僕が入学する前の出来事だ。その日の朝、校舎から何者かが飛び降りたらしい。落下地点と思われる場所には大量の血痕けっこんが見つかり、警察が呼ばれた。だが、死体は発見されなかった。それでいて、その前日から行方不明になった生徒がいる。

 北村きたむら真美まみ、という生徒だ。

 北村真美はイジメを受けており、そのせいで自殺した。なんてうわさもある。証拠がないので、それが事実かは不明だ。


「つまり、北村真美は飛び降り自殺をしたけど、何者かがその死体を隠した。だから警察でも死亡案件にならず、単なる行方不明事件として扱われ、現在も捜査が続いている」

「そうよ。やっぱ、はがね君は頭が切れるね」

「で、その北村先輩の死体を、どうして葛西かさいさんが探しているのかな?」

「月子でいいよ。あとね、真美まみちゃんは私の友達だったの。見つけて、ちゃんとお墓で眠らせてあげたい。花を供えてあげたいの」


 と、月子は悲しげに微笑する。その眼には、薄く涙が浮かんでいた。


 🌙


 僕と月子は、翌日から捜査を開始した。

 とはいえ、やったのは、飛び降りがあったと思われる地点を調べる事。それだけだった。


「うううん。何もないわね」


 月子が不満気に言う。

 落下地点には、血痕はおろか、その痕跡すらも残されてはいなかった。


「それはそうさ。事件があったのは去年だよ。証拠なんて、とっくに処分されてる」

「え? じゃあ、どうして調べるの?」

「いいから、いいから」


 僕と月子は言い合って、それからも捜査を続けた。事件現場通いは翌日も、その翌日も行った。


「なあ、お前ら、いつもそこで何してんの?」


 好奇心が強い、何人かの生徒から声をかけられた。


「飛び降り自殺の調査をしてるんだ。犯人を捕まえようと思って」


 僕は、いつもそんな風に答えた。


「はっはっは。探偵ごっこも程々にしておけよ?」


 そんな風に、僕らを笑う者もいた。体育教師の日暮里にっぽり先生だ。

 日暮里は、オリンピックに出場した経験があるらしい。でも、とても怒りっぽくて、突然、脈絡もなく怒鳴ることがある。しかも汗っかき。僕の苦手なタイプだ。


 🌙


 捜査開始から、三日目のことだ。


「ねえ。あなた達、いつも二人で何をやってるの?」


 声をかけてきたのは、池袋いけぶくろ先生だった。


「北村真美の死体を探してるんです。犯人を捕まえようと思って」


 僕はいつも通り答えた。


「犯人? 確か、北村さんは飛び降り自殺をしたんじゃなかったかしら?」

「僕は、そう考えていません。必ず死体を見つけて、北村先輩を殺した犯人を捕まえる」

「面白いことを考えるわね。だったら、何か協力しましょうか?」

「ありがとうございます。それなら、当時の騒ぎについて詳しく聞かせてくれますか?」

「ええ。いいわよ」

「……随分と乗り気ですね」

「好きなのよ、ミステリーが。江戸川乱歩とか、名探偵……なんだっけ? そういうの」


 それから、僕らは池袋先生と少し話をして、昼休みを終えた。


「魚が釣れたよ」


 別れ際、僕は池袋先生の背を見ながら呟いた。月子は驚きを浮かべ、僕の横顔を見ていた。


 🌙


 僕と月子は放課後、池袋先生から過去の学校の名簿やら、様々な資料を見せて貰った。すると、ここ半年の間、他校へ転校した生徒はおらず、学校を辞めた教師もいないことが分かった。

 と、いう事はやはり……。言いかけた言葉を飲み込む。結論を出すにはまだ少々早い。

 まだ、決め手が足りない──。


 🌙


 それから二日間をかけて、僕と月子は協力して、調査と準備とを完了した。

 月子はとても素直な性格で、僕の推理について疑わなかった。僕は捜査の為に、とあるアパートに忍び込んだりと、少々危なっかしい事をやった。だが、月子は、その時も素直に見張り役を買って出て、僕を手伝ってくれた。僕は月子の素直さに驚いて、疑問を口にした。すると月子は、


「私が渋谷君に協力してるんじゃない。私に、渋谷君が協力してくれてるの。私が私の眼で渋谷を選んだ。だったら、貴方の推理は尊重するし侮らない。必要なことがあればなんでもやる。それって当然でしょ?」


 なんて、真顔で答えるのだ。

 裏を返せば大した自信家だと思う。僕は、そんな月子の危うさというか、純粋さみたいな物に、益々惹かれていった。そして月子は月子で、どこか、僕との捜査を楽しんでいる風だった。


「ありがと。でも、過大評価されるのはちょっとプレッシャーだな」

「諦めなさい。もう、私にとって渋谷君はとっくに名探偵だよ。でも安心して。私って、人を見る眼だけは自信があるの」


 と、月子は悪戯めいた微笑を浮かべた。


 🌙


 金曜日の放課後、僕は池袋先生に声をかけた。二人きりで話したいと言うと、先生は、文芸部の部室へと僕を連れ込んだ。池袋先生は、文芸部の顧問こもんなのだ。


「で、話って何なのかしら?」


 窓際の池袋先生を、澄み切った斜陽が染め上げる。その姿は、ハッとする程に美しかった。


「北村真美を殺した犯人が解りました」

「へえ。犯人は誰なのかしら?」


 僕は、池袋先生をじっと見据える。


「北村真美を殺したのは、池袋先生です」


 僕が言うと、北村先生の眼に、微かに鋭い気配が浮かぶ。重く鋭い沈黙が、オレンジ色の教室を包んでいた。




               

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