月の花

真田宗治

第1話 転校生はポニーテールだった





     月の花



        作 津藤つとう正陰まさかげ(真田宗治)







 葛西かさい月子つきこはゲーマーだった。


 月子つきこが僕の中学校に転入してきたのは、一学期の中頃のことだ。

 小柄で、くりくりとした眼に黒髪のポニーテールに、活発そうで、優し気な顔立ち。見た瞬間に僕の心臓は高鳴り、授業中も、眼は、ずっと彼女に釘付けだった。

 月子は、自己紹介でゲームオタクを自称した。その言葉通り、古い小さなゲーム機を携帯していた。三世代も前のゲーム機だった。ただ、名作ゲームソフトが沢山発売された機種である。なので、そのゲーム機は、コアなゲームファンの間では、今も高い人気を誇っている。


 🌙


 転校初日の放課後、月子はクラスメイトに誘われてトランプに興じた。ポーカーにブラックジャック、その全てで、月子は一人勝ちをした。あまり感心しない事ではあるが、そのゲームでは少額の金銭が賭けられていた。


「こんなの、イカサマに決まってる!」


 小遣いを巻き上げられた不良が声を張り上げて、眉を吊り上げて月子の胸ぐらを掴む。だが、彼はそう主張しただけで、月子のトリックを見破れなかった。

 ゲームの参加者は五人。

 トランプをするにあたり、全員が、イカサマできないように携帯端末や鏡を提出して、全員の目につく一箇所に置いていた。窓も、カーテンが閉め切られている。少し離れた場所からゲームを見守る取り巻きも、特に怪しい行動や言動をしていない。普通に考えたら、この状況ではイカサマなど出来ない。

 でも、月子はイカサマをしていた。


「私がイカサマをしたっていうなら、どんなイカサマをしたのか言いなさい」


 月子は胸ぐらを掴まれながら、不敵に言い放つ。不良はあれこれ頭を捻りはしたが、どうしてもイカサマを見破れず、仕方なく、月子を解放した。

 いきなりクラスの中心人物を敵に回したものだから、月子は転校初日から、一人で下校することになった。でも、それで良かったのかもしれない。


 🌙


 僕はゲームを見届けて、教室を後にした。

 靴箱で靴を履いていると、そこに月子が追いついた。


「えへへ。ありがと。これは君の取り分だよ」


 月子は、ポケットから紙幣しへいを取り出して僕に手渡した。それは賭け事で巻き上げた金額の、丁度半分だった。

 そう。イカサマの共犯者は、僕だったのだ。


「まさか、未だにこれで遊んでる人がいるなんてね。でも、嬉しい」


 月子は小さなゲーム機を取り出して、無邪気に微笑みかける。


「『メタリック』は名作だからね」


 と、僕も同じゲーム機を取り出した。

 その画面には、月子のと同じゲーム画像が映し出されていた。月子に似たアバターが、ぴょこぴょこ手を振っている。

 実は、月子にイカサマを持ちかけたのは、僕の方だった。僕と月子が所持しているのは、三世代も前のゲーム機だ。当然、インターネット通信にも対応していない。そんな事は、みんな知っている。

 だからこそ、見逃したのだ。

 そのゲーム機が、ワイヤレス通信で対戦出来る。という事を。みんな、まさか同じゲーム機を持つ物が、もう一人いるとは思っていなかったのだ。それをいい事に、僕はワイヤレス通信で月子にメッセージを送り、イカサマを提案した。月子は目を輝かせて提案に乗った。僕はトランプの部外者をよそおい、クラスメイトの背後から手札を盗み見て、月子に指示を飛ばしたのである。

 こうして、僕らは大勝ちをした。

 この事で、クラスにおける月子の立場は少しだけ悪くなったかもしれないが……まあ、構わないだろう。賭け事で負かした連中には、あまり良い評判がない。そもそも連中は、転校初日の女の子に賭け事を強要する奴らだ。無理に仲良くする必要なんてない。

 僕と月子は靴を履き、並んで歩き出す。僕はちょっぴり緊張して言葉を失っていた。そんな僕に、月子が微笑を向ける。屈託のない瞳に、僕が映り込んでいた。

 その時だ。


「し、ぶ、や、くうん」


 背後から、女性の声がした。声色には、微かに怒りの気配が漂っていた。

 僕はビクリと振り返る。そこにいたのは、副担任の池袋いけぶくろ先生だった。


「あ、池袋先生。どうしたんですか?」


 恐る恐る言う。


「最近ね、一年生の間でポーカーだとか、賭け事が流行ってるみたいなのよねえ。まあ、噂だけど。ねえ渋谷しぶや君。貴方は、何か知らない?」


 冷徹で、でも圧力のある声と視線が僕を捉える。思わず、目を逸らしそうになる。

 池袋先生は、とても若くて綺麗な女教師なのだが、どうも苦手だ。何故か、僕は目を付けられている気がする。


「い、いいえ。ちょっと聞いたことがないです」

「ふうん。本当に?」


 惚ける僕に、池袋先生が顔を近づける。

 圧力が、凄い。

 ふいに、ぐっと袖を引かれて視線を逸らす。引っ張ったのは、月子だった。


「渋谷君は何も知らないと思いますけど? 私、一日一緒にいたけど、何もありませんでしたよ」


 月子は嘘を吐き、僕を弁護べんごする。


「ま、それなら良いんだけどね。でも、変なことに手を出すんじゃないわよ。いいわね?」


 池袋先生は強めに言い残し、校舎へと戻って行った。緊張の余韻が、僕を無口にしていた。ほとぼりが冷めるまで、当面は大人しくしている必要がありそうだ。

 クスリと、月子が沈黙を破る。


「貴方、渋谷君っていうのね」


 柔らかな笑顔が眩しかった。思わず、僕は呼吸を止める。


「あ。まだ言ってなかったね。僕は渋谷しぶやはがねっていうんだ」

「ふうん。はがねって、男らしい名前ね。顔は、女の子みたいなのに」

「そう、かな?」

「ええ。中々の美少女よ」

「けなされてるのかな?」

「褒めてるのよ」


 と、月子はまじまじと、僕の顔を覗き込む。照れてうつむいた僕の前髪に触れて、「本当に綺麗」と、溜息を漏らす。

 溜息を吐きたいのは僕の方だ。君の眼が、どれ程綺麗で優しそうなのか、自覚していないのか?


「ねえ。私、鋼君が気に入ったわ。貴方、私の協力者にならない?」

「協力って、何をすれば良いのかな?」

「簡単よ。私の探し物を手伝ってほしいの」


 と、月子はくるりと振り向いて、校舎を見上げる。


「私、この学校に、死体を探しに来たの」


 ポニーテールの転校生は、ちょっぴり悲し気につぶやいた。







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