第11話

 「この前は結局タダ働きだったからな!

 いくつか適当な依頼を見繕ってきた。どれにする?」


 前回のごっこ遊び貴族の件から、二日後のこと。

 前回と全く同じスペースで、エリィさんが依頼書数枚を広げて見せてきた。

 どれもこれも、討伐任務ばかりだ。

 あ、ダンジョン攻略なんてのもある。

 マッピングの依頼かぁ。攻略難易度が、災害級モンスターと目の前の赤髪の女性冒険者と同じ、Sが三つも付いているのを気にしなければ普通の依頼の一つだ。


 「あー、すみません。エリィさん、実は」


 俺は、せっかく依頼を持ってきたエリィさんに謝った。

 それと言うのも、


 「梨畑の手伝い?」


 「はい。母方の親戚の家が梨も育てていて、今年は子供らがみんな嫁に行ったり出張だったり、進学だったりでどうしても忙しくて帰って来れないらしくて、だからお前が帰ってきて手伝えって手紙が来て」


 俺は、たはは、と苦笑して説明した。

 しかし、エリィさんは他業種のことだからか、興味を示した。


 「何をするんだ?」


 「花粉付けです。人工授粉ってやつですね」


 「あ、アレだろ?

 蜜蜂を飼ってて、それに受粉させるやり方だろ?」


 人工授粉だって言ったのに。


 「えーと、違います。

 たしかに、その方法もあるんですけど。

 親戚の家も昔はその方法で受粉させてたらしいです。

 でも今はやってません」


 「何故だ?」


 「蜂泥棒の被害が相次いだので、やめちゃったんです」


 「蜂を盗む奴なんているのか?!」


 「いるんですよ。

 ちなみに、農業ギルドでも受粉用や交配用の蜂は買えますよ。

 まぁ、買うより盗んだ方がお金かからないですからねぇ」


 「なんでも揃ってるんだな、農業ギルド」


 「その名の通り、農業ギルドですから。

 ちなみに、花粉も売ってます」


 「花粉も売ってるのか、なんでもありだな」


 「ちなみに、蜂は時価です」


 「…………時価って」


 「親戚の家は、自分たちで花粉を採取して、受粉させるんです」


 俺の言葉に、エリィさんの真っ赤な瞳が丸くなる。

 年齢よりも幼く見えるほどに、無邪気な驚きが顔に浮かんでいる。


 「どうやって採取するんだ?」


 「まず、梨の花が咲いたら、半分の花を取っちゃうんです。

 で、めちゃくちゃ簡単に説明すると、それを花の脱穀機に掛けるんです。

 そうすると雄しべが手に入ります。

 これを今度は乾燥機にかけて乾燥させます。

 そうして乾いた花粉に食紅の粉で色をつけて、箱に入れて、あとはタンポポの綿毛みたいなのが付いた棒に付着させて一個一個手作業でやってくんです。

 こうポンポンって」


 俺は身振り手振りで説明した。


 「食紅の粉? なんでそんなもので色をつけるんだ?」


 「おばちゃん曰く、どれに受粉させたか見分けられるように、だそうです。

 じゃないとどこに付けたかわからなくなるんで」


 もちろん、これは家によってやり方が違う。

 あくまで俺の親戚の家はこうしているというだけだ。


 「はー、なるほどなぁ。

 ちょっとやってみたいな。楽しそうだ」


 農家じゃないやつは皆そういうんだ。

 そして楽しく仕事をするんだ。

 とは口が裂けても言えないので、俺は別の言葉で提案してみた。


 「なんなら手伝いに来ます?

 人手は多いほど良いので」

 

 「良いのか?!」


 「えぇ、あ、そういえばエリィさんって召喚士サマナー魔獣使いビーストテイマーのうち、どちらか、あるいは両方のスキルや魔法覚えてたりしませんか?」


 エリィさんが、訳が分からないとばかりに首を傾げる。


 「いいや」


 「そうですか。

 いえね、この二つの能力があったらたくさん蜂を召喚して使役して、受粉させるってことも可能なんです。

 親戚の子がこれできたんですけど、まぁ、使い勝手が良すぎて。

 他の家にも行かされてこき使われて、ぶっ倒れたこともあったらしいです。あっはっは」


 「いや、あっはっはじゃないだろ!!

 労基法はどうなってる??」


 「自営業の農家にそんなルールはあってないようなもんです。

 今のうちに言っておくと、梨畑の仕事、手伝いなので賃金も出ません。

 それでもいいですか?」


 エリィさんの中で、お金より未知の体験への魅力が勝ったらしい。


 「あ、あぁ、構わない」


 「よし、そうと決まれば!」


 「?」


 「農作業用の服買いに行きましょう!

 俺はともかく、エリィさんはそういうの持ってないでしょ?」


 「たしかに、鎧姿でやる仕事ではなさそうだ。

 どこで買える?」


 「そんなの決まってるじゃないですか!

 農業ギルドですよ!!」


 服もそうだけど、水筒と漬物もあるようなら持参するように言わないとな。

 念の為だ。

 いくら歴戦の冒険者であり、英雄扱いされるランクであっても熱中症対策はしておかなければならない。

 親戚のおじさんはこれでぶっ倒れたのだから。

 うーん、漬け物もいっそのことリアさんに頼んで作ってもらうのも手かな。

 あの人なら事情を話して、材料を渡したらやってくれそうだ。

 お礼に王家御用達の高級梨を時期が来たら親戚に送ってもらおう。

 親戚は高級梨も育てているのだ。

 ちなみに、B級品でも結構美味しいから困るのだ。

 

 「農業ギルドは服も売ってるのか」


 「だって農業ギルドですよ?

 農業関連のものはたいがい揃います。

 武器は武器屋に防具は防具屋に買いに行くじゃないですか。

 農業関連の道具は農業ギルドに買いに行くのが普通です」


 「なんでもあるな、農業ギルド」


 「だって農業ギルドですから」

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