第10話

 そこからは、もうバタバタだった。

 周辺の農家に走り回って、家畜に異常が無いか一先ずチェックして農業ギルドへ報告したり、手が空いている獣医さんに片っ端から連絡取って現場に連れてきたり、そうそう、ついでにごっこ遊びをしていた貴族たちに関しての話も聞くことができた。

 そして、ごっこ遊び農園をしていた貴族達に怨まれた。


 「疲れた」


 胸ぐら掴まれるし、かなり差別的な罵詈雑言喚かれるし。

 それでも、日が沈む頃には農業ギルドが介入もあって、お陰で、俺はお役御免となったので、少しホッとした。

 いや、さすがに、


 『これだから卑しい農民になんかに任せておけないんだ!!』


 『嫉妬で陥れる気だろ?!』


 『お前の顔と名前覚えたからな!!』


 『たかが農民が貴族にたてつきやがって!!』


 などと喚かれ、唾を飛ばされれば精神的に来る物がある。

 とにかく、疲れた。

 帰りは、乗合馬車、ではなく転移魔法で帰ってきた。

 エリィさんは、まだ貴族と農業ギルドとの緩衝材になってもらっている。

 あの場に俺がいると、どうにも貴族達を刺激してしまっていたので本当にやっとホッとできた。


 「あ、シン君お帰りー」

 

 自室で着替えて、既に夕食の時間になっていたので食堂に向かうと、リアさんがそう言って迎えてくれた。


 「ただいまです」


 「おや、お疲れだねー」


 「ええ、疲れました。

 今日は特に疲れました」


 言いつつ、今日の夕食が乗ったトレーをもらう。

 メニューはパンにスープ、そしてポークジンジャーだ。

 そして、席に着く。

 他の席にもこの下宿に住む人達が、すでに座っている。

 そして、うまい美味いとメインディッシュにかぶりついていた。


 俺も食べ始める。

 と、そこにフラフラになった、この前作品のネタ提供に協力したテトさんが現れた。

 死相が出てる。

 大丈夫か、この人?

 リアさんに、


 「みっともないから、無精髭剃りなさいよ」


 と注意されている。

 それをヘラヘラ笑ってやりすごし、俺や、ほかの人たちと同じように料理を受け取ると、俺を見つけて声を掛けてきた。

 ついでなので、一緒に食べることにする。


 「シン君、お疲れだね。目が死んでるよ」


 「死相が出てる人に言われたくないです」


 「あはは、まぁ、色々あったんだ」


 「こっちも色々ありすぎました。だから疲れました」


 そうして始まったのは、愚痴大会だった。

 お仕事をしていると疲れるのだ。

 これくらい許して欲しい。


 「えー、仕事一件忘れてたって大事じゃないですか!」


 「そっちこそ、出しゃばって貴族のお歴々に目をつけられるなんてたいがいだからね!」


 「あはは、それが聞いてくださいよ!

 畑の世話してたの、その貴族自身じゃなくて無理やり連れていかれてたお付きの人達だったんですよ!

 まぁ、わかってましたけどね。

 土弄り程度の家庭菜園と、農園クラスの畑の面倒は全然勝手が違うんですから。

 貴族の人達が汗水流して土を耕すなんて想像できませんでしたし。

 無農薬野菜を作って高く売ろうとしてたみたいですけど、表示義務に農園をするために必要な届出に関しても何も知らなかったみたいですし」


 「あー【特別栽培農産物】だっけ?

 俺も初めて知ったよ、そんな表示義務があるなんて」


 「ま、実際の話【無農薬】表記の方がわかりやすいし、売れ行きが良いんですよ。

 でも、残留農薬のこともありますし。その表記から受ける印象の問題もあります」


 テトさんが考えるようにスープを啜る。

 そして、質問してきた。


 「ちなみに、その表示義務を怠って無農薬表示で販売してるのがバレた場合、どうなるの? 捕まる?」


 「基本的には農業ギルドからの厳重注意止まりです。

 ただ、消費者から残留農薬があるじゃないか、詐欺だ!って騒がれれば捕まるかもしれませんし、下手すると訴えられて賠償金を払う、なんてことにもなるかもしれませんね。

 でも、今回のは家畜の死亡届の未提出、加えて許可を得ずに遺体を不法投棄したので、これは罪になる可能性があります。

 一部の養豚場なんかは、その辺もっとうまくやってますよ」


 「え?」


 「家畜が死んで処分するのにも、金と負担がかかりますからねぇ。

 隠れて色々やってるところがある、とは聞いたことがあります。

 それがどこかは知りませんが」


 あまりブラック過ぎる裏事情はここまでにしておこう。

 今日のメインはなにせ【豚のしょうが焼きポークジンジャー】だ。

 美味しく食べている、他の下宿人に不快感を与える訳にはいかない。


 「けれど、今日のは運が良かったです」


 「なんの運?」


 訊かれて、俺は言い直した。


 「ごっこ遊び貴族達と周辺の村の人達の仲が悪くて、助かりました」


 テトさんの顔に疑問符が浮かんでいる。

 俺は説明した。


 「貴族の人達はムラ社会の怖さを知らなかった。

 所詮農民、下の連中とみていた。

 良好な関係が築けていたら、なにか違ったかもしれません。

 貴族達は、ムラという枠組みを甘く見ていたんです。

 農業ギルドには同情しますよ、これからある事ないこと報告が上がって大変なことになるだろうし」


 「シン君、さっきから何を言ってるのかな?」


 俺は、ポークジンジャーをかき込んでもぐもぐ、ごっくんと飲みこむ。

 それからパンを食べ、スープも完食した。

 そして、声をなるべく顰めて、テトさんに俺が他の村の人達から聞いた、ごっこ遊び貴族達の悪い噂を教えた。


 「なんでも、近隣の村では若い子、男女問わず行方不明になってたらしいんです。

 で、行方不明になる前に貴族達に仕えている人達がその子たちに接触してたらしいんです。

 当然、誘拐したんだ、みたいな話が出てきました。

 でも、証拠が無いし、捜査機関は貴族と農民だと貴族に気を使うものです。

 どうしようも無くなっていた所に、今回の家畜の事が判明して俺が大騒ぎした結果、別件の方で彼らは捜査の対象となりました。

 出来ることなら、なにも出てこないことを祈るばかりです」


 「…………」





 なんて事を話した、翌日。

 食堂に置かれていた朝刊が目に入って、何気なく広げたら、昨日の貴族たちの畑の片隅、家畜の死骸を埋めた場所から人骨と、白骨化が進んでいた遺体が見つかった、という記事がトップに出ていた。


 「うわぁ」


 思わず声が出てしまったのは、仕方ないだろう。

 記事によると、例の貴族たちはこれから重要参考人として、捜査機関の捜査員が話を聞くらしい。

 

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