第9話

 そんな話をした、数日後。


 「あれだけ酷評してたのに、受けるのか?」


 「いや、まさか昇級試験の書類審査に数日かかるとは思ってなかったので」


 そんな会話をしつつ、乗合馬車を利用して俺とエリィさんは依頼主が住む村へ向かっていた。


 「まぁ、試験の実施日も冒険者ギルド指定だからな」


 「家にも仕送りしないとだし、働かないと死ぬんですよ、マジで。

 あと、ごっこ遊び農園、畑? にも興味ありましたし」


 いま利用している冒険者ギルドへ、昇級試験の申し込みをしたものの試験日と書類審査含めて数日かかると言われてしまったのだ。

 交流のある農業ギルドのギルドマスター達や、エリィさんの推薦状もあったが、なにせ戦績がこの前の災害級モンスターを一匹、それも【農民】が一人で倒したとあっては、慎重にならざるを得ないようだ。

 今現在、利用している冒険者ギルドの受付嬢はそれでも嫌そうな顔も、怪訝そうな顔もすることなく書類を受け取って、本当に事務的に処理をしてくれたので、まだいい方だろう。


 さて、そんなわけで空いた時間は仕事をしなければならない。

 今回はトラブルを避けるために、俺はエリィさんの弟子ということになっている。

 依頼主、農民嫌いらしいし。

 農業ギルドの介入も嫌っているみたいだし。


 「この前の災害級駆除の時の牙やら鱗やらはどうした?

 それなりの金額で売れたんじゃ無いのか?」


 「……老後のための貯金もしないとですし、ほら、稼いだら稼いだ分来年税金で持ってかれるじゃないですか。

 主に、住民税で」


 なんで金を持ったらそれにも税金が掛かるんだ。

 ほんと、やめて欲しい。

 あとそうやってちゃんと税金を納めてるのに、農民だからって一部の人に悪く言われるし。


 「それに、ほら解体用機材のレンタル料とか諸々の支払いもありましたから。儲けとしては今回はトントンでしたね」

 

 赤字になっていないだけ良しとしよう。

 さて、乗合馬車には乗客はほとんど乗っていない。

 まぁ、朝は王都から出るよりも外から来る方が人が乗っているものだ。

 兼業農家だと、奥さんが両親、あるいは義両親と畑をやって旦那さんが街に働きに来るという形が主流だ。

 逆もあるにはあるが、やはりまだ結婚した女は家にいるものという考えが強いからだろう。

 この時間、王都から出ていく馬車に乗り込んでいるのは専業農家に雇われている人がまばらにいるくらいだ。

 もしくは、親戚や実家に手伝いにいく人がほとんどだ。

 聞いた話だが、家にもよるが、農家で働くなんて言語道断、なんて考えもあるらしい。

 だからこその農業ギルドの出番だ。

 今回の依頼主である貴族はともかく、農業ギルドはいわゆる団体組織だ。

 つまり、農家と違って社会的に信頼のおける組織として一般の人から見られている。

 身内に言う言わないはともかく、農業ギルドの仕事をしていると言うのと、農家の仕事をしているということでは、まだ印象が天と地ほどもちがうのだ。

 まあ、要するに上辺しか見ていない人のご都合主義理論でしかない。


 「あ、そういえば、ちょっと聞こうと思ってたんですけど。

 この前、肥料は人糞使ってるって話だったじゃないですか。

 家畜の堆肥は使わなかったんですか?

 というか、そもそも家畜はいないんですか?」


 「いや、最初は居たらしい。

 世話は、その貴族たちが雇った者たちがしてたらしいが、ある日突然変な病気が流行ったらしくてな。

 全部死んだらしい」


 は?


 「え? うそ、それ医者に死亡原因調べてもらって、農業ギルドと国へ報告しました?!」


 いやいや、待て待て待て、落ち着け俺。


 「うーん? さあ? でも埋めるのに苦労したとかは言ってたな。

 なにしろ菜食主義者ヴィーガンの集まりだし」


 あ、ダメな奴だこれ。

 どうする?

 すぐ農業ギルドに報告するか?

 いやでもまた向かうとなると、時間かかるし。

 一旦村へ着いてから、農業ギルドに駆け込んだ方が連れてくる手間が省けるか。

 転移魔法なら一度行けば何度でも行き来できるし。


 「どうした、顔を真っ青にして」


 エリィさんが心配そうに覗き込んで来る。

 それよりも、場所の確認をしておこう。

 場合によっちゃ、知らせに走ることになる。

 俺はエリィさんには答えず、黙って魔法袋から王都周辺の地図とペンを取り出すと、広げる。


 「エリィさん、たしかごっこ遊び農園があるのは、ここでしたよね?」


 俺は地図に記載された場所を指さして、ペンで印をつける。


 「あぁ、そうだが」


 「ってことは、周辺に……村と、家畜小屋!!

 エリィさん、その農園の家畜が死んだのっていつかわかりますか?!」


 「い、いや」


 他の村村と家畜小屋の場所も明記されていて良かった。

 そのうちの幾つかの村は仕事で行ったことがあった。

 この地図、農業ギルドで買ったかいがある。

 この馬車に、俺たち以外人が居なくて良かった。

 俺はまず、王都にある農業ギルドのギルドマスター達へ通信魔法で報告を入れる。

 それから、俺は過去、農業ギルドからの依頼で派遣された農家へ同じように通信魔法で連絡を取る。

 そのやり取りに、エリィさんも尋常じゃないと分かったらしい。

 俺が一通り連絡し終えると、聞いてきた。


 「家畜の病気がそんなにまずいのか?」


 別に家畜が病気で死ぬのもよくある事だろう?

 そう言われてしまう。


 「えぇ、病気になるのはまぁ仕方ないです。

 生き物ですからね。

 問題なのは家畜がなんの病気で死んだのかってことです」


 病気の種類によっては面倒なことになる。

 連絡した農業ギルドのギルドマスター達もそして農家の人達も、慌てていた。

 しかし、病気の発生と死亡がいつだったのか。

 鑑定すればわかるだろうけど、いや、周辺の農家から報告が上がってきていないことを考えれば蔓延はしていないのかもしれない。

 だけど、注意が必要だ。


 「もし、厄介な病気で家畜が死んでて、それが流行りつつあるのなら。

 しばらく、肉を使った加工品が出回らなくなるか高騰する可能性があります。

 まぁ、これは専門家がちゃんと調べてからの話ですけど。

 そうなってからじゃ遅すぎるんで」


 加工品だけじゃなくて、そのために育てる家畜も高くなって手に入らなくなる可能性もある。

 というか、現時点で手遅れの可能性が高い。

 流行っていないことを祈るしかない。


 「そんなことも決められているのか?」


 「当たり前じゃないですか!

 人の口に入るものですし、病気は一度流行したら収まるまでかなりの時間がかかります。

 病気で死んだ家畜の肉を、平気で食べられますか?

 その後の家畜の買い戻しや飼育にだって時間とお金がかかるし。

 そうならないために、色々決められているんですよ!」


 まぁ、一般の人なら知らないのが普通だろう。

 新聞で知ったとしても、病気が発生した家畜小屋の家畜を全て殺処分って聞いたら、可哀想だなんだって文句言う人達が多いし。


 「なるほど。

 とりあえず、私に現状できることはあるか?」


 「そうですね。

 ごっこ遊び農園の貴族と農業ギルドとの緩衝材になってもらっていいですか?

 俺は、周辺の農家の人達との緩衝材になるので」


 「わかった。努力しよう」

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