第8話

 「菜食主義者ヴィーガンの村?」


 俺は、聞き返した。

 場所は冒険者ギルドの建物内にある、飲食スペースだ。

 テーブルを挟んで向かい合い、しかし声は顰めて話を進める。

 エリィさんが持ってきた依頼は、ちょっと特殊なようだ。


 「あぁ、受ける前にお前の意見を聞いておこうと思ってな」


 「はぁ、どんな依頼なんですか?」


 「とある貴族が道楽で作った、仲間内だけしかいない村なんだが。

 最近、トラブルが頻発してるんだ」


 「トラブル? 害獣ですか?」


 「それもある」


 「も?」


 「その村な、農民がいないんだ」


 「……家庭菜園と間違ってませんか?」


 俺の言葉に、エリィさんが首を横に振る。

 嫌な予感しかしないが、話を聞くだけならタダだ。


 「農民がいないのに、村を作って野菜を育ててると?

 それは、農民出身者すらいないってことですか?」


 「そういう事だ」


 「……ちなみに、畑や田んぼの経験者くらいはいるんですよね?

 農家や農業ギルドで研修や勉強をした人くらいいますよね?

 そもそも、そう言ったトラブルは農業ギルドの管轄ですよ」


 俺は言葉を選びつつ、エリィさんに言う。

 エリィさんが、頭を痛そうに抑える。


 「お前にこれをいうのは、心苦しいんだが。

 その村に住む貴族達はかなり差別的なんだ。

 早い話が、農民なんかに出来てるんだから俺たちにも出来るってな感じでな。

 そして、ここ最近王都を含めて無農薬野菜が流行ってるだろ?

 一部の農家じゃかなり儲けているとか」


 「あー、はい。でもアレは」


 完全無農薬野菜。

 誰しもこの言葉を聞いたことくらいあるだろう。

 そもそも農薬とは、虫やネズミなどの対策として、そして安定した収穫率で農作物を収穫するために、使われるようになった物だ。

 広い意味では、この前使ったドラゴン用の毒団子も農薬と言えるだろう。

 虫やネズミ、そして、ウイルス。

 様々な要因で食料はあっという間に食われ、侵され、手に入らなくなる。

 そうならないための手段の一つが農薬だ。

 

 しかし、近年農薬を使って作られた農作物に対する消費者の当たりは厳しい。

 人体へ対する健康被害を懸念する考えがあるのだ。

 そのため、何も知らない人達は無農薬野菜を求め始めた。

 もちろん作ろうと思えば、無農薬野菜は作れる。

 しかし、それにはかなりお金がかかる。

 それなりの設備と手間がかかるからだ。


 「作物にとっての敵、虫も雑草もネズミも病気ウイルスも、何もかもを除去し続けなければならないんです。

 だからこそ、それなりの金額で【特別栽培農産物】、無農薬野菜は販売されているんです」


 「特別さいばい、のーさんぶつ??」


 「無農薬野菜の事です。

 エリィさん、実は商品として販売する場合、無農薬野菜は【無農薬】表記、あるいは表示が出来ないんですよ。

 表示法だったかな? まぁ、国と農業ギルドが話し合って決めたルールの中にあるんです」


 「そうなのか?!」


 「そうなんです。

 というのも、【無農薬野菜】と聞いて、消費者が言葉の印象から受け取るのは、農薬を一切使わずに育てた作物、ですよね?

 これ、絶対とは言いませんけど無理に近いんです。

 残留農薬とかの問題があるんで」

 

 「残留農薬は知ってるぞ。

 作物に残る農薬のことだろ?」


 「えぇ、読んで字のごとく、そのままの意味です。

 例え話をしましょう。

 俺とエリィさんがそれぞれ畑を持っているとします。

 俺は農薬を使った方法で野菜を育てています。

 俺の使っている畑、その隣にはエリィさんの畑があります。

 エリィさんは完全無農薬で野菜を育てています。

 様々な問題はこの場合あえて無視して、エリィさんの無農薬野菜も無事育ち出荷することが出来ました。

 無農薬野菜として出荷したエリィさんの野菜ですが、途中の鑑定作業の結果、なんと農薬が残っていることがわかりました。

 さて、この農薬はどこからやってきたでしょうか?」


 「そんなの、お前の畑からだろ?」


 「正解です。つまりはそういう事なんです。

 隣近所の畑から土を通して流れ込んできているかもしれない。

 もしかしたら、風で農薬が飛んでくることもあるかもしれない。

 そうなってくると、専用の施設を建設してそこで育てるしかないんです。

 外界と完全に隔絶して、絶対に農薬が残留しない方法を取るしかないんです。

 そうした環境の中で育てられ、厳しい鑑定作業をくぐり抜けた一部の作物が【特別栽培農産物】として世の中に出て、消費者の口にはいるんです。

 だから、ただ単純に【無農薬野菜】と表示されて販売されている野菜は注意が必要です。

 鑑定スキルを持っているなら、一度売られている作物を鑑定してみると良いですよ。面白いことがわかるはずですから。

 そもそも、野菜もそうですけど果物で無農薬なんてまず無いですから。

 果物って、育てるのガチで難しいんですよ。

 人間が好きな物は害虫も大好物なもので」


 「……もしも」


 少し考えて、エリィさんは口を開いた。


 「はい?」


 「もしも、そう言った知識だけはあって、やり方もまぁ知っていたとして、初めてその方法で作物を作ったら成功するものか?」


 「まさか、しませんよ。

 いや、ケースバイケースだとは思います。

 農薬を使ったり、農民がやっている方法をちゃんと、一から十までやったなら成功すると思いますよ。

 やり方だけなら、本も出版されてますし。

 でも、なんていうのかなぁ、それこそ料理と一緒で本には載っていないちょっとしたコツを踏まえないと失敗する可能性は高いかと思います。

 だって設備をただ整えただけで作物が安定して育って流通出来るなら、お金のある農民はみんなそうしてます。

 いいですか? 皆農薬は悪だって決めたがりますけど、農薬があったからこそ一定の品質の作物が育って安定して流通するようになったんです」


 「だが、農民には農民専門のスキルがあるだろう?

 それを使えば、大丈夫なんじゃないか?」


 「栽培促進のことですか?

 それとも、それ以外?

 まぁ、どれを指してるのかはわかりませんが、はっきり言いますね。

 スキルでなんとかなってたら、農薬も耕運機も散布機も作られることは無かったんですよ?

 農業、というよりもちゃんとした食べ物を得る、というのはそういう事なんです」


 俺は、そこまで言ってすっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた。


 「身も蓋もないことを言うな」


 「事実ですから。

 話を戻しましょう。

 察するに、件の貴族のごっこ遊び農業は、完全無農薬野菜を作ろうとして失敗したんですね?

 それで次に手を出したのは、多分有機栽培、有機野菜じゃないですか?

 あと、その有機栽培に使っている肥料は人糞なんじゃないですか?」


 「なんでもお見通しか?」


 「まさか、ただの当てずっぽうです。

 でも、人糞ですか。

 その有機野菜は収穫出来たんですか?

 もしそうなら、貴族のごっこ遊びの畑とはいえ、虫下しくらいは置いてありますよね?

 無いようなら、虫下しの効果が付与されたポーションを飲むことをオススメします」


 「もしかして、有名なのか?」


 「寄生虫のことですか?

 えぇ、祖父母が子供の頃に、それまで使っていた人糞肥料よりも化学肥料の方がそういう意味で安全ってことで徐々に変わっていったらしいですよ。

 で、色々先人たちが試行錯誤してくれたおかげで今があるんです。

 家畜の糞を使った堆肥でさえ発酵させて、その熱で寄生虫の卵を死なせるんです。もし人糞をそのまま使っているなら寄生虫への感染は高くなります。

 自然派の人たちを非難する気は無いですけど、有機野菜なんてことはないんです。

 有機野菜も無農薬も農薬も化学肥料もそれぞれいい所があって、デメリットもある、ということです」


 そして、また一口、俺はコーヒーを啜る。

 喉を潤してから、続けた。


 「作物で失敗して、寄生虫に感染、それとは別に畑を襲ってくる害獣もいる。なるほど、トラブル続きですね。

 でも、一つ言わせてください。

 そんなの、現代でもよくあることですよ?

 先人たちの努力で培った技術をちゃんと使ってもよくある事なんです。

 そんなよくあるトラブル、冒険者の仕事じゃなくてやっぱり農業ギルドの仕事ですよ」

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