第7話
転移魔法で行けるのは、基本的に行ったことのある場所だ。
だから、俺が転移魔法で家に帰ることは出来ても、王都に来たことの無い親や家族が転移魔法で俺を訪ねてくることは今のところ出来ない。
それと同じで、俺はエリィさんの今の住居を知らない。
住居を知らないので、当然行ったことがないわけで。
つまり、転移魔法でも行けないし、わからない場所には歩いても行けないのだ。
なにせ、わからないから。
だから、下宿先の俺の部屋へ泊めることにした。
下宿に着く頃には、エリィさんはすっかり眠っていたので、鎧までは脱がせてベッドに寝かせた。
俺は部屋をでると、鍵を掛け、隣の部屋の扉を叩いた。
職業柄なのかなんなのか、昼は寝て夜起きている男がこの部屋に住んでいる。
「はいはーい。おや、シン君。
いらっしゃい!」
出てきたのは、ヒョロりとした体つきの中年男性だ。
ボサボサの黒髪に無精髭を生やしている、もし街を歩いていたなら十人中十人が不審者として通報するだろう外見をしている。
「こんばんは、テトさん。
今日一晩泊めて貰っていいですか?」
「別にいいけど、なにかあったん?」
俺はテトさんに、エリィさんのことを説明した。
「部屋に入れてる時点で、言い訳は出来ないですけど。
まぁ、念の為です」
俺の説明に、テトさんが苦笑して快諾してくれた。
「なるほど。コンビ再結成というわけか。
しかし、苦労する相方をまた選ぶとは、シン君も物好きだな。
立ち話もなんだし、ほら上がりなさい。
ちょうど煮詰まってたところだし、気晴らしに話し相手になってくれたら嬉しい」
「それなら、遠慮なく上がらせてもらいます」
俺の部屋と同じ間取りだが、中々に言い散らかり具合だ。
と言っても、そのほとんどが山のように積まれた本ばかりだが。
トイレ、風呂、そして食事をする食堂は共同なので、散らかっていなければただ寝るだけ、過ごすだけの部屋だ。
窓際には、作業用の机が置いてあり、紙と本が散乱している。
廃案が書かれているだろう、クシャクシャに丸められた紙もゴミ箱から溢れて床を侵食していた。
設置されたベッドの横には、小さな丸テーブルと来客用のための椅子があった。
「寝袋は持ってきた?」
テトさんに聞かれ、頷く。
「はい。野宿も仕事のうちですから」
テトさんが床を発掘しようと本をかき分け始めた。
俺も手伝う。
そうしてなんとか寝所を確保すると、魔法袋の中に収納していた冒険者愛用の寝袋を取り出す。
いや、これは知り合いの錬金術師から試作を貰っただけだけど、いまや人気過ぎて手に入らないと評判の道具の一つだ。
「締め切り前でしたか?」
「いや、新しい戯曲を依頼されてね。しかし、どうにも煮詰まっちゃってねぇ」
テトさんは小説家兼劇作家である。
それも、超売れっ子らしい。
母に手紙で彼のことを書いたら是非サインをもらいやがれ、と返事が来たのは良い思い出だ。
「クライアントは恋愛が良いらしい。
でも、僕はハラハラドキドキの冒険活劇の方が書いていて楽しいしさ。
そもそも恋愛なんて書いたこと無いのに、よく依頼してきたもんだよ」
「断らなかったんですか?」
「その時はね、面白そうだなぁって思ってさ、受けたんだ。
でも、ダメ、全然ダメ。
ねぇ、なんかいいネタ無い?」
「……ハラハラドキドキの種類が違ってもいいならありますよ?
あと、見る人から見れば恋愛モノです」
俺の言葉にテトさんの目がキラリと輝く。
「ほほぅ、聞かせてもらおうか」
俺は、パーティを追放された経緯を話した。
さすがに途中で、
「それ、訴えたら勝てるんじゃないか?
なんなら、いい弁護士を紹介するぞ?」
と言われる始末だった。
「いや、どうせなら創作として世に広めてもらった方が良いかなあって」
そうして、謎の語らいは明け方まで続いた。
テトさんは、メモを取りつつ話を脚色し、口頭で広げていく。
時折、どうすれば面白いと思う? などと、意見を求められたがプロに意見してもなぁと思いつつ、適当に返しておいた。
そして、日が昇り始めたので一時間ほど寝袋の中で寝て、俺は隣人の家を後にした。
部屋に戻ると、エリィさんが二日酔いによる頭痛でのたうち回っていた。
もう一眠りしようかとも思ったけど、まずは薬買ってくるか。
いや、待てよ?
たしか、実家からこの前届いたトマトがまだあったはず。
アレでトマトジュースでも作るか。
厨房借りよう。
俺は魔法袋の中に突っ込んでおいた真っ赤なトマトの入った箱を取り出して、この下宿の食堂へ向かう。
そこでは、賄いさんとして雇われているハーフエルフの女性が朝食の準備をしているところだった。
箱を足元において、俺は彼女に声を掛けた。
「リアさん、おはようございます」
「あらぁ、シン君。おはよう。
ご飯、もうちょっと待っててね?」
「あ、はい。すみません、ちょっと厨房借りていいですか?」
「なぁに? 何か作るの?
言ってくれればついでに作るけど」
「ありがとうございます。じつは――…」
俺はエリィさんのことを説明した。
リアさんが、呆れてしまう。
「あの子は、もう。
どうせならまたここに住めばいいのに。でも分かった。
トマト貰える?
この前買ったばかりのミキサー使ってみたかったし、なんなら朝食でみんなの分トマトジュース作るから」
「ありがとうございます!
あ、でも、足りるかな?」
「どれくらい残ってるの?」
言われて、俺は足元に置いておいた箱を持ちあげて見せた。
たぶん、数にしてたぶん、二十個前後くらいある。
「ジュースにするなら十分よ!!」
「え、少なくないですか?」
「全然! 寧ろ余るかなぁ。ねぇ、シン君。これ貰っていいかな?
なんなら、これ昼食と夕食に使いたいんだけど」
「えぇ、良いですよ。
俺だと面倒くさがって、冷やしてそのままか塩つけて食べるくらいしかしませんから」
「ありがとう!
じゃ、ちょっと待っててね」
この下宿には、現在俺を含めて十人程度が暮らしている。
しかし、半分が貧乏学生、残りの半分が職業はバラバラだが社会人だ。
俺も働いているので社会人枠になる。
昨日の大衆食堂もそうだ。
農民だから、と馬鹿にしてくる人はいない。
結局場所に依るのだろう。
その人たちのお陰で、俺は諦めずに冒険者を続けられるのだ。
だって、石を投げる人がいるということは、その反対も居るということなのだから。
農民だからと馬鹿にしない、石を投げない、軽んじない人と楽しく冒険がしたい。
エリィさんは、そんな数少ない人だ。
だから、今日から彼女と過ごす冒険者としての日々は楽しいものにしたいなと思う。
「はい、お待たせ!
エリィによろしくね!
なんなら後で顔見せに来なさいって言っておいてね!」
リアさんにジュースの入ったカップ二つが乗ったトレーを渡され、そう言われる。
「はい、言っておきます」
と、そこで気づいた。
トレーにはトマトジュース以外にも乗っていることに。
それは、スープだった。深めのスープ皿に、貝のスープが湯気を立てて注がれている。
勿論、俺の分もある。
「それ。エリィちゃんの分はサービスね。
二日酔いには貝のスープも効くんだよ。
この前入ったばかりの新人冒険者君が、海でのお仕事だったみたいで、採取依頼で余った奴をくれたの」
「へぇ、ありがとうございます!」
「朝食はあとで食べに来るんでしょ?」
「えぇ、食べ盛りですから!」
俺はそうして、自室へと戻り、二日酔いによる頭痛や不調に呻くエリィさんにトマトジュースとスープを渡して、一緒に味わったのだった。
そういえば、冒険者になってからはほとんど内陸中心に依頼を受けていた。
そっか、海での依頼もあるのか。
今度受けてみようかなぁ。
もしそれで珍しい魚でも取れたら、塩漬けにして実家に送るか。
いや、燻製もいいかもしれない。
酒のつまみで売られているし、食べたら美味しかった。
商業ギルドでレシピ公開されてないかな。
今度探してみるか?
いや、待てよ?
リアさんなら、自分が作るーって言いそうだ。
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