第6話
俺の転移魔法で、さっさと王都へ戻ってきた。
冒険者ギルドへ向かい、依頼達成の報告を済ませる。
それは普通に処理された。
今まで利用していた冒険者ギルドと違い、ごねられることも、不自然に手続き処理が遅れるといったこともなかった。
農業ギルドからの依頼は災害級の駆除だったので、その証拠として解体し、処理した災害級ドラゴンの体の一部を提出する。
残った部位、もとい素材は農業ギルドだったり知り合いの錬金術師だったりに売りつける予定だ。
しかし、今日はもう疲れたので、それらは今度やることにして、俺はエリィさんに連れられるまま下町の大衆食堂へと入った。
「あ! エリィちゃんにシンちゃん!
久しぶりな組み合わせねぇ! いらっしゃい!!」
食堂の店主は、そう言って俺たちを歓迎してくれた。
「久しぶりだな、店主」
「お久しぶりです」
そうして席に通される。
メニューを色々見ていると、ふと気づいたようにエリィさんが聞いてきた。
「そういえばお前、もう成人したんだったか?」
「あ、はい。先月無事十五歳になりました」
「なら、アルコールも解禁だな!」
「え、えぇ、まぁ」
俺の返事を聞いていたのかいないのか、エリィさんがとりあえずとばかりにこの店では一番いい酒を注文する。
「成人祝いだ、飲め飲め」
「あー、はい。ありがとうございます」
「しかし、あのチビだったシンも成人かぁ。
私の身長も抜いてるし」
「まだまだ伸びる予定です」
「コノヤロー! 当て付けか!」
「男の子ですから。
ところで、エリィさん。良かったんですか?」
「?」
「いや、エリィさんなら付き合いとかでこうなんていうかお高いお店知ってそうですよね?」
「あー、いいんだ。
ここの方が気分よく過ごせるだろ?
お前も、そして私も」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「それに、ここは料理の味も美味しいし、値段も美味しいからな!」
「……エリィさんって貴族のお嬢様、でしたよね?」
「そうだが、今は冒険者のエリィだ」
「そうですか」
そうして酒が運ばれてきて、乾杯する。
飲み干して、料理も頼む。
そうして、楽しい時間を過ごす。
話題は、お互いが過ごしてきた今までだ。
エリィさんも、俺もそれなりに苦労してきた今までを話す。
ほとんど愚痴だった。
そして、途中から全然楽しくなくなった。
「おま、お前は、全然女らしくないって言ったんだ!!
わかるか?! この気持ち!!
女は男を立てるものだから!! 俺より力も知識もあるやつは可愛げがないって!!!!」
エリィさんの元彼やら元婚約者やらの愚痴を延々と聞かされる。
こりゃ長くなるぞ。
「あ、すみませーん。水ふたつ下さい。
あと、料理も追加お願いします」
長期戦になるので、水を頼む。
エリィさん、酒癖悪いの相変わらずだな。
「父上や母上が見合いしろってうるさいから、したのに。
そして、婚約までしたのに、婚約者、寝盗られるし。
冒険者なんかやってる野蛮な女より、お淑やかで自分を一番に考えてくれる子がいいんだと!!」
そしてジョッキの中の酒をぐびぐび流し込む。
だぁん!! と飲み干したジョッキをテーブルに叩きつけた。
「まぁ、あれですから、一部の人たちが結婚相手として望んでるのは理想の相手じゃなくて、セックスできるお母さんですから」
「それな!! ほんっと、それな!!
女と対等はヤダ、でも自分の面倒は見ろ、家にいて俺に尽くせ!!!!
知るかァァ!!
お前は何時まで五歳児のつもりだァァァ!!??」
いや、あんた貴族の令嬢だろ。
それが模範的な貴族の令嬢の姿だろ。
と思ったが、物凄い差別的な考えのひとつでもあるので俺はその言葉を飲み込んだ。
代わりに、
「田舎の女もそんな扱いですよ。
家事が出来ない男が多いし。あ、俺はそんなクズになるなって言われて叩き込まれましたけど。
下手するとゴミの出し方すら知らない、初老、高齢の赤ちゃんがいっぱいいますもん。
なにか集まりがあれば、お酌しろ、料理を作れ、なんでもやれ、風呂は? ご飯は? あれが出てない、これもやってない。
出来損ないの嫁扱いされて、人格の否定が普通です。
なってない、使えないって責め立てるように言われるんです。
うちの母親も耐えかねて俺たち連れて実家帰ったことありますもん」
「酷いな」
「ええ、酷いもんです。んで、子供たちのことも所有物扱いですからねぇ。
なにかやろうとすれば押さえつけられるし。
お前なんかに出来るわけないって。
村八分と噂の広まりはえげつないものがありますよ。
村の権力者だったり、その家となにかしら親しい交流があれば村八分は回避できますけど」
「怖いな」
「えぇ、それに昔はもっと酷かったんですよ。
今は制度改革とかが進んだおかげで――」
俺が今は無くなった悪しき風習について話そうとした時、それは起こった。
いきなり、俺は胸ぐらを掴まれたかと思うと殴られた。
勢い余って、床に転がってしまう。
殴ってきた相手は、元パーティメンバーの一人だ。
なんか滅茶苦茶怒っている。
「てめぇ、何でこんなとこに居るんだ?!」
「いや、いきなり殴ってくるなんて、それこそ、『なんで?』でしょ」
俺は、殴られた頬を擦りながら立ち上がる。
「なに、そんなお化けでも見たような顔して」
「農民風情がバカにしてんのか?!」
しーん、静まり返った店内に元パーティメンバーの少年の声が響く。
俺は、わざと声を張り上げて言い返した。
「何言ってんの? お前?
ご飯とお酒を楽しみに大衆食堂に来ちゃダメなの?
初めて聞いたんですけど、農家出身の農民は外食しちゃダメなんて」
俺は言うだけ言って、恐る恐るといった体で頼んでおいた水を運んできたバイトらしき少女からそれを受け取ると、一つはいまだにクダを巻き続けているエリィさんへ、もう一つは俺自身が口をつけて飲み干した。
そして、椅子に座り直した。
そのまま、俺に言い返されたことで顔を真っ赤にした元仲間だった少年を見た。
わなわなと怒りに震えている。
「おいっ! 聞いてるのか!? シン??」
背後からエリィさんがそう怒鳴ってきた。
「はいはい、聞いてますよ。
エリィさんも大変ですね」
俺は言いながら、元仲間からエリィさんへ向き直る。
そこには半眼で、俺と俺の背後にいる元仲間を交互に睨みつけているエリィさんがいた。
「そう思うなら! そんな何処の馬の骨かもわからない奴の相手をするな!!」
そして、いつの間に頼んで届いていたのか、お酒を瓶のままラッパ飲みすると、立ち上がる。
「おい、そこの馬の骨。こいつに用があるならまずは私を倒してからにしてもらおうか?
まぁ、見たところ駆け出しペーペーの新人冒険者っぽいな、おい?
かはは、こんな馬の骨に取られてたまるか、ばーか!!」
言ってることが支離滅裂だ。
相当酔ってるな。
笑ってバカにしたのかと思ったら、今度は泣き出した。
「なぁ、シーン、シンくーん。
そんなに女らしくないと、女の価値は無いのかなぁ?
自分らしくするのは、そんなにダメなのか?!」
「飲み過ぎですよ、エリィさん。ほら、お水飲んでください」
俺はエリィさんを座らせて、落ち着かせようとする。
しかし、それを振り払ってエリィさんが俺の元仲間を見る。
「見てたぞ! さっき見てたからな!!
お前、こいつをなぐったろ?!
あはは!! それで勝ったつもりか? 気分いいか?
すっかり騙されやがって、いい気味だ!
ほら見ろ、こいつをピンピンしてるぞ?
お前の貧弱な拳なんて全然効いてないぞ??」
全然、貴族の令嬢らしからぬ言動で、オヤジ臭い笑い方をする。
エリィさんの登場に、少年がしばらく訝しそうにしていたが、やがてハッと気づく。
「エリィ、って、エリィ・フォン・アテーナイエ?!
彼が驚いて叫ぶのと、他の元仲間達が姿を現すのは同時だった。
どうやら、成り行きを見ていたらしい。
中には、俺に冤罪を着せたあの女も居た。
「おうおう、ゾロゾロと出てきたな!」
楽しそうにエリィさんが言う。
「エリィさん、ほんと、飲み過ぎですよ。
もう帰りましょう? ね?」
話がややこしくなる。
俺はエリィさんの腕を引っ張って、店を出ようとする。
その前に、店を守ろうとフライパン片手に素振りを始めていた店主さんにも声を掛ける。
「すいません! お代はあとでエリィさんにツケておいてください!」
エリィさんのことに気づいて、固まってしまった元仲間達の横を通り抜け、店を出ようとする。
「おい、ちょっと待てや!!」
「シン! お前英雄を酔い潰してナニする気だ?!」
「そうだぞ! というかアンに謝れ!!」
ギャーギャーうっさいなぁ、もう。
俺は酔って足元もおぼつかないエリィさんに肩を貸しつつ、元仲間達に言った。
「は? なんで? 俺、謝るようなことなんてしてないけど?」
俺の切り返しに、元仲間達が驚いている。
そして、あの女、アンが傷ついたとばかりに、涙を流して言ってきた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!!
あたしが、シン君を拒んだからこんなことに」
店の客たちの目が輝いた。
こういうの本当好きだよなぁ。
そして始まる茶番。
「そんなアンは悪くない!」
「そうだぞ! 無理やり乱暴しようとしたシンが悪いに決まってる!!」
「その通りだ、みんなの言う通り、アンはちっとも悪くなんかない!」
「みんな! ありがとう!
でも、やっぱりあたしのせいなのっ!」
俺はなにを見せられてるのだろう?
すぐ横じゃ、エリィさんの元婚約者や元恋人への愚痴が再開したし。
なんか、一部の常連客で顔なじみの人は俺に同情しているのか、なんと言うか、いやなんとも言えない表情を向けている。
そんな人たちに俺はご迷惑をおかけしてすみません、という意味で頭を下げさっさと店を出た。
頭のおかしい連中の、頭のおかしい寸劇になんて付き合ってられん。
「ほほぅ、お前か!!
お前が、私のシンを取ろうとした黒幕だな!!」
さっきまで肩を貸していたエリィさんが、酒瓶片手にゆらりと俺の元仲間たちへ近づくと、その酒瓶でどつき始めた。
いつの間に酒瓶なんて持ってたの、この人!?
というか酒瓶硬いな!! ヒビすら入ってねぇ!!
「エリィさん! やめてください!
って、店主もドサマギでコイツらの顔、フライパンの側面でぶん殴らないでください!!」
「ここは私の店だ、つまり、私が神!!」
店主も何言ってんの??!!
「っていうのは、冗談で。
なんかさっきの薄ら寒い芝居見せられて、イラッとしたから」
イラッとしたからって理由で、美少女に跨ってわざわざ顔を狙ってフライパン叩き込むって、ヤバすぎだろ。
ちなみに、ほかの元仲間達はすでに倒れ伏していた。
死屍累々だ。
客たちははやし立てている。
そして、気づけばエリィさんと店主しか立っていなかった。
「わたし、わだじ、ひっく、わだじみだいなっ!
強いおんながいだっでいいじゃないかァァァ!」
あーあー、エリィさん顔から出るもの全部出てる。
「ほら、帰りますよ」
暴れたお陰か、エリィさんが大人しくなった。
その腕を引っ張って、今度こそ俺は店を出たのだった。
出る時、元仲間の頭を蹴飛ばしてしまったが、まぁこれくらい許されるだろう。
そうして、店を出てしばらく歩いて気づいた。
「俺、エリィさんの今の家知らない……」
どうしよ、これ?
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