第5話

 冒険者ギルドと農業ギルドでは、災害級モンスターの認識が少しだけ違う。

 災害並みに厄介で、国の一つや二つを滅ぼすことができるという共通認識はある。

 しかし、冒険者ギルドはここ止まりだ。

 農業ギルドでは、ガチの災害の一つとして認識している。

 国の滅び方にも色々ある。

 例えば隣国から攻められて滅ぼされただとか、厄介な病原菌を持ち込まれて国を捨てることになったりだとかだ。

 災害級モンスターは、その攻撃力でもって主要国家の首都を数時間もあれば焼け野原にしたり、消失させたりできる。

 もちろん、それだってとても恐ろしい力ではある。


 「これからの季節、巨人族向けに作ってるスイカが狙われるんですよ」


 「……スイカ」


 「あと、もう少し時期がズレると、かぼちゃも狙われます」


 「……かぼちゃ」

 

 「基本、輸出用ですけどね」


 巨人族用なので、家ほどもある巨大なスイカやかぼちゃである。

 食べ頃を狙って災害級モンスターは現れる。

 とくにこれから出荷を控えている農家にとっては、食われるわけにはいかないのだ。


 「ところで」


 「はい?」


 「なんで、獣の血をあちこちに塗りたくるんだ?」


 「え、いや、臭いは消さないと。気づかれちゃいますし。

 万が一にも俺たちが失敗して食べられたりしたら、人里に来た時大変なことになりますもん」

 

 人の味を覚えさせるわけにはいかない。


 「あと、お前が背負っているその不可思議な道具はなんだ?」


 「これが散布機です」


 カバンのように背中に背負っているタンク。中には災害級モンスターを殺すための薬剤が入っている。

 

 「それが散布機……。実家の庭師が使っていたのに似ているな。

 もう一つ、なんなんだ、その妙な鎧は?」


 全身をすっぽりと覆う真っ白な服。

 見慣れてない人から見たら奇妙奇天烈な格好をしている俺へ、普通の鎧姿をしたエリィさんが聞いてくる。


 「鎧じゃなくて、防護服です。

 この薬、それだけ強力なんですよ。

 本当はエリィさんにも着てもらいたいんですけど、視界が狭くなっちゃうんですよねえ。

 慣れてないと、エリィさん自慢の剣技も効果激落ちするだろうし」


 「……前、もう三年も前だが、その時一緒に仕事をした時はそんなの着ていなかったじゃないか」


 「今回は食費には、まだ余裕がありますから」


 「……あの時のやつは食ったのか」


 「塩胡椒で食べると美味しいですよ?」


 「食ったんだな」


 「美味しく頂きました。余ったのは焼肉屋に流しました。

 ジビエってヤツですよ」


 「災害級モンスターの肉をジビエ扱いするな」


 エリィさんが呆れながら言った時、俺は立ち止まった。

 今、俺たちがいるのは、この大陸を真ん中で分けている巨大な山脈、その片隅だ。

 山の向こうには魔族の国がある。

 しかし、この山を超えるのはかなり難しい。

 山頂には災害級モンスターがゴロゴロしているし、そうでなくても険しい崖に深い谷もある。

 そう山のようにデカいモンスターよりも、さらにデカいのがこの山脈の特徴だ。

 開拓どころか、麓近くならともかく探索がそもそも困難で、どの国も諦めているので手付かずのままだ。

 畑に仇なすモンスターの五割から七割はこの山から下りてくるとされている。

 ちなみに、大陸を真っ二つに分けているこの山を中心にして沿う場所、緩衝地帯がある。

 向こう側こちら側、半径数キロに渡っては緩衝地帯とされている。

 こちらと魔族の国の偉い人たちが決めた、どちらの国のものでもないですよという場所らしい。


 その山をエリィさんは冒険者ならではの装備で、俺は、作物を食べるモンスターは絶対殺すマンな出で立ちで探索していた。

 災害級モンスターは悪ではない。

 しかし、害ではあるので駆除しなくてはならない。

 

 「どうした?」


 先行していた俺は、エリィさんへハンドサインで意志を伝える。

 エリィさんが、俺の横へ立つ。

 そして、それを見た。

 俺たちの前には、深い谷があり、そこにスポッと挟まるように巨大なドラゴンがスヤスヤと眠っている。

 災害級と呼称され、分類されるだけはあり、滅茶苦茶デカい。

 俺はまたハンドサインで、エリィさんに、

『とりあえず、薬剤ぶち込んできます。念の為防御魔法を展開してください。

 そして、万が一にもこのドラゴンが暴れたらすぐに首を落としてください』


 と、伝える。

 そして、俺は崖を飛び降りた。

 ドラゴンの上に着地する。

 ドラゴンが起きる気配は無い。

 よし、頭はっと、あっちか。


 俺は、ドラゴンの頭の方へ行くとポッカリと開いている鼻の穴の中へ入る。

 ヌメヌメして、真っ暗な中を進んだ時。

 地震のように揺れが起きた。

 そして、突風。

 その後の、背後からの重低音が衝撃となって俺に襲いかかってきた。


 「クシャミ、すげぇなぁ」


 なんとか外に押し出されることなく、俺はその場を耐えた。

 うーん、どうすっかなぁ。

 まぁ、吸い込むだけでも相当効き目があるって農業ギルドのギルドマスター言ってたし、もうここでいっか。

 俺は、散布機のスイッチを押して災害級ドラゴンにとっては猛毒の薬剤を撒きまくる。

 数秒後、天地がひっくり返るほどの揺れが襲ってきた。


 「やべぇ!! 起きた!!」


 毒によってのたうち回っているのだろう。

 肉壁に、俺の体が叩きつけられる。

 うーん、薬少なかったかなあ。

 全部撒くか。

 俺は、タンクの中が空になるまで薬の散布をやめなかった。

 やがて、揺れが少し小さくなる。

 しかし、まだ生きているようだ。

 よし、ここまで来ればトドメだ!


 「毒団子、毒団子っと」


 見た目は人間が食べる用のサイズの団子を二つ取り出して、飛行魔法をかけ、ドラゴンの胃まで飛ばす。

 

 「よし、出よ出よ」


 と、俺が外へ出ようとした時。

 暗闇の向こうから、なにかが迫ってくる気配がした。


 「うお、マジか!!」


 俺は、出入口である鼻の穴の光目掛けて走り出す。

 ついでに身体強化して、スピードを上げた。

 エリィさんが首を落とした気配が無いし、たぶん暴れ回るってほどじゃ無かったのかな?

 そんなことを考えならがら外へ出る。

 同時に俺自身に飛行魔法をかけ、空へと飛び上がる。

 一瞬遅れて、俺が出てきたドラゴンの鼻の穴から泡ぶくが大量に溢れ出た。

 血も混じっている。

 ドラゴン全体を観察し、念の為、鑑定してみる。

 死亡の鑑定結果が表示され、とりあえず俺は息を吐き出した。


 そして、成り行きを見守っていたエリィさんを見つけると、俺は少し離れた場所に下りて防護服を脱ぎ、金を貯めて冒険者として初めて買ったマジックアイテムである、なんでも入る魔法袋にそれを収納した。

 同時にエリィさんが俺の元へやって来て、


 「あっという間だったな!

 少し苦しそうにドラゴンが動いたが、斬らなくて正解だったか?

 お疲れ様!」


 「あはは、ありがとうございます。

 えぇ、毒団子もありましたから。それで正解でした。

 でも、他の冒険者がコレ見たら、狡だなんだって騒ぎそうですよね」


 「たしかに。

 武人云々、冒険者の伝統云々って持ち出す輩が出るだろうな。

 でも、ここに他の冒険者はいないわけだから、関係ないだろ」


 「ですね!」


 俺たちは笑いあって、ドラゴンの解体に取り掛かった。

 今日は専門の業者にも貸し出されている機器を使っての解体だった。

 他業種の、滅多に見ることの無い機器、道具の数々にエリィさんが目を輝かせる。

 肉や内臓は今回は食べられないので、このまま此処に放置するがそれ以外の骨や鱗、角に牙なんかを解体して処理し、回収する。

 しかし、解体にばかり意識を向けてはいられない。

 血の匂いに誘われて、他のモンスターや獣たちが寄ってくるからだ。

 今回使った薬剤はドラゴンにとっては猛毒だが、ほかのモンスターにとっては無害だったりする。

 もしも、この仕事を俺一人で受けたなら安全な場所まで移動して解体と処理を行っていた。

 しかし、エリィさんがいる。

 俺はエリィさんに、解体と処理が終わるまでそう言った獣たちをなるべく追い払うようお願いした。


 「よし、終わり!」


 俺は額の汗を拭い、なんとか処理を終わらせた。

 災害級を殺して解体完了まで、六時間ほどかかってしまった。

 うー、お腹減った。


 「エリィさん、終わりましたよー。

 帰りましょうか!」


 俺は、モンスターと動物関係なく追い払い続けていたエリィさんに声をかけた。


 「そうか! このまま報告か?」


 「ええ、そのつもりです」


 「なら、その後食事に行こう。

 パーティ再結成と初仕事終了記念だ、奢るぞ!」


 「え、ほんとですか!

 ありがとうございます!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る