第4話
農業ギルドからの依頼を確実に受けるために、依頼書にはこう追記をお願いした。
『面接にて、冒険者を決めるものとする』と。
他の冒険者が依頼を受けないようにするための処置だ。
使えるものはなんだって使う。
その甲斐あってか、それともたまたま応募者が少なかったからかはわからないがとにかく俺とエリィさんはなんとか無事に依頼を受けることができた。
あ、あと利用するギルドを変えたのも良かったのかもしれない。
農業ギルドのギルドマスターの一人にちょっと相談したら、嫁さんが農民出身でそういう偏見や差別意識が無い冒険者ギルドのギルドマスターを紹介してくれたのだ。
おかげで話がスムーズに進んだ。
新しく利用するようになった冒険者ギルドの受付も、腹の中はともかく表向きは普通に接してくれていた。
さて、その件の依頼だが、
「いや、まぁたしかにドラゴン退治を希望はしたが」
農業ギルドの応接室にて、エリィさんが依頼書を片手に顔を引き攣らせた。
テーブルを挟んだ向こう側には、今回の根回しを頼んだ農業ギルドのギルドマスターがきょとんとエリィさんを見ている。
「え、もしやエリィ殿には不服でしたか?」
どうしよう、この国でも屈指の冒険者に対して失礼な依頼を出してしまったか、と農業ギルドのギルドマスターが不安そうにする。
俺は、腕を組んで悩む。
たしかに、エリィさんもすでにSが三つもつく英雄クラスの冒険者だ。
もう少し歯ごたえがある依頼がいいだろう。
しかし、
「でも、
今政権交代して、その際処刑される予定だったのに脱走したとかで、賞金首になってるらしいですけど。
さすがにエリィさん、賞金首の依頼は農業ギルドの管轄外ですよ。
農業ギルドのブラックリストに入ってるのは、もっぱら害獣ばかりですし」
俺は口を挟んだ。
農業ギルドのギルドマスターも、困ったなぁと険しい顔になる。
「災害級以上となると、難しいですね。
ドラゴン以外にもありますけど、キングベアの巣の掃討とか。
薬剤撒かずに冒険者本来の討伐の仕方ならば、それなりの運動にはなるとはおもいますから」
「お前らは私を戦闘狂かなにかかと勘違いしてないか?!」
「「え、違うんですか?」」
俺と農業ギルドのギルドマスターの声がハモった。
「違う!!」
「でも、だいたいSSS級の冒険者ってなんていうか、個性的な人多いじゃないですか。
戦闘狂だったり、変態だったり、主に、変態だったり」
「SSS級の冒険者に対する偏見、酷くないか?!」
そこで、エリィさんは深呼吸して続けた。
「いや、そうじゃなくてだな。
てっきり、危険度B級か、せいぜいA級を斡旋されると思ってたんだ」
「あー、なるほど。
すみませんねぇ。その依頼、あるにはあったんですけど。
この前新人の冒険者の子に流しちゃったんです」
農業ギルドのギルドマスターが、ポリポリと頭を掻きつつそう言った。
「は、はあ?!
新人に??!!」
「えぇ、冒険者ギルドの稼ぎだけじゃ食費も生活費も足らない。
討伐したモンスターで食べてもOKな依頼紹介してくれって」
「食べっ?!」
エリィさんが、驚きで言葉を詰まらせた。
「あー、はいはい。俺も最初そうやって食費浮かせてました」
懐かしいなぁ。
いや、今でも時々やってるけど。
誰もパーティ組んでくれないし。
ようやく組めたと思ったら、農民ってことで待遇酷いし。
食費もだけど下宿先への家賃も稼ぎたかったから、農業ギルドの依頼受けまくってた時期が、俺にもあったのだ。
本当に懐かしい。
「そういえば、一時期頻繁にお前、下宿の庭で肉を焼いてたが」
「あ、はい! 処理して余った部位をお持ち帰りしておやつにしてました!」
「依頼品をお持ち帰りするな!!」
「大丈夫です、許可は取ってましたから」
「そうですよ。エリィ殿、大丈夫です。よくやってることですから」
エリィさんは、愕然として呟いた。
「冒険者ギルドと勝手が違いすぎる」
「なにを今更。農家と農業ギルドの常識は冒険者ギルドの非常識じゃないですか」
そんなこんなで和気あいあいと、仕事の話は進んでいく。
依頼内容は災害級ドラゴンの駆除。
災害級とはまあ、地震とか山火事とか津波とか、災害並に厄介で国の一つや二つを簡単に滅ぼせるほどの力を有したモンスターのことだ。
これを倒した者は英雄と称される。
それこそ飛び級で、万年D級の俺ですらもしかしたら試験無しで昇級できるかもしれない。
さて、その倒し方だが冒険者達なら複数のパーティで連携を取り技を繰り出し、怪我やら犠牲やらを払いながら倒すことだろう。
あと、山のようにデカい竜はだいたい災害級だ。
さて、農民はこれをやりようにもよるが一人でなんとかする。
出来てしまう。
とは言ってもリスクはある。
なので、農民であっても二人以上、出来れば三人以上で仕事に臨むのがいいとされている。
雪下ろしと同じだ。
何かあっても、その何かに気づける人間がいた方がいいのだ。
あと、雪は音を吸い込むので屋根の雪下ろしをしてて、足を滑らせ落下、一人で作業しているとそのまま雪に埋まってしまい死ぬことがある。
毎年、豪雪地帯のどこかの家では起きている事故だ。
それはともかく。
さて、今回はエリィさんがいるので二人だ。
「それじゃ、薬の手配をお願いします。
散布機は実家から持ってきたのがあるので、それ使います」
「分かりました。なんなら散布機のメンテナンスもサービスしますよ?
シンさんにはお世話になってますし」
「え、マジっすか?!
ありがとうございます!
言葉に甘えさせてください!」
駆除に必要な物は、冒険者ギルドではなく農業ギルドから仕入れる。
たまに試作品のモニターなんかも頼まれたりする。
世に出る前に、試しに使って意見を言ったりするのだ。
「今回は薬剤散布ですけど、念の為に毒団子もつけましょうか?」
農業ギルドのギルドマスターに提案される。
「あ、お願いします。使わなかったら使わなかったで、またつぎに回すんで。
そうですね、在庫がもう全くないんで、とりあえず十二個入りのやつを五箱もらえますか?」
「あ、それなんですが。
最近二十四個入りと三十六個入も出たんですよ。
あとは、成分が強めのやつが別にあります」
言いつつ、ギルドマスターは商品リストと値段が書かれた用紙を見せてくる。
エリィさんはほとんど会話に入ってこなかった。
冒険者とはまた別の専門用語が飛び交っていたからかもしれない。
俺はリストを吟味して、必要なものを買い揃えた。
「あ、そうだギルドマスター」
もう買い残しなどはないかとチェックしている時に、俺はあることを思いつく。
「今回は現場で解体と処理やっちゃいたいんで、レンタル機材のリストも見せてもらっていいですか?」
そこに、待ったを掛けたのはエリィさんだった。
「レンタル機材ってなに?!」
「あー、えっと、冒険者ふうに言うならレンタル武器のリストですよ」
「そんなのもあるのか?!」
「ありますよー。だって買うと高いんですよ?
頻繁に使う実家みたいな農家ならともかく、俺みたいな使用頻度がまばらな奴は、借りた方が安く済むんです。
耕運機だって、未だに値が下がらないし。
あれ一台で白金貨一枚はするんですからね」
「こーうんき?」
「田植えをする時に使う機械ですよ」
「たかが田植えで、公爵家の馬車一台分の金を使うのか?!」
「普通ですよ。
まぁ、農業ギルドが各地の領主様に働きかけてくれたおかげで補助金やらレンタルやらでなんとか安く済んでます。
おかげで、エリィさんや俺達の親世代の頃に比べれば農作物の自給率とかが上がったんです。
ちゃんとした物を作る、食べるって滅茶苦茶大変で金が掛かるんですよ。
耕運機だけじゃなくて、他の機材もそんな感じで滅茶苦茶高いです。
たかが田植え、たかが野良仕事。
されど、飢えには代えられませんからねぇ」
食べなければ人は死んでしまうのだから。
「あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃ。すまない」
エリィさんが、自分がなんと言ったのか理解して謝ってきた。
「いえいえ、気にしてないんで。それこそ畑違いの仕事だとそんな認識だと思いますよ」
俺だって物語でしか冒険者のことを知らなかったら、こんなにシビアだとわからず終わっていたと思うし。
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