第3話
「とりあえず、しばらくはソロ活動なわけだな」
確認するようにエリィさんに聞かれ、
「ええ」
特に否定する理由も、嘘をつく理由も無いので俺は頷いた。
「ならちょうどいい。
シン、私とまた組まないか?」
突然の申し出に、俺は目を丸くする。
「え、構わないですけど。
エリィさん、今のパーティメンバーは??」
エリィさんは今やトップレベルの冒険者だ。
SSSランクの冒険者だ。
そのため、仲間もふさわしい人達が揃っていた。
伝説の邪龍退治をしたのも彼女のパーティだったはずである。
不思議に思って聞いたのだが、エリィさんの目がなんか、死んだ魚みたいな目になった。
かと思うと、
「畜生!! みんな末永く幸せになりやがれ!!」
テーブルに突っ伏して、そう叫び始めた。
要約すると、彼女を除いたメンバー全員が寿退社ならぬ寿脱冒険者してしまったのだ。
男性メンバーもいたのだが、子供が生まれたので育休も兼ねてしばらく活動を休むことになったらしい。
おめでたい話だ。
そして、そのおめでたい話の流れ弾を直に食らったのがエリィさんだった。
そのため新しいメンバーを募集するための手続きに、奇遇にも今日冒険者ギルドを訪れて俺のトラブルに鉢合わせしたらしい。
おかげで、俺は資格を剥奪されずに済んだ。
「なるほど、そのままお茶飲みに来ましたもんね。手続きまだなんですよね。ご迷惑お掛けしました」
「いやいや、ちっとも迷惑なんかじゃないさ。
むしろ優秀な人材と巡り会えて幸福だった。
それで、答えは?」
「あ、不束者ですがよろしくお願いします」
こっちとしても、勝手知ったる元師匠だ。
むしろ、俺が彼女の足を引っ張ることの方が多いだろうが、また色々学べるし、何よりも彼女が冒険者ギルドで依頼を受けてくれるだろうから、悩みの種が一つ減るので願ったり叶ったりだ。
「おいおい、お前はもうB級冒険者だろ。なんだその挨拶は」
「いやいや、それが昇級試験が受けられなくて、悲しいかな未だにD級なんですよ」
「……まさか、だよな?」
エリィさんが信じられない、とばかりに聞いてくる。
「その、まさか、ですよ。
俺、Dランク止まりなんです。
まあ、この話はやめましょう。
それよりも、、頃合かなとも思ってたんで今後は別のギルドを利用しようかなって考えてます」
あのギルドに固執する理由も無かったが、なんとなくタイミングを逃していたのだ。
「そうか、なら私もそうしよう。
あそこのギルドマスターはいい人なんだが、連盟幹部も兼任するようになってからどうも従業員の質が落ちてきたからな」
そうだったのか。
そういえば、あまりギルドマスターがギルドの建物内に常駐しているのを見たことが無い。
これは他の冒険者ギルドを利用している、同じ農民出身者から聞いた話だが、他の冒険者ギルドではギルドマスターが常駐しているのが普通らしい。
まぁ、国で決められた休みを除いてだが。
たぶん、それもあるんだろうなぁ。
「この際だ、シン。
私が推薦するから昇級試験を受けろ」
「あはは、お気持ちは嬉しいですし、出来れば利用させてもらいたいですけど。
俺の戦果、というか戦績はほぼ全て無かったことになってますから」
冒険者ギルドの昇級試験を受けるには、色々条件がある。
何度か他者と組んで討伐クエストも受けてきたが、その度に俺は何もしなかった、役立たずだったと報告されている。
おかげで、万年D級だ。
「なるほど、いや、待て。
農業ギルドからの依頼は受けてるんだよな?」
「えぇ、普通の、エリィさんの前で言うのはなんですけど、普通の街出身の冒険者だとまず受けない依頼ですから。
結果的に農民出身者が受けています」
冒険者ギルドに張り出されていないだけで、農業ギルドだけではなく商業、情報、とにかく各ギルドに行けば冒険者でも依頼が受けられるのだ。
まぁ、繋がりが大事になってくるけど。
「そういえば、極々たまに、だが。
冒険者ギルドに農業ギルド含めた色々なギルドからの依頼が張り出されることがある。
その辺のカラクリ、お前なら知っているか?」
「あー、あれは、本当に誰も受ける人がいなくて緊急性の高い物が張り出されてるんですよ。
他のギルドに関しては知りませんけど、農業ギルドに関してはそうなってます。
俺も見たことありますけど、実際、農業ギルドからのクエスト受注対象者はS級以上の冒険者限定のモンスター討伐がほとんどですし」
「あー、なるほど。そうなってたのか。
でも、それなら問題ないな。
あとは、一応聞くが農業ギルドからの依頼を故意的に冒険者ギルドへ出して、私が受けるように出来たりできるか?」
最後の確認のための言葉は、ほとんどダメ元のようだった。
俺は、よく知ってるなぁと思いつつ、返した。
「出来ますよ」
「出来るのか?!」
自分で聞いておきながら、なんだその驚きは。
「はい、できます」
冒険者ギルドも横の繋がりというのはあるが、農業ギルドのそれは冒険者ギルドをはるかに上回ると考えられている。
色々大人の事情があるらしいが、結局食い物が無ければ人間は生きていけないし、農民と一括りにされてはいるがその中には狩猟で生計を立てている人達もいる。
森や海等、そういった自然を相手に商売をしている人たちがいる。
そして、そういった人達の取り引き相手は、なにも街で暮らす人達ばかりでは無い。
エルフや誇り高いとされる龍神族、その他様々な亜人種を相手にしているのだ。
だからこそ、縦のつながりもそうだが横の繋がりも中々重要になってくる。
農業ギルドの怖いところは、冒険者ギルドが手を出す前に様々な種族との外堀をすでに埋めてしまっていて、政治の中心にまでくい込んでいる龍神族が後ろ盾になっているところだ。
と、凄いところだけを上げてみたが、とどのつまり縁故があるので融通がきく程度と考えてもらえたらわかりやすいだろうか。
不思議なもので農民から野菜は買いたくないが、農業ギルドからなら安心して買えるという認識があるのだ。
「簡単に言っちゃうと、この王都に五つほどある農業ギルド。
そのギルドマスター全員とそこそこ仲が良いんですよ、俺。
だから、その伝手でそれくらいの融通は利かせてもらえるかなって思います。
でも、お願いをするのに頭を下げに行くことになりますけどね」
これは、どの組織でもあることだ。
「そうか、わかった。
なら、農業ギルドのギルドマスターへの連絡を頼めるか?
予定を合わせるから」
「?」
「いや、そんな変な顔をしないでくれ。
私が根回ししに頭を下げに行くから、いつなら都合がいいか聞いておいてほしいんだ」
「え?!」
「何をそんなに驚く?」
「エリィさんが行くんですか?!」
「当たり前だろう。
ランク差がある以上、冒険者としては私がお前の上司であり、パーティリーダーになる。
なら、誠意もこめて力を貸してくれ、と頭を下げに行くのは当然だと思うが」
「でも、エリィさんって、貴族、ですよね?」
「そうだが、あぁ、身分差のことか。
確かに貴族が平民に頭を下げに行くのは奇妙に映るかもな。
普通ならしない。
でも、これでも体育会系に属していたんだ。
身分とはまた別の意味で階級が上の者への挨拶も徹底的に仕込まれたし。
なにより、今の私は冒険者のエリィだ。
貴族として行くのではなく、冒険者として頭を下げに行くんだ」
「えー、大丈夫ですか?
無理してません?」
「全然。
むしろ、必要な行動だろ?」
「まぁ、はい、農業ギルドはなんだかんだ言っても、ムラ社会の影響が大きいので。
そういった誠意は大事です」
「なんなら、黄金色の菓子も用意するが」
「そこは普通の高級なお菓子で大丈夫ですよ。
そうですね、農業ギルドでも取り扱って無い珍しい茶葉でもつければもう怖いもの無しです」
冗談めかして言ったつもりだったが、まさかエリィさんが俺の言葉を真に受けて全部用意するとは思っていなかった。
黄金色の菓子が無かったのは、ちょっと安心した。
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