第5話 先輩とガチ泣き

「そういえば、俺、彼女が出来たんですよ」


 その日、俺は部屋に入ってしばらくしてから、先輩にそう言った。


 無論、嘘である。


 俺は先輩がこの前、俺に話してきた冗談を、先輩にもやり返すことにした。


 先輩は面白い程に目を丸くして俺のことを見ていた。しばらく俺が何を言ったのか理解できないようだった。


「そ……そうなの? えっと……おめでとう?」


 ぎこちない笑みを浮かべながら先輩はそう言う。


「えぇ。ありがとうございます」


「えっと……同じ学年の子?」


「いえ。一つ上の学年です」


「え……じゃあ、私と同じ学年ね……」


 先輩は段々と悲しそうな顔になっていった。なんだか、見ているだけで可愛そうになってきた。


 しかし、俺は追撃をやめない。


「だから、この部屋に来る機会も減ると思うんですよね」


「そ……そうよね……そう……」


 先輩は力なく俯いてしまった。そして、そのまま黙ってしまう。


「えぇ。だから、そういう事情もあるので、先輩に質問に答えてほしいと思うんですよ。先輩って、やっぱり処女で――先輩?」


 先輩は俯いたまま、顔を上げない。


 というか、少し肩を震わせているようだった。


 ……泣いている。明らかに声を押し殺して泣いている。


 しかも、ウソ泣きではなく、ガチ泣きである。


 その証拠に先輩が俯いている床を見ると、水滴がポロポロと零れている。


「ご、ごめんなさい……ちょっと、いきなりで驚いてしまって……うぅ……そう……もう、後輩君と……会えなくなっちゃうのね……」


 ……やってしまった。俺はこの人が良くも悪くも素直すぎるということを忘れていた。


「……えぇ。そうなりますね」


「……いえ。もう大丈夫……悪かったわ。ちょっと取り乱してしまって」


 先輩は勢いよく顔を上げる。明らかに目元には涙が溜まっていた。


「えっと……あの質問よね。せっかくだから、答えてあげるわ。私はアナタの思っている通り処女で――」


「……いいです。今日は答えなくて」


 俺はそう言って先輩の回答を遮る。そして、そのまま立ち上がる。


「……帰ります。やることが出来たんで」


「え……あ、もしかして……彼女さんに会いに行くのよね? 気にしないで。いってらっしゃい」


 先輩は明らかに無理矢理に笑顔を作って俺を見送る。俺は何も答えずに部屋を出る。


「……面倒な人だな。本当に」


 ……やはり、どうにも、先輩を誂ってやろうと思った自分が間違っていたようだ。


 俺は深く反省しながら、存在しない彼女に交際の別れを告げるために、そのまま学校を出たのだった。

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