第36話『再会』レオナルド視点


 陛下の命を受けた俺は直様自分の執務室へと引き返した。


 このまま単騎でユリアーゼを迎えに行きたいところだが、俺の王太子としての立場上それを強行してしまえば、俺の護衛についている騎士達が罰を受けることになる。


 それに救出したユリアが弱っていた場合、直ぐに医師の診断を受けられるように手配する必要があるのだ。


 部屋の主が戻ってきた事でルアンとセシルが顔を見合わせる。

 

「陛下の命でアゼリア子爵家からユリアーゼ・アゼリア子爵令嬢の身柄を保護するようにとの指示が出ました、直ぐに用意を」


「「はっ!」」


 そこからは早かった、セシルによって執務机に広げられた地図でアゼリア子爵家の所有領地の場所や、ユリアを無事に回収できたとしてそこからの脱出通路の計画をルアンに着替えを手伝ってもらいながら練っていく。


 移動にかかる騎馬での日数と馬車での日数、準備していく必要があるもの、それらをセシルが次々と算出しては指示を出していく。


「ルアンはアゼリア子爵の家のある街から一番近い街にある宿屋へ医師と共に待機していてほしい、それからセシルはここで補佐を」


「残念ですがこれから私用がございますので失礼いたしますよ」

 

 そう言うとセシルは何事もなかったかのように引き上げていってしまった。


「仕方ないな……それではルアン、後を頼む」


「はい、お任せ下さいませ」    


 護衛達を引き連れて王城から走り出る。


 石畳の敷き詰められた城下町を抜けたところで騎乗し待ち構えていたセシルを見付けて俺は頭を抱えた。


「奇遇ですね殿下、私の私用がアゼリア子爵領方面なので道中ご一緒させてください」


 どうやらセシルの私用は置いていかれないようにするための対策だったらしい、にっこりとのたまうセシルに呆れつつも、俺は同行の許可を出した。


 途中途中にある村や街で休憩を挟みながらの騎馬での強行軍となったが、二日後にはアゼリア子爵領へと辿り着くことに成功した。


 先触れも出さずに来訪した自国の王子の登場にアゼリア子爵家の人々は混乱をきたしていた。


「アゼリア子爵はどこだ?」


「だっ、旦那様はまだお屋敷へいらっしゃっておりません、本日中には到着される予定だったのですが……」  


「そうか……ではアゼリア子爵が到着するまで我々はこちらで待機させてもらおう」


 本当ならば追い越してしまったらしいユリアをすぐにでも探しに行きたい。


 けれど目の前で王族に対して不敬があってはならないと息を詰めながら話すアゼリア子爵家の使用人の言うとおり、こちらへ向かっているだろうユリアとまたすれ違いになることは避けたかった。


「で、ではおもてなしを」


「我々のことは気にするな、アゼリア子爵が到着し用が済み次第出立するからな」


 俺の到着から遅れること半日、アゼリア子爵家に現れた箱馬車を取り囲む。


 馬車に取付けられたガラスは全てカーテンが閉められており、馬車の中の様子が見られないようになっている。


「無礼者! 私がアゼリア子爵だとわかっていての狼藉か!?」


 急に停まった馬車から怒りを顕にして姿を現したアゼリア子爵の前に姿を見せる。


「久しいなアゼリア子爵」


「れ、レオナルド殿下、なっ、なぜ殿下がアゼリア子爵領の……それも我が邸宅へいらっしゃるのでしょう?」


 先程の怒りはどこへ行ったのか、まるで悪事を見つかった者のように挙動不審に視線を彷徨わせる。


「王城へ来るようにと陛下からの命を放棄し突然領地へ帰られたもので、国王陛下から子爵へ直接会って話を聞いて来るようにと勅令が下りました」


「それはお手を煩わせてしまい申し訳ございませんでした。 陛下への書状にしたためましたように、娘の体調が優ず療養のため急ぎ王都を離れることになりました。陛下には後日改めて謝罪させていただきます」


 馬車の扉を背中で隠すように動くアゼリア子爵の姿に苛立ちが募る。      


「アゼリア子爵、ユリアーゼ嬢へ挨拶をさせてもらいたいのだが?」


 俺がユリアの名前を出すとアゼリア子爵は目に見えて慌て始めた。

 

「い、いえ!ユリアーゼは下級貴族の娘に過ぎません、わざわざ殿下のお目に入れるなど……」


「そこを開けろと言っているのだアゼリア子爵」


 先程から苛立ちのせいで普段抑え込んでいる濃密な魔力が殺気共に流れ出る。 


「ぐっ、レオナルド殿下……すこし抑えてください!」


 セシルの制止する声が聞こえるが、魔力による威圧に目の前で苦しそうに顔を歪めるアゼリア子爵から視線ははずさない。


「レオナルド殿下、ユリアーゼ嬢の状態によっては御身体に障ります!」


 その声にハッと魔力を抑えると、アゼリア子爵が地面へとへたり落ちる。


「聖女虐待容疑でアゼリア子爵の身柄を確保!」


「はい!」


 セシルの号令でアゼリア子爵は護衛騎士たちに拘束される。  


 馬車の扉へ手を伸ばしてゆっくりと扉を開く。


 馬車の座席と窓によりかかるようにして黒い布に包まれたピンクブロンドが目に映る。


 ウェーブがかかった髪は同じなのに艶が失われているようだった。


 何かに抵抗し続けたのか、それとも折檻を受けたのか、意識のないユリアーゼは美しい肌にくっきりと青痣が浮かんでおり、唇の端を切ったのか赤く炎症をおこしており……ボロボロだった。

  

 学園にいた頃の華やかさがなく、ろくに食事も取れていないようで、心労から窶れやせ細っていた。


「ユリア……」


 俺は馬車へと乗り込み、記憶よりも更に軽くなってしまったユリアを抱き上げる。


 熱が出ているのだろう、呼吸は荒く意識がない。


「直ぐに助けてやることが出来ず……すまなかった」 


「殿下、このままユリアーゼ嬢をアゼリア子爵邸で休ませましょう……ルアンが医師を連れて隣町に来ているはずですので大至急アゼリア子爵家へ来るようにと連絡を送ります!」


「頼む」


 セシルとの会話を終えて、何が起きているのかわからずにいるアゼリア子爵家の使用人に向き直る。

 

「ユリアーゼの部屋へ案内しろ」


「ゆ、ユリアーゼお嬢様のお部屋でございますか!?」


「あぁ急げ」


 アゼリア子爵家のエントランスには左右対象に上階へと登るための階段が設置されている。


 二階建てなので他の貴族家の生活様式に当て嵌めるならばアゼリア子爵の家族の生活スペースは二階に確保されて居るはずだ。

 

 ユリアの部屋も二階だろうと当たりを付けて階段へ向かうが、使用人が慌てて止めに来る。


「王太子殿下、ユリアーゼお嬢様のお部屋は二階にはございません」


「なんだと!?」


「ユリアーゼお嬢様のお部屋は、住み込みで働く我々と同じく一階の使用人達部屋を使用されておりました」   

    

 その一言でこのアゼリア子爵家でのユリアの扱いがどのようなものだったかわかる。


 ユリアの身体を抱きながらユリアに用意されていた部屋へと向かう。


 使用人区域にあるとは聞いたが、まさか掃除がされておらず部屋の角には蜘蛛が巣を張り、板張りの床や数少ない寝具や家具にもホコリが積もっており、部屋の扉を開いた風圧でホコリが宙を舞う。


「……貴賓室などは無いのか?」


「一応ございますが、アゼリア子爵様は一年の大半を王都でお過ごしになるため、屋敷を管理する使用人も僅かなのです」


 話に聞けばアゼリア子爵一家が帰ってくる時は王都に居る使用人達を先にアゼリア子爵領へおくるため、普段この屋敷には目の前の初老の男とその妻が住み込みで管理しているらしい。


 今回のように何の用意も、使用人達の先行移動も無しにアゼリア子爵が領地屋敷へ来ることはまず無いらしくとても驚いたらしい。


 そのためエントランスと二階の領主家族の部屋はなんとか掃除したものの、それ以外の場所は掃除が間に合わなかったらしい。


「二階の奥様やお嬢様のお部屋は掃除が済んでいますが、やめたほうがいいですじゃ……あの部屋は、ユリアーゼお嬢様は休めねぇ……と思う」


「そうか……であれば当主の部屋も休めまい……」


 腕の中のユリアーゼを抱き上げ直して俺はそのままエントランスへ戻ると、セシルの側へと向かう。    


「殿下いかがされたのですか? ユリアーゼ嬢を休ませるのでは無かったのですか?」


「そのつもりだった……そのつもりだったんだ……」


 腕の中にいるユリアの身体が、学園で抱き上げたときよりもさらに軽くなっている。


「一体何が……」 


「セシル、強行軍続きですまないが、当初の予定通り街へ向かう……皆もここまでの護衛感謝する、数人ここへ残り明日アゼリア子爵を王城へ連行してほしい」


アゼリア子爵が乗ってきた馬車に乗り込みユリアの身体を抱きながら俺達はアゼリア子爵家を出立した。 


    


 

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