第37話『貴方の側で』
アゼリア子爵家を出立した後、馬車の座席に凭れ掛かりながら、朦朧とする頭とズキズキ痛みを訴え続ける身体を丸めるようにしてなんとか座った。
しかし石畳で舗装された王都を離れ、凹凸や岩に馬車の車輪が取られるようになると、座っていることすら出来なくなった。
馬車の振動が痛む身体に伝わる。
痛みに脂汗が浮かび寒気を経て熱を出すまでにそう時間は、かからなかった。
熱に浮かされながらも、途中途中で立ち寄った宿では与えられた部屋で寝ていることしか出来なかった。
そして翌早朝にはまた馬車で移動を開始するのだ。
どれほどの間そうしていただろう……気が付けば相変わらず馬車の中で、馬車が動いているのは感じるけれど、温かい何かに身体を包まれているので痛みが少しだけ弱まった。
トクリ、トクリと定期的に聞こえてくる音が心地よくて思わずすり寄れば、ビクッと椅子が動く。
「ユリ……アーゼ嬢? 気が付きましたか?」
あぁ、とうとう幻聴まで聞こえるようになったのか私は……
まぁ幻聴くらい今更か、だってこの人に会うためだけに私は異世界転生なんて摩訶不思議な体験をしてこの乙女ゲームの世界にやってきたのだから。
「※※※※※(勝っちゃん)」
名前を呼びたいのに、言葉は音にならずに消えていく。
愛しい名前を呼びたいのに……制約が邪魔をする。
「※※※※※(勝っちゃん)」
私はね貴方にだけ会いたくて、会いたくて、会いたくてここまで来たの……
「※※※※※(勝っちゃん)」
涙が溢れて貴方の顔が見えない。
触れることが出来ない幻影に震える右手を伸ばす。
「※※※※※(勝っちゃん)」
フワッと私の右手に幻影の手が重なり、私の手のひらを自らの左頬へと触れさせる。
触れさせ……る?
「優里亜(ゆりあ)」
そう、優里亜(ゆりあ)……こちらの世界で二度と聞くことができないと思っていた前世の自分の名前。
ユリアーゼではなく、ユリアでもない。
二階堂優里亜(にかいどうゆりあ)、私の……名前、
「勝っちゃん?」
「あぁ、そうだよ優里亜」
こんな幸せな夢……もしかして私は死ぬのだろうか。
「気付くのが遅れてごめん、もう誰にも渡さない」
ぎゅうっと抱き締められて少しだけ苦しい。
でも……それ以上に今が幸せだ。
「どこにも行かないし、離すつもりも無いからもう少しだけ寝とけ?」
額に落ちてきたレオナルド殿下の口付けが嬉しくて、広い胸に素直に擦り寄る。
「おやすみ俺だけのお姫様」
次に目が覚めると何処か知らないが部屋のベッドの上にいた。
泣きすぎたのかズキズキと頭が痛いけれど、熱はだいぶ下がっているようだった。
なんとか身体を動かしてベッドへ両手を支えにして上半身を起き上がらせる。
「起きたのか!?」
扉が開き部屋へと入ってきたレオナルド殿下が私に近づいてくる。
「はい、あの……レオナルド殿下……ここはいったい?」
「あぁ、アゼリア子爵領にある街の一つ、そこの宿屋だ」
木製のコップに水を注ぎながらこちらへやってくるレオナルド殿下には全学年交流会で傷つき弱り果てていた姿は無かった。
「ゆっくりと飲め、おかわりは沢山あるからな」
「ありがとうございます殿下……」
渡されたコップに口をつける。
水に酸味の強い果物の果汁を混ぜ込んであるのか、ほのかに甘くてスッキリと飲みやすい。
「ところでレオナルド殿下とは随分と他人行儀なんじゃないか? なぁ優里亜?」
ぐふっ、やばい気管に入った。
「慌てて飲むからそうなるんだよ」
「れっ、れれれ」
「お出かけですか?」
「レレレのレー!」
つい反射的に返してしまった。
「ぶっ、クククッ」
「レオナルド殿下!」
お腹を抱えながら笑いだしたレオナルド殿下の姿に困惑する。
「レオナルド殿下じゃないだろう? 優里亜、昔みたいに読んでくれ」
優しい笑顔で名前を呼ばれる。
「勝っちゃん?」
「あぁそうだ」
「勝っちゃん、勝っちゃん、かっちゃん!」
居ても立っても居られなくて、私はベッドの上からレオナルド殿下の……勝っちゃん目掛けて飛び付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます