第53話 ネコの恩返し

 獣王ガルムの剛腕がうなりを上げる。一撃で敵を粉砕し肉片に変えそうな攻撃だ。回避が間に合わないと思ったその時、俺達の間に入るようにミーニャが割り込んできた。


「待ってくださいです!」


 ミーニャ! ミーニャが!

「危ないっ!」


 とっさに俺は動いた。ミーニャを守り覆いかぶさるように。


 ブオンッ――――

 ガルムの攻撃が寸前で止まっていた。風圧だけが届き、鋭い爪の生えた腕はギリギリのところで停止している状態だ。


「お、おいっ! 危ねえな! もうちょっとでお嬢ちゃんを潰しちまうところだったじゃねーか!」


 ガルムが吼える。いや、普通に喋っているだけかもしれないが、声が大きいので吼えているように聞こえるのだろう。


「俺は人族はぶっ殺すが同族は殺さねえんだ!」


 ガルムの言う同族・・とは、獣人族のミーニャのことだろう。ガルムは獣人族の魔王なのかもしれない。


「ミーニャ、大丈夫か?」

「御主人……ここは任せてくださいです」

「えっ」


 ミーニャがガルムの前に出る。


「獣人族の魔王ガルム様、ミーニャの話を聞いてくださいです」


「な、何だ! お嬢ちゃん」


 相手が同じ獣人族とあってか、ガルムは話しを聞いている。


「た、確かにミーニャは御主人の奴隷です。でも、これはミーニャが奴隷狩りに捕まって奴隷商に売られそうになったところを助けてくれたからなんです」


 ミーニャ……


「ミーニャは弱くて何の役にも立たないのに、それでも御主人は仲間にしてくれて、温かいご飯とベッドをくれたのです。ただの足手まといのミーニャに、優しくしてくれたのです」


 ガルムは黙って聞き入っている。


「親の顔も知らないミーニャに、孤児みなしごのミーニャに、初めて優しくしてくれた人なんです。奴隷にしたのに、一度も呪いで操って酷いこともしてないです! 御主人は人族だけど、悪い人間じゃないです! 御主人の話を聞いてくださいです!」


 ミーニャ……

 そんな風に思っていたのか。ただ何となく仲間にしただけだったけど、ラノベやアニメでありがちな特殊なスキルに目覚めることもなかったけど……でも、一緒にいて楽しかったから。


 ミーニャの話で俺が泣きそうになってしまった。



「グルルッ、ぐおおおおおおおっ! 良い話じゃねーか! 俺は感動したああっ! ガルルルルル!」


 俺より先にガルムが泣いている。同族の身の上話には弱いのだろう。


 ガシガシガシ!

「お前、良いヤツなんだな。獣人族を救ったヤツは歓迎だぜ!」


「お、おう。痛い、痛いって」


 ガルムに肩をベシベシされる。軽く肩を叩いているつもりなのだろうが、ガルムの力が強くてちょっと痛い。こんなゴリマッチョなら、マサトラと腕相撲でもしてもらいたいくらいだ。


「獣人族のお嬢ちゃんを助けたヤツなら信用してやるぜ。さっきも、俺の攻撃からお嬢ちゃんを守ろうとしていたしな。俺は人を見る目はあるんだ。ガルルッ」


 おい、さっきまで俺をぶっ飛ばそうとしてたじゃねーか。どんな見る目だよ。まあ、ミーニャのおかげで戦闘にならずに済んで良かったが。


「ありがとう、ミーニャ。おかげで助かったよ」

「にゃにゃっ」


 モフモフしているオレンジ色の髪の毛を撫でてやると、気持ち良さそうな顔でミーニャがゴロゴロする。



「そ、そうだ! 重要な話があるんだ。とにかく聞いてくれ」


 俺が魔王達に話しかけると、まだニーズヘッグとフレースヴェルグが喧嘩をしていた。


「この淫乱ふしだら色ボケ蛇娘がっ!」

「うっさい! うっさい! うっさーい!」

「どうせ好みの人族少年でもペロペロしたいだけじゃろ!」

「わーっ! わーっ! ちち、違うし! バーカ、バーカ!」


 こ、こいつらアホかな――――




 やっと落ち着きを取り戻した魔王達が席に着いたところで、俺は話しを始めた。事態が急すぎて固まっていたピリカも一緒に。


「結論から言うと、今回の世界各国のニヴルヘイム侵攻だけど、あなた達魔王の一人である幻王ラタトスクが関わっています」


 俺はストレートにラタトスクの件を伝えた。人族に変化しアースガルズの貴族と繋がっていた事。七星神の一人を操ってアースガルズの軍を動かした事。また、その七星神が倒されたのを各国に喧伝し、不安を煽って世論を誘導した事。


 今回の混乱の裏にラタトスクが関与しているのだと。



「ほら、やっぱダーリンの言った通りだし!」

 ニーズヘッグが賛同する。


「蛇娘はスイーツ脳じゃからあてにはならぬが、ラタトスクならやりそうじゃわい」

 フレースヴェルグは、ニーズヘッグを落としつつもラタトスクの件には同意しているようだ。


「ガルルルッ、ヤツは前から気に入らねえんだ!」

 ガルムとラタトスクでは、そもそも反りが合わなそうだ。


 三人の魔王が同意している中、ヘルが異論を唱える。


「ま、待ってくれ。確かにラタトスクは掴みどころがないし、喧嘩を煽って楽しんでる困ったところがあるけど……ニヴルヘイムを滅亡させるようなことをするだべか?」


 確かにヘルの言う通り、自国を滅ぼしてまで世界に混沌を広めて何の得があるのだろうか。


「とにかく、ラタトスクはボクのところにもロクに顔を出さないし、何をしているのか分からないんだ。彼は見つけ次第問いただすとして、この最悪の状況を止めるにはどうすれば良いべか?」


 ヘルの質問に俺が答えた。


「それなら先ず頼みがある。七星神の一人、神聖剣王ベテルギウス、ジャスティスという男が何者かに氷漬けにされてるんだけど。そいつが倒されたのを利用されているんだ。特殊な魔法で解除ができないのだが、誰か解除方法を頼みたい」


 世界の終焉の時に天から降臨する七星神。人々は救世主が魔族に倒されたと不安になっているところを扇動されている。七星神が健在だと主張できればきっと……。


「七星神……氷漬け……うっ、うわああああっ! ボクのせいだべか! ああっ、何でボクはいつもいつも……」


 魔王ヘルが嘆いている。強烈に既視感きしかんのある映像だ。何処の誰とは言うまでもないが、この自虐的な性格はそっくりだろう。


「えっと、とりあえず俺と一緒に来て魔法解除を」


「ぼ、ボクが解除するから。とにかくアースガルズ軍だけでも止めてくれ」


 自分が解凍するとヘルが言った。


「助かる。俺と一緒に王都まできてくれ」

「あ、ああ、分かったべ」


 ヘルが同意したが、俺の後ろでピリカが囁いてきた。


「ジェイド、大丈夫なのか? 魔王を王宮に入れるなど。大混乱になるのではないのかい?」


 ピリカの言う通り、魔王が王宮に入るなんて前代未聞だろう。


「うーん、見た感じヘルは悪さをしない気がするし」

「ゆるっ! 見た感じでOKしちゃうのかいキミは」

「ふふ、この人間観察を得意とする陰キャを舐めるなよ」

「そんなの自慢されても……もう私は知らんぞ」


 ちょっと呆れ気味のピリカだ。やれやれといった表情をする。



 ヘルが俺のところにやってきて手を差し出した。


「ホクは人族と争いは望んでいないんだ。静かに暮らしたいだけだからね」


「俺は戦いを望んでいるがな!」

 ガルムが吼える。

「ガルムは黙っていてくれ……」

 ヘルがガルムを後ろに追いやっている。


 ガルムはスルーして、俺は魔王ヘルの手を掴んだ。


「こちらこそよろしく頼む」


 俺とヘルが握手をしたことで、フレースヴェルグも握手をしてきた。ガルムと同じように、獣人族のミーニャを助けたことで俺を認めたのかもしれない。


 とんとんとん!

 背中を叩かれ振り向くと、ファフニールが潰れた黄金のドクロを持って俺を見つめていた。


「えっと、何か?」


 クルクルとカールしたピンク色の混じったゴールドヘアーをサラサラと流れるように首を傾け、ファフニールお願いのポーズをしている。


「お願いっ! このドクロの置物も修復してっ」


 うっ、この白ギャル……世界が一大事なのに、ずっと黄金ドクロ眺めてたのか……。


「えっと、ピリカ、頼む」

「ああ、任せたまえ」



 はあっ、これで一段落だ。後は何をするんだっけ?


 俺が一息つこうとしたところで、ステータス画面に何か表示された。


 ピコン!

『EXスキル発動条件確認。暗黒皇帝リゲルEXスキル【五大原初魔宝玉アルティマオーブ・イビル真能力解放】!』


 な、なにっ! 真能力解放だとっ!


 遂に暗黒皇帝専用武器の能力が開放されたのだ。


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