第52話 魔王集結

 俺は今、非常にマズい状況に陥っていた。


 ニーズヘッグとファフニールに連れられ、魔王城であるエーリューズニル城へと到着した俺達。魔王ヘルに会うはずだったのだが、なぜか獣王ガルムと翼王フレースヴェルグに囲まれてしまう。


 ここまでスムーズに話が行き過ぎていると思っていたが、まさか幻王ラタトスク以外の魔王が城に勢揃いだとは思わなかった。


 城に入って早々、最初から喧嘩腰の魔王達に囲まれ、もう一触即発の雰囲気なのだ。



「おい、何でここに人族がいんだよ。誰が入れた! ただじゃおかねえぞ!」


 狼のようなケモ耳のついた獣人の男がえる。


 ただの獣人ではない。一目で強者と分かる佇まい。丸太のように太い手足に、コブのような筋肉がボコボコと盛り上がった背中。打撃系のヒッティングマッスルだろう。

 青黒い体毛を逆立たせ、狛犬こまいぬのようなぶ厚く堀の深い顔には金色の瞳が光っている。


 多分、獣王ガルムだ。


「大方、ワシらの状況を偵察に来たスパイじゃろう」


 もう一人の魔王が言った。


 背中に翼の生えた翼人だ。猛禽類もうきんるいのような鋭い目に、全身から殺気が放出されるような刺々しい体。見たところわしの魔族フレースヴェルグだろう。鷲だから一人称がワシなのかは不明だが。


 こちらも強そうだ。纏っている雰囲気が只者ではない。ガルムと比べて言葉は落ち着いているが、その眼光を真っ直ぐに俺をとらえて離さない。少しでも変な動きをしたら、一撃で致命傷を与えられそうな気がする。



「いや、俺はスパイじゃない。今日は重要な話があって来たんだ」


 俺が前に出て話をするが、二人の魔王は信じようとしない。そもそも最初から人族に敵意を持っているように感じる。


 マズいな……

 話しができそうなニーズヘッグに頼んで、こっそり魔王ヘルと会って戦争を回避する方向に持って行こうと思ったのに、これじゃ話どころじゃなくバトル必至の展開だぞ。



「ちょっと、あーしのダーリンになにすんのよ!」


 ニーズヘッグが俺の横に並び、ガルムに向かって怒鳴った。いつの間にかダーリンが固定されているのは、この際置いておこう。


「何だと。おい、蛇女! お前、人族の味方なのかよ!?」


 ガルムの声が大きくなる。


「うっさいし! ダーリンは人族だけど魔族っぽいの! それにチョー強いし。あんたなんか、戦ったらボッコボコにされちゃうんだからっ!」


「ほう、面白れえ。やってやろうじゃねーか! 俺をボコるだと。デカく出たもんだな。そっちの女も一緒に相手しても構わんぜ」


 ニーズヘッグに挑発され、ガルムがやる気になってしまった。俺の後ろで警戒しているピリカにも一瞬視線を移す。これでは止めに入ったのではなく、喧嘩をけしかけたみたいだ。


「まったく、蛇娘は煩くて困ったもんじゃ。頭の中が脳の代わりにスイーツでも入っておるのかの? はあ、魔族はワシのように知的でなくてはならぬな。蛇娘がアンポンタン過ぎて魔族の面汚しじゃ」


 なぜかガルムの代わりにフレースヴェルグが口を挟む。俺は置いてけぼりで、ピンポイントでニーズヘッグを狙い撃ちだ。二人の仲が悪いというのは本当だった。


「う、うっさいしーっ! 誰がアンポンタンよ! あんたこそ歳でボケてんじゃないの!」


「誰がボケじゃ! この色ボケ蛇娘! ボケはおぬしの方じゃろ! 脳の大半がエロしかないんじゃろうが! バカ者が!」


「あーっ! あーっ! うっさい、うっさぁーい! バーカ! バーカ! バカって言うやつがバカなのっ!」


「バカバカ言ってるのはおぬしじゃろ! ふっ、自己紹介かの? 蛇娘」


 ニーズヘッグとフレースヴェルグが喧嘩を始めてしまった。まるで子供の喧嘩だ。



 くっ、頼みの綱の蛇ギャルちゃんが役に立たなかった。これは、どうしたものか。しかも、もう一人の竜王ファフニールは、俺達のことなど気にもしないで遊んでるし。


 ファフニールは、部屋に飾ってある金色のドクロの置物を手に取り、ニマニマしながら眺めている。変な収集癖でも出たのだろうか。



「おいっ! 俺と戦え! そもそも人族は気に入らねえんだよ。そこの獣人族の娘に奴隷紋があるじゃねーか! クソッ! ぶっ潰してやる!!」


 ミーニャの首の奴隷紋を見たガルムが吼えた。


「おい、ミーニャのは――」

「どどど、どうする! やはりゴーレム錬成で」


 俺が話そうとしたところをピリカに遮られる。俺の服の裾を掴んで震えているようだ。


「あ、あの、ピリカお姉ちゃんは下がってて。ここは俺が何とかするから」



 俺は更に一歩前に出た。


 そうだ、俺がリーダーなんだ。ミーニャやピリカを守らないと。


 元世界の俺は何の力もなく、まるで道端に転がる石ころのような存在だった。秀でた才能もなく誰かを羨んでばかりで。でも、今の俺は強い力を手に入れたんだ。


 前の世界の何の力もない俺とは違うんだ。何となく流されてここまで来たけど。強い力を得て転生したのには意味があるはずなんだ。必ず魔王達を説得して争いを止めてみせる。ゲームのキャラじゃなく、本当に伝説の英雄、七星神になるために。そうだ、俺は……空に輝く星のようになりたいと思っていたんだから!



 ザンッ!

 更に一歩前に出て、獣王ガルムの正面に立った。


「おっ、やる気になったかよ。一発で潰してやるぜ」


「ああ、勝負がしたいのなら受けてやる。だが、その前に、誤解があるようだから言っておく」


「何だ!」


「確かにミーニャは俺の奴隷だ。しかし、俺はミーニャを大切な仲間だと思っている。成り行きで奴隷契約することになったが、俺はミーニャを奴隷だとは一度も思っていない。ミーニャもピリカも、他のメンバーも、全部仲間なんだ。俺のパーティーメンバーに手を出すって言うのなら、俺が体を張ってでも全力で止める! ただそれだけだ」


 俺の主張にガルムの目つきが変わった。敵意丸出しだったものから、少しだけ俺を見極めようとする感じに。


「ほう、面白れえじゃねーか。口では何とでも言えるからな。お前もあの時の剣士くらい歯応えがあれば良いけどよ」


 あの時の剣士って、ジャスティスのことか。やっぱり、ジャスティスはこいつらと戦って負けたのか。


「ご、御主人……」

「ミーニャは危ないから下がってて」


 更に前に出てガルムと相対する。完全に臨戦態勢だ。


「あ、あああっ、け、喧嘩はダメだべ。どどど、どうすれば……」


 部屋の奥にいた少女が近寄ってきてオロオロしている。メイドか何かだろうか? 危ないので離れていて欲しいが。


「待て待て、ここで戦ったら城が壊れるべ。こ、ここはボクの顔に免じて穏便に……」


「おいっ、ヘルは下がってろよ」


 ガルムが少女をヘル・・と呼んだ。


「えっ、ええっ、えええーっ! この眠そうな目をした地味な少女が魔王ヘルなの?」


 目の前の少女が魔王ヘルらしい。一見、強そうに見えないし迫力も皆無だ。メイドと間違えてしまうくらいに。

 寝起きのようなボサボサの緑色の髪。眠そうな目。小柄な人間の少女にしか見えない。


「なんか……ディスられてねぇべかボク」


 拗ねたような顔をするヘル。


 ボクっ子だ……それに、ちょっとなまってるのが可愛い。でも、六大魔王を仕切っているんだから、こう見えて滅茶苦茶強いのかも……。



「グガアアアァーッ! ゴチャゴチャうるせぇ!!」


 ガルムが不気味な調度品のドクロを掴む。そのまま両手に挟むと、腕力にものを言わせメリメリと音を立てながらプレスしてしまう。金属製のドクロが、まるでリンゴのように潰れてしまった。


 ドクロを眺めていたファフニールが、凄い顔で「ぎゃあああーっ!」と叫んだオマケ付きだ。


「グガァ! どうだ、俺のパワーを甘く見るなよ。一撃でお前の顔もペチャンコにしてやるぜ!」


 わざわざ力を見せてから戦おうとするガルム。平くなったドクロを投げ捨てると、大きく腕を振り被ってから、剛腕を『ブンッ!』と音を立てて振り下ろす。


「くらえっ! グガアアアアッ!」


 サッ!

「待ってくださいです!」


 ガルムの剛腕が振り下ろされたその時、後ろにいたはずのミーニャが割り込んできた。俺とガルムの間に入るように。


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