第51話 模型趣味の竜王

 目の前には90年代後半のギャルを彷彿ほうふつとさせるニーズヘッグ。へそ出しルックにピチT、蛇柄のミニスカにニーハイブーツだ。


 少しツリ目で派手なメイクをした顔で睨まれている。六大魔王の一人というだけでなく、ヤンチャそうな目つきが怖くてビビッてしまうのだ。


「や、やあ、また会ったね」

「つーか、コイツ誰よ?」


 最初はダーリンとか言ってたのに、ピリカを見た途端ニーズヘッグが喧嘩腰になった。


 ふと、横のピリカを見ると、俺の腰に抱きついてブルブル震えている。傍から見たらラブラブに見えるのかもしれない。


「ちょっと、ピリカお姉ちゃん、離れてくれ」


 ピリカに声をかけるが、ガクガク震えてばかりだ。

「こここ、腰が抜けた。す、少し待ってくれないか」


 お、お姉ちゃんが、全く戦闘向きじゃなかった。


「だから誰よ?」

 ニーズヘッグがグイグイくる。


「えっと……そうそう、この人は凄腕の錬金術師なんだよ。先日壊しちゃったファフニールさんの模型を直しにきたんだ」


 とりあえず説明してみると、ニーズヘッグがキョトンとした顔になった。


「カノジョじゃないんだ。ふーん」

「そうそう」

「じゃ、いいや」


 あっさり受け入れてくれた。怖そうに見えるが単純な性格なのだろうか。


「そ、そういうわけで、ファフニールさんのところに案内してくれないか?」

「ええっ、いいよ放っとけば」


 いや、そうはいかないのだが……


「ほら、迷惑かけちゃったし。それに他国がニヴルヘイムに宣戦布告して大変なことになってるから。今日はその話もあるから」


「ええええええーっ! 宣戦布告!?」


 まるで今初めて聞いたかのような反応をするニーズヘッグ。いったいニヴルヘイムの指揮系統はどうなっているのか。


「聞いてないの?」

「初めて聞いたんですけど」

「と、とにかく、重要な話があるんだ。できたらファフニールさんも一緒に」


 そして俺達は、半信半疑のニーズヘッグと一緒に、ファフニールのガレージに向かうことになった。


 ◆ ◇ ◆




 竜化したニーズヘッグの背中に乗り、ドラゴンの飛行で一瞬で移動する。今はファフニールの領域に降り立ったところだ。


 人の形に戻ったニーズヘッグが最初にしたのは、俺に抱きついているピリカを一睨みで退かせると、自分がその場所に収まることだった。


「ねえ、ジェイドとか言ったよね?」

「う、うん」

「こないだはありがとね。あーしを助けてくれて」

「うん」


 ライデンにトドメを刺されそうになった時に庇ったのを言っているのだろう。


「ねえねえ、ジェイドはどんな子が好みなの?」

「えっと……付き合ったことが無いから」

「うそっ、無いの! もしかしてドーテー?」


 童貞と聞いて、ニーズヘッグのテンションが急上昇してしまった。蛇のように長い舌をペロッと出して、獲物を狙うような顔で舌なめずりしている。もしかして童貞が好きなのだろうか。


「あはは……そ、そうとも言うかな」

「ふふふっ、えへへ……初めてなんだぁ」


 ラッキースケベでキスしてしまった時は意外と乙女な感じだったのに、実は童貞好きとかよく分からない魔王だ。


 くっ、元世界ではオタクに優しいギャルに色々されちゃうのを妄想していたけど、まさか異世界でギャルっぽい魔王に狙われるとか……。


 いや待て。ミウやララに想いを寄せられているのに、ギャルに浮気したら大変なことになってしまう。ここは耐えるのだ。おっぱいが腕に押し付けられていても我慢だ。


「御主人……鼻の下が伸びてるです」

 ミーニャに指摘されてしまった。




 倶荷田ぐにたベースと呼ばれるガレージに到着すると、その個性的な配色の建物に驚かされた。一か所屋根が壊れている場所があるが、そこが隕石が直撃した個所だろうか。


 ドォォォォーン!

「おーい、ファフニール!」


 ダダダダダダダッ――


 ニーズヘッグが勢いよくドアを開けると、血相を変えたファフニールが走ってきた。


「ちょ、待ちなさいよ! うちのコレクションに触らないでっ!」


 ガラスショーケースの前に立ち塞がり、ニーズヘッグがコレクションに触らないようにするファフニール。


「えーっ、あーし何もしてないのに」

「あんたが前に『ちょっと見せて』とか言って壊したからでしょ!」


 あっ、なんか分る。非オタのヤツにダンプラを見せたら、可動しない方向に足を曲げてポキっとやったりとか。



 ごちゃごちゃモメているところの話はすっ飛ばして、単刀直入に先日の騒ぎの謝罪と壊れたプラモの復元を申し出た。


「ふーん、錬金術師ね。でも、うちの丹精込めて作った精密模型は世界に二つと無い一品なんだからね」


 ファフニールが半信半疑だ。直すと言っても、完璧な仕上がりでなければ納得しないだろう。同じオタクとして、そこは大いに共感する部分だが。



 俺達を他所に、壊れた模型を見ているピリカが声を上げた。


「こ、これは……し、信じられない……これを原型も無しに作ったというのか。一目で分る作り込み。美しい肢体の造形美と息をのむような透明感の肌表現。今にも動き出しそうな筋肉の躍動感。衣装も細部まで作り込まれているではないか」


「そ、そう、えへへぇ、嬉しいな。今まで誰も分かってくれなかったから」


 ファフニールの顔が緩む。元から目鼻立ちがぱっちりした顔が、更に可愛く見えてしまう。ギャルなのにオタクというのはポイント高いところだ。


「おおっ、こちらの艦船模型も凄い! パーツの一つ一つまで作り込んでおるではないか。これがフルスクラッチとは信じられない完成度だ」


 当初の目的を忘れたピリカが、ファフニールの模型コレクションに魅入ってしまった。錬金術師以前に、元から模型が好きなのかもしれない。見た目はロリ少女なのに、喋り方はオッサンっぽい気がする。


「おーい、ピリカお姉ちゃん。早く本題に……」


 ――――――――




「心理の円環、万物の根源、神羅万象を司る天宮神の求めに応じ、物質は錬成され物体は再生する。物質錬成! 再生せよ!」


 ファァァァァァーッ!


 天沼矛あめのぬぼこ天逆鉾あめのさかほこという対となる神器級アイテムを両手に、ピリカが錬金術を使った。


 見る見るうちに壊れたフィギュアと模型が復元され、穴の開いた屋根も元通りになってゆく。


「凄い! 完璧に復元したぞ!」

「ふにゃー! 神です! 神業です!」


 俺とミーニャに続いて、ファフニールまで一緒に驚いている。


「きゃーっ! うちの1/8ブリュンヒルデと、1/700超巨大機動戦艦ナグルファルが! 凄い凄い!」


これにはピリカも気分を良くしたのか、ちょっと偉そうな顔で平らな胸を張っている。


「えへんっ! 言っただろ、これくらい私の魔法ならお茶の子さいさいなのさ」




 模型とファフニールの機嫌が直ったところで本題に入る。ラタトスクの暗躍と戦争の回避だ。


 俺が一通り話終わると、ニーズヘッグが立ち上がって怒り出す。


「あいつ、ラタトスクのヤツ……いつも、あーしとフレースヴェルグを喧嘩させて楽しんでるし。ちょームカつく」


「フレースヴェルグ? 確か翼王」


 俺のつぶやきに、ミーニャが答えた。

「ニーズヘッグとフレースヴェルグは、昔から仲が悪いとの噂です」


「そう! それよ!」

「にゃにゃっ!」


 突然ニーズヘッグ割り込んできて、ミーニャが俺の後ろに隠れた。ドラゴンが本能的に怖いのだろう。


「ラタトスクが、有る事無い事告げ口して、わざと喧嘩させてんの」


 怒りが収まらないニーズヘッグだが、ファフニールが話を進める。


「それはもういいから。エーリューズニル城に行って魔王ヘルに会うわよ。今後の作戦を考えないと」


 遂に魔王城へと向かうことになる俺達。不思議な関係となった蛇王ニーズヘッグと竜王ファフニールと一緒に。


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