第48話 リーダーの資質

 一瞬の判断だった。ミウの上に落ちて行く岩の軌道を見た俺は、反射的に彼女を庇うように動いていた。ミウを突き飛ばし、代わりに俺が岩の下敷きになってしまう。


 それは貴重なヒーラーを失いたくないから? 俺が不死身の肉体だから? いや、どっちでもない気がする。ただ、仲が良くなった女が傷付くのを見たくないだけかもしれない。


 冷静に考えれば、無詠唱攻撃魔法で岩を破壊すべきだとか、他に方法があったのかもしれない。しかし、勝手に体が動いてしまったのだから仕方がない。



「ぐああああああっ!」


 岩の下敷きになってペチャンコの俺が悲鳴を上げる。ペチャンコなのに、どこから声が出ているのかは不思議だが。


「じぇ、ジェイドさん! ジェイドさん! あ、ああああっ! ジェイドさんがぁぁぁぁああああーっ!」


 ミウの泣き叫ぶ声が聞こえる。俺は不死身だから自己修復できるのだが、すっかり忘れて泣いているようだ。


「誰か、誰か助けてください!」

「い、いや、俺は……大丈夫……だから、魔法で岩を……」


 パニックになっているのか、ミウが俺の話を聞かない。自己修復しているのだが、上に巨岩が乗っており再び体が潰れているのだ。


 ああ……不死身というのも考え物だな。再生するそばから破壊される環境や、常に攻撃を受け続ける場所では、延々と痛い思いをするだけじゃないか。


 俺が気が遠くなりそうになっていると、マサトラが岩の前までやってきた。


「ふんっ!」


 グガガガガッ!

 ズドォーーン!


 岩を持ち上げると後方に放り投げる。鋼鉄のような上腕二頭筋に血管が浮き出ている。力こぶが盛り上がる逞しい二の腕に見惚れてしまう。見惚れると言っても変な意味じゃないぞ。憧れのヒーロー的な意味だ。



「お前さん、大丈夫か?」

「あ、ああ」

「確か……ジェイド君だったか」

「そうだが……」


 マサトラが俺を見る目が輝いている。いくら筋肉がカッコいいと思っても、そういう展開は望んでいないのだが。


「ジェイド君、吾輩は感動したぞ!」

「えっ?」


 ミウがヒールをかけてくれ、完全復活して立ち上がる。

 何やら感動しているマサトラの方を向くと、彼が俺の両肩を掴んで話し始めた。


 ガシッ!


「自分の身をていして女子おなごを救う! 中々できるものではないぞ! そうだ! そうでなくては! リーダーとは、そうあるべきだ!」


 興奮して話すマサトラだが、彼の頭の中のリーダー像は一昔前のスポコン的ヒーローなのかもしれない。あと、女子おなごとか、いつの時代の人だろうか。


「いや、そんなもんじゃないさ。ミウは高位神聖治癒魔法を使える貴重なヒーラーだ。最優先に守らなくてはならない。それに、俺のスキルを計算して助かる最善の方法をとったまで」


 俺が説明しておくが、マサトラは興奮した顔で俺の肩をベシベシ叩く。


「はっはっはっ、謙遜するんじゃない。彼女を助ける時の表情、実に良い面構えだったぞ! 吾輩は人を見る目はあると自負しておる! ジェイド君はリーダーの資質ありだ。よし、お前さんに付いて行くとしよう!」



 うっ、そんなに褒められたことがないから照れるぜ。こいつ、意外と良いヤツかもな。


「ジェイドさん、大丈夫なんですか?」


 ミウが心配そうな顔をする。今までも斬られたり潰れたりしているのを見ているはずなのだが。


「大丈夫だって。俺は不死身なのを知ってるだろ」


「不死身と言っても完全な不死身じゃないんですよ! 初めて会った時だって死にそうだったじゃないですか。もうっ、心配させないでください」


「ええ……そんなにムキにならなくても。それに、ミウを守るって約束だろ?」


 俺の言葉に、一瞬ミウの瞳が煌いた。


「ジェイドさん、覚えていてくれたんですね」


 熱い瞳で俺を見つめるミウに、どうして良いのか分からず頭をかいた。


「はっはっはっ! お前さん達、そういう仲なのか。それは結構なことだ」


 マサトラに冷やかされてしまう。何やら誤解しているようだ。


「ち、違うから!」

「そうです!」


 ん? 今、ミウが認めたような……?


「そうです。付き合ってます。じゃなくて……付き合う予定なんです」


「み、ミウ……」


「だいたい、ジェイドさんがハッキリしないのが悪いんです。私とララさん、どっちを選ぶんですか? そ、それは、私は足を引っ張ってるところもあるかもですけど……最近は少しだけ慣れてきて、たまには役に立ってると思うんですよ」


 ミウの想いが爆発してしまった。今まで考えないようにしていたのに、遂にミウの方が待ちきれなくなったのだろう。


 元の世界での俺は、モテないのを世間のせいにして不満ばかりだった。しかし、この世界で急にモテ期がきても、本当に俺が好かれているのか自信が持てずにいたのだ。もっと自分に自信が持てたのなら……。

 むしろ、何の根拠もなく自信のある人を羨ましくも思っていたくらいだ。



「何だ、まだ告白していないのか。ジェイド君、優柔不断はダメだぞ。男ならビシッと決めろ。はっはっはっ」


「そうですよ、ビシッと襲ってください」


 くっ、マサトラもミウも言いたい放題だな。ミウが問題発言している気がするがスルーしておこう。てか、やっぱり添い寝しているときのアレは、わざとなんじゃないのか?


「ミウ、もうちょっと待ってくれ。落ち着いてから必ず決めるから」


「絶対ですよ」



 そんなこんなでミウとの恋愛は曖昧だが、マサトラを仲間に引き入れるのには成功した。


 すぐに事情を説明し、転移して王都グラズヘイムに戻ろうとしたが、マサトラが『街の人に挨拶をしてくる』と言う。


「この世界に飛ばされてから、街の者達には色々と世話になったからな。もしかしたら、もう二度と会えないかもしれんだろ。人と人とは一期一会だ」


「ああ、そうだな……」


 一期一会か。俺は、今まで人との付き合いなんて、面倒くさいとか煩わしいと思っていたけど。この世界にきてから、色々と考えさせられるな……。



 マサトラと一緒にノアトスの街で別れの挨拶をしてから、俺達は転移して王都へと戻ることになる。

 マサトラとの別れを惜しむ人々の姿を見て、こんなに慕われている彼への羨望と、人付き合いの大切さのようなものを感じてしまった。


 ◆ ◇ ◆




 転移!

 シュワーッ!


 王都グラズヘイムのセーブポイントまで転移魔法で戻った。行きはミウと密着しての飛行だが、帰りは一瞬だ。


「ほう、ここがアースガルズ王国の王都か」


 初めて見る景色に、マサトラが周囲をキョロキョロ見回している。


「ここの王女様とは仲が良いんだ。王宮に部屋を用意してあるから案内するよ」


「おう、それは助かる。王女様と懇意こんいの仲とか、お前さん凄いんだな。というより……ジェイド君は、純朴そうに見えて意外と女泣かせなのか?」


 マサトラの言うような意味で女を泣かせてはいない。まだ未経験なのに女泣かせの称号はないだろう。


「何もないですよ」

「はっはっはっ、モテる男はツラいな」


 誤解してしまったマサトラを連れ、王宮内へと入り廊下を歩く。いつもの応接室に近付いたところで、何やらトラブルのような騒ぎが聞こえてきた。


 ガヤガヤガヤガヤ――


 おいおい、ライデンの声も聞こえるぞ。何かやらかしたんじゃないだろうな。


 俺の予想通りライデンがやらかしているのだが、それにより七星神全員が揃うことになるのだった。最強なのに、いまいちポンコツ感が拭えないパーティーが超強化されることになる。


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