第45話 滅びの序曲

 俺達がファーストキスの相手でモメている頃、剣と魔法の世界リンデンヘイムは大変な事態へと陥っていた。


 何と、アースガルズ以外の国まで続々とニヴルヘイムに宣戦布告したのだ。隣国のヴァナヘイム、海の向こうの島国である葦原中津国ミズガルズ、エルフの国アルフレイム、ドワーフの国ニザヴェリル。


 中立を保っているのが精霊の国シュヴァルツアールヴヘイム。


 ニヴルヘイムと同盟を結んでいるのが巨人の国ヨトゥンヘイム。


 そして、無反応なのが、灼熱の怪物の国ムスペルヘイム。

 ただ、ムスペルヘイムは魔族側に付いており、全面戦争になった場合は南から侵攻し、人族を挟み撃ちにするとのではとの噂だ。



「どうしてこうなった……」


 俺が天を仰ぐようにつぶやく。


 ここは王宮内の一室。先遣隊の生存者を救出した功績により、褒美として十分なゴールドと客室を与えられた。まあ、エルフリーデの一存かもしれないが。


「裏でラタトスクが暗躍して、各国首脳部を扇動しているのではないか?」


 イスに座って雷切を手入れしているライデンがつぶやく。


 ここは俺の部屋だが、なぜかパーティーメンバーが集まっている。この女達ときたら、いつも俺の部屋にいるのだから困ったものだ。男には一人にならねばならぬ時もあるというのに。


 ミウとララに至っては、夜も添い寝したがるので気が気ではない。あんなエッチな体で迫られたら、もう我慢できる自信はないのだ。


 寝込みをキスまでされたのだから、いい加減エッチしても良い気がしないでもないが。


 そしてなぜかミーニャは同室なのだ。奴隷だから御主人と同じ部屋だと主張しているのだが、それを言ったらライデンも同室にしなければならない気がする。


 あらかじめ断わっておくが、俺はミーニャに手を出していないぞ。本人は大人のレディーだと言ってはいるが、見た目がロリなので躊躇ちゅうちょしてしまうのだ。

 でも、たにナデナデするくらいは許して欲しい。



「まあ、その線が妥当だろうな。アースガルズでもランブルグ公の件みたいに中枢まで入り込んでいたんだ。他の国もラタトスクが入り込み操られているのかもしれない」


 現実の歴史を見ても往々にして第三者の謀略や工作により、大戦争へと発展したことはあるのだから。

 戦争を決定した指導者の側近が、実は他国のスパイだったなどという話は話題に事欠かないだろう。



 そんな空気の中、ララが青い顔をして頭を抱えた。


「や、やっぱり……わ、わたしのせいで……」


 いまだにファフニールのガレージに隕石を落としたのを気にしているようだ。同じオタクとして相手のフィギュアや模型を壊したのは責任を感じるとしても、戦争の原因とは無関係だろう。


「ララのせいじゃないから。何度も言っただろ」

「で、でも……」


 困ったな……

 一時は自信を取り戻したかと思ったけど、やっぱり気にしているみたいだ。まあ、ララみたいな性格は気にするなと言っても気にしてしまうんだろうけど。


 仕方がない。俺がララの自己肯定感を高めるように何とかしてみるか。俺の適当な話なんて無駄かもしれないが、無いよりはマシだろ。


「おい、ララ」

「な、なんだ……」

「世の中は理不尽だと思わないか?」

「は?」


 俺は思いの丈をぶつける。日々の社会に対する苛立ちだ。


「学校なんかでもそうだろ。口や素行が悪くてもコミュ力が高い陽キャは皆に好かれて人が集まる。でも、真面目で他人の顔色を伺っている丁寧口調の陰キャは嫌われて孤立するんだ」


「そ、それは……」

「ジェイドさん」


 ララだけでなくミウも俺の話に聞き入った。


「結局はそんなもんなんだよ。他人に気を使って親切にしようとしても、他人はそんなこと気にも留めないし、逆に『こいつは弱いから利用できる』ってマウンティングされるのがオチだろ」


 そうなんだ、世の中そんなもんだ。


「だから、他人の顔色を伺っていても気を使っていても、自分の心がすり減るだけで損をするだけなんだ」


「うっ……」


「だからララ、もっと自由に生きて良いんだ。世の中に完璧な人なんていない。どうせみんな虚勢を張ってるか虚構で飾ってるだけなんだよ。もっと我儘になれよ。俺の前では気なんか使わなくても良いんだぞ。あっ、ミウもな」


 シィィィィーン――


 あ、あれ? 失敗したかな? 一人語りキモっとか思われてないよな?



 黙っていたララの目が妖しい光を放ち始める。完全にヤンデレキャラのハイライトが消えたような目だ。


「ふっ、ふひっ……そうか、そうであるな。わ、我はもっと自由に生きて良いのだな」


「えっ、ああ、そうだな……」


 怖っ! ララが復活したみたいだけど怖すぎる。


「くくくっ、我は、この世のことわりを統べる深淵の魔術師にして最強の魔導女王ベルゼビュートララアドラメラク! そうだ、この世界を救うのは我の極大魔法なのだ!」


 ララ完全復活。まあ、性格は変えられないので、また落ち込むかもしれないが、今はこれで大丈夫だろう。あと、ララの正式名称を久しぶりに聞いた。


「それで、ジェイドよ。一つ我儘を聞いて欲しいのだが」


「あ、ああ……」


 自分で我儘になれよと言った手前、ララの頼みを聞かないわけにはいかなくなった。


「今日から我もジェイドの部屋で眠るとしようぞ!」

「はあ!?」


 ララの言葉に黙っていないのがミウだ。もう、いつもの展開になってしまった。


「ララさんを同じ部屋で寝かせるだなんて危険です! は、ハレンチですよ! わ、私も一緒に寝ますからね」


 結局、ボロい宿屋の時と同じように添い寝することになってしまった。またミウのハレンチボディをギュウギュウ押し付けられたり、ララのねっとりした絡みと微妙に怖い囁きでサンドイッチされるのだ。


「くぅ、なぜこうなった……」

「墓穴を掘ったです。御主人」


 ミーニャに言われてしまった。ただ、『そんな御主人は嫌いじゃないです』とも付け加えられて。




 コンコンコン!

 ガチャ!

「続報ですわ! ジェイド様」


 慌ただしくエルフリーデが部屋に入ってきた。彼女には、各国の状況と残る七星神の情報を調べてもらっていたのだ。


「エルフリーデ、何か分かったの?」


「はい、やはり怪しいですわね。ヴァナヘイムでは、天から降臨した七星神をニヴルヘイムが抹殺し、世界侵略を企てているとの噂で持ち切りですわ。既に剣の英雄が倒されたと。たぶん、他の国でも同じような状況かと」


 やはり誰かが噂を流し扇動しているのだろう。その首謀者がラタトスクだということは想像できる。


「それと、残りの七星神らしき人物の居場所の情報が――」

「分かったのか!」


 がしっ!


「ジェイド様、積極的ですわ♡」


 残りの七星神の情報に、つい興奮してエルフリーデの手を掴んでしまった。何かを誤解されたようだ。

 そして、ミウとララの視線が痛い。


「とにかく、その場所に行ってみたい」


「はい、先ず一つ目、ヴァナヘイムのノアトスという街に、ジャイアントトロルをパンチで倒す武闘家がいるそうです。人間離れした強さなので間違いないですわ」


「それは確かに」


 剣も魔法も使わず強力なモンスターを倒すだなんて人間には絶対無理だろう。これは間違いなさそうだ。


「もう一人はイザヴェルという鍛冶が盛んな地で、不思議な力を使う者が降臨したとの噂がありますの。何でも、複雑な機械を一瞬で作ってしまう奇跡を起こすとか」


「そっちも七星神かもしれないな」



 エルフリーデの話だと、その二か所は離れているようだな。一か所ずつ回っていたら時間がかかってしまいそうだ。もう一度ニヴルヘイムに行って、ニーズヘッグを説得したりジャスティスを解凍する方法も聞きたいし。


「よし、二手に分かれよう。ノアトスとイザヴェルに行って残りの七星神を合流させる。戦争が拡大する前に全員揃えよう」



 世界は刻一刻と滅びに向かう。俺達は残りの七星神を探し出し合流するため動き出した。


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